まさかの転校生_3
「お、あしか。一人でしれっといなくなるなんてズルくないか? 一緒に帰ろ?」
「えっ……いや、いいよ別に。一人で帰れるし。道は覚えてるから」
「いいからいいから。一緒に帰るって言ったじゃん? 俺が」
「私は言ってないよね!?」
「うん」
「それなのに!?」
「それなのに」
「えぇぇ……」
あっけらかんと言ってのける清丸を見ていたら、私は何も言い返せなかった。そんな私を見て何を思ったのか、清丸は当然のように私の隣に並んで歩きだした。
「なぁなぁ、学校って思ったより楽しいな。人間の子どもってなんか子ども! って感じなんだね、中学生になっても」
「……そりゃあ、清丸から見たら子どもの中の子どもだと思うよ、中学生なんて……」
「でも、あしかは特別!」
清丸はヘラッと笑って、私の顔を覗き込んでくる。その距離が近すぎて、思わず一歩下がった。
「ま、待って、近い!」
「どうして? 別にいいよね?」
「よ、よくない! ホラ、前向いて歩いて!」
「……はーい」
そう言いながらも、清丸はやっぱり私を見てくる。なんでそんなに楽しそうなんだろう。こっちは恥ずかしくて仕方がないのに。
坂道を下りきったところで、清丸がふいに言った。
「なあ、あしか。俺さ、今日結構モテてたよね?」
「……自分で言っちゃう?」
「いや、だって事実だし。でも、俺が一番楽しいのは、あしかと一緒にいる時だからね?」
「……っ!」
心臓が跳ねた。思わず足が止まりそうになるのを、なんとかこらえたけれど、表情が追い付かない。
「な、何言ってんのもう、いきなり」
「ホントのことだよ? あしか、すぐ顔に出るし、反応面白いし。ずっと好きだったから、今目の前にいるだけで俺もう幸せなんだけど」
「……そうやって、また私の反応面白がってるだけでしょ」
「いや、可愛いって思ってる」
「~~~~っ!!」
私が言葉に詰まると、清丸はやっぱりニヤッと笑って、わざと前を歩きだした。その背中が、夕日を浴びてキラキラして見えたのが、なんだか悔しい。
(……ずるい。ほんと、ずるいんだから)
背中越しに何と声をかけようかと思っていたら、振り返って清丸が唐突に言った。
「ねぇ、このまま神社寄ってかない?」
「えっ、今から? 別にいいけど……何かあった? 時嶋って苗字になってるから、帰るのは神社……じゃなくて、お隣の時嶋くんの家なんだよね?」
「そうだよ? ……学校ではそんなに話せなかったから、もっとゆっくりあしかと喋りたいなと思って」
「……また、そうやってからかうんだから」
「からかってなんかないよ。本気でそう思ってるから」
そう言って笑う清丸に、結局逆らえず、私は清丸の実家である神社へ寄ることになった。
夕暮れの神社は、昼間よりも静かで、ちょっと怖いくらいだった。鳥居をくぐった時、今年最初のひぐらしの声が響いて、ああ、もう夏がやってくるんだなって改めて思う。
「やっぱここ、すごい落ち着くわ」
清丸は石段を上りながら、のびをした。
「人間の学校も悪くないけど、ここが落ち着くってことは、俺にはやっぱこっちのほうが合ってるってことなのかな」
「そりゃあ、清丸は神様でここに祀られてるわけだし……」
「ストップストップ! 今は人間なんだから! 誰かに聞かれたら困るでしょ」
「でも本質はお狐サマなわけなんだから」
「まぁそりゃそうなんだけど。……でも、あしかと一緒にいられるなら、どっちでもいいや」
「っ……!」
さらっとそういうことを言うの、本当にやめてほしい。ずっとわかってて言ってる……私の反応を楽しむために言ってると思っていたけれど、段々と本気で言っているような気もしてきた。
清丸は階段を上りきると、拝殿の前に腰を下ろした。私も隣に座ると、少し涼しい風が吹いてきた。
「なあ、あしか」
「何?」
「今日、学校楽しかった?」
「……別に、普通かな」
「普通、ね。俺がいたのに普通ってちょっと悲しい」
「賑やかではあった! 清丸がいたから女の子たちメチャクチャ盛り上がってたしね」
「はは、そりゃ悪いことしたかな」
「なーんにも悪いと思ってないでしょ」
「バレた?」
「バレバレ」
清丸は笑いながらも、チラッと私を見た。その視線が、なんだかいつもより真剣に見えて、少しだけ胸がざわついた。
――しばらく、二人で無言になった。ひぐらしの声と、時々風に揺れる木々の音だけが響く。
「……あしか」
「ん?」
「俺さ、人間の学校行くって決めたの、急だったと思う?」
「思うよ。色んなものほっぽり出してきたわけでしょ? 音羽に鈴緒? は、平気なの?」
「あー……」
渋い顔をして、清丸は頭をポリポリと掻いている。これは私にもわかる。都合が悪そうな雰囲気。
ガサッ。
「呼んだ!?」
「えっ!?」
少し離れた茂みから、キラキラな目をした鈴緒と、バツの悪そうな顔をした音羽が現れた。
「鈴緒、急に出て行くんじゃない」
「え、なんで? 折角あしかがきたのに?」
「今清丸と話をしているんだから、邪魔するもんじゃないよ」
「えぇ……俺だってあしかと話したいのに!」
「こっ、こんにちは……」
「こんにちはあしか!」
「こんにちは。……悪いね、あしかも、清丸も」
「……別に」
清丸は不貞腐れた顔をしている。いかにも『邪魔をされたから俺今機嫌が悪くなりました』って顔だ。