赤ずきんちゃんとなりすましSNS
赤ずきんちゃんは、中学2年生のとっても真面目な女の子。昔、おばあちゃんが作ってくれた赤いフードを、いつも目深にかぶっています。
「先生、課題を回収してきました」
学級委員の赤ずきんちゃんは、今日もクラスのためにお仕事を頑張っています。先生達の間でも評判の優等生です。
翌朝、担任の先生は、みんなの前で赤ずきんちゃんを褒めました。
「課題回収は教科係の仕事だろう?赤ずきんちゃんを見習って、しっかり仕事をしなさい」
でも、クラスの子供たちは、赤ずきんちゃんを快く思いません。
「赤ずきんちゃんのせいで怒られた」
「ああいうのを、偽善者っていうんだよね」
皆の冷たい目が見えないように、ひそひそ声が聞こえないように、赤ずきんちゃんは、フードをしっかりと下ろして、目を隠し、耳を塞ぎました。
「おばあちゃん、私、またまちがえちゃった」
赤ずきんちゃんは、旧校舎奥にある『森の相談室』を訪れていました。
「赤ずきんちゃんは、クラスの皆に親切にしたかったのね」
この女性は、赤ずきんちゃんの本当のおばあちゃんではありません。
赤ずきんちゃんは、スクールカウンセラーの森野先生を『おばあちゃん』と呼んでいました。幼いころに亡くなった、大好きなおばあちゃんにどことなく似ていたからです。
赤ずきんちゃんは、月に一度、こうしておばあちゃんを訪ねてはお話をしていました。
森野先生は、赤ずきんちゃんを否定も肯定もしません。ただ、笑顔で赤ずきんちゃんの心を受け止めてくれます。赤ずきんちゃんは森野先生が大好きでした。
しかし、赤ずきんちゃんは、その日を最後に『森の相談室』に来なくなりました。
『やあ、赤ずきんちゃん』
最初のメッセージが届いたのは、五月の終わりでした。
SNSのIDは「Grey_Wolf」。
『君を見ているよ。君はいつも一人で歩いているね』
『どうして私を知っているの?』
思わず、赤ずきんちゃんは返信してしまいました。
Grey_Wolfは、高校生の優しいお兄さんでした。
それから毎日、Grey_Wolfは優しい言葉をくれました。次第に、赤ずきんちゃんは、Grey_Wolfに色々と相談するようになりました。学校での孤独、クラスメイトの陰口、誰にも言えない辛さ。
『君は本当に素敵な子だね。』
『僕だけは赤ずきんちゃんの味方だよ』
Grey_Wolfはいつも、赤ずきんちゃんが欲しい言葉だけをくれました。赤ずきんちゃんは、Grey_Wolfにほのかな恋心を抱くようになりました。
『僕に会いに来ないか? 君を本当に理解できるのは、僕だけだ』
七月のある日、赤ずきんちゃんは学校へ向かうバスを途中で降りました。
大きな神社の、鎮守の森の中。
Grey_Wolfとの待ち合わせ場所です。
平日の早朝、人影はありませんでした。
『森の奥に入って、大きな木の下で待っていて』
赤ずきんちゃんは、森の道を歩き続けました。木々が生い茂り、だんだん暗くなってきました。
そのとき、後ろから声がした。
「赤ずきんちゃん!」
振り返ると、森野先生が息を切らして立っていました。
「おばあちゃん…」
「私も同じバスに乗っていたのよ。あなたが途中下車したから、ついてきたの」
森野先生は赤ずきんちゃんの腕をしっかりとつかみました。
「ここから出ましょう」
「でも、約束が……」
「その約束をした相手は、本当にあなたのことを思っている人? 本当に大切に思っているなら、こんな場所に一人で来させたりしないわ」
その時、赤ずきんちゃんの携帯が鳴りました。
Grey_Wolfからの着信です。
赤ずきんちゃんは迷った上で、森野先生に電話を渡しました。
「もしもし」
「……誰だ? 赤ずきんちゃんを出せ」
男の声。若くはない。
「この子の学校の者です。あなたは誰ですか? なぜ子供をこんな場所に呼び出したのですか?」
「それは……話がしたかっただけだ」
「それなら、なぜ人目のない場所に? 警察に通報します」
「おい!待て!」
森野先生は通話を切り、自分の携帯で警察に連絡を入れながら、赤ずきんちゃんと来た道を戻りました。
二人が森の入り口まで戻ったときには、すでにパトカーが到着していました。中から、がっしりとした体格の男性警察官が降りてきました。地域課巡査部長の『猟師さん』という人でした。
「森野さんですね。通報を受けました」
パトカーの中で、森野先生が事情を説明しました。赤ずきんちゃんは、恥ずかしさと怖さで震えていましたが、先生が、ずっと手を握っていてくれていました。
「よく話してくれました」
猟師巡査部長は優しく言いました。
猟師さんは、赤ずきんちゃんの携帯を確認しました。
「このアカウント、実は他の子供たちとも接触しています。数週間前から、同様の事案が報告されていました」
猟師巡査部長は無線で署に連絡しました。
「サイバー犯罪対策課に連絡します。それから、この周辺を捜索します」
赤ずきんちゃんの携帯が再び鳴った。
『なんで警察を呼んだんだ』
『覚えておけ!』
猟師巡査部長はすぐにメッセージを保存し、発信者の位置情報を追跡する手配をしました。
その日のうちに、警察署は、赤ずきんちゃんの学校と情報共有しました。
「このGrey_Wolfから、複数の中高生に接触があったんです。学校での様子を観察し、孤立していそうな子に声をかける。優しい言葉で信頼を得てから、人目のない場所に呼び出す手口です」
「他にも被害者が?」
「他に未遂が三件。一件は、実際に会ってしまいました……今回の件は、森野さんが気づいて行動してくださったこと、それが一番大きかった」
数日後、猟師巡査部長から連絡がありました。
「容疑者を逮捕しました」
五十二歳の男性、無職。過去にも同様の事案で注意を受けていた人物でした。
「彼は複数のアカウントを使い分けて、この地域の中高生を標的にしていました。彼の携帯からは、十人以上の子供たちとのやり取りが見つかりました。赤ずきんちゃんが勇気を出してくれたおかげで、その子たちも守られたんです」
翌週、猟師巡査部長は赤ずきんちゃんの学校で講話をしました。
「インターネットは便利です。でも、画面の向こうにいる人が本当にいい人かは分かりません。知らない人から連絡が来て、会おうと言われたら、まず信頼できる大人に相談してください。恥ずかしいことではありません」
講話の後、猟師巡査部長は赤ずきんちゃんに会いました。
「君が勇気を出してくれたおかげで、他の子たちも守られました。君は誰かのヒーローになったんですよ」
赤ずきんちゃんの目が輝いていた。
九月、後期の役員決めで、赤ずきんちゃんは言いました。
「学級委員、後期はやりたくありません」
教室がざわつきました。赤ずきんちゃんは、初めて自分の言葉で話すことができました。
「私、みんなが思っているような『良い子』じゃない。だけど、困っている人がいたら助けてあげたい。学級委員じゃなくなるけど、私でよかったら相談してほしい」
放課後、クラスメイトが赤ずきんちゃんに声をかけてきました。
「実は私、知らない人からSNSでメッセージが来てて……」
赤ずきんちゃんは、彼女の手を取りました。
「森野先生に相談しよう。一緒に行くよ」
赤ずきんちゃんは、赤いフードを軽やかに揺らしながら、『森の相談室』に向かいました。




