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まさかの転校生_1


 ――朝の空気って、澄んでいるうえにちょっと冷たくて好きだ。草木の青い匂いが爽やかに香る。まだ人が少ない神社の参道を歩くと、石畳がひんやりしていて、時々差す日の光がふんわりと暖かくて、そのギャップになんだか背筋がシャンとする。

 みんなと学校へ行く予定だけど、ちょっと気になって寄り道してしまった。場所は勿論時嶋君の家……の隣のあの神社だ。昨日の話が嘘みたいで、少しでも現実味がほしくてきてしまった。


「……お、思ったよりくるの早いじゃん」


 境内へと向かう途中で、聞き慣れた声がした。振り向くと、朱色の鳥居の向こう、狛犬ならぬ狛狐の横に、例の金色の尻尾がふわりと揺れている。


「――あっ。……おはよう、清丸」

「おはよう。……あはは、その顔どうしたの? さてはあしか、昨日の夜、布団に入ってから俺のこと考えてたでしょ?」

「はあ!? 考えてないし!」


「ふふっ。神様相手に嘘吐いてもダメだよ? 顔、真っ赤じゃん?」


 『一体どこで見てたのよ!』って言い返す前に、清丸はひょいっと石段を飛び降りてきた。大きくてフサフサな尻尾をぐるりと一回転させて、私の目の前でどや顔をしている。


「なあ、あしか」

「……何?」

「俺、人間になるわ」

「……え?」


 あまりにもさらっと言われて、思考が止まった。今、なんて言った? 人間になる? このお狐さまが? 神社の守り神のはずなのに?


「何年も恋して、やっとやっと会えたんだ。……あしかのそばにいたいんだよ。ずっと」

「……何言ってるの!? お役目があるんだから……だ、ダメに決まってるでしょ!?」

「ダメじゃないよ? だって、昨日言ったじゃん。『人間になれる』って。一時的な変身を考えてたけど、あしかとずっと一緒にいられるなら、神様やめてずっと人間でいても良いかな……って」

「神様いなくなったら困るでしょ!?」

「全然?」

「え!?」

「次のヤツに引き継げば良いだけだから、全く問題ないよ? 姿はあしかと変わらない年だけど、実際はずっと長いこと生きてるわけだし。後継者だって育ってるのはここだけの話」


 なんて言いながら、ニコッと笑って清丸は口に人差し指を当てた。


 後継者が育っているだとか、神様をやめられるだとか、そんなこと今まで生きてきて初耳だ。


「だって、急にいなくなった初恋の相手が、大きくなって帰ってきたんだよ? 誰だってそう考えると思うけど?」

「いやいやいや! そんなこと稀だよね!?」

「いや、絶対ある。間違いない、うん。もっとあしかと一緒にいたい。同じ時間を過ごしたい。勉強して、遊んで、バカみたいなことして。そういうの、憧れてたんだから、これでも」

「そんなこと言われたって……! 清丸は、そうはいってもやっぱり神様なんだよ? 後継者がいたって、今抱えてるお役目はどうするのよ!」

「サボる。……いや、ちょっとくらいなら神社のヤツらも目つぶってくれるって。時嶋家も了承してくれるだろうしさ。見たでしょ? 昨日の反応。大歓迎! 大喜び! って感じだったじゃん? 俺が引くくらいに」


 清丸はニヤッと笑って、当たり前のように私の肩にポンと手を置いた。距離が近すぎる。心臓がバクバクしてるのが自分でもよくわかる。


「だから、今日からよろしくね。相棒」


「よ、よろしくじゃないわよっ!」


 叫んだけど、清丸は「決定事項だ」とでも言うように、また尻尾をふんわりと大きく振っただけだった。


 ――思わず、清丸を置いて私は駆け出してしまった。今のやり取りばかりが頭に浮かんで、顔が赤くなる。嬉しいやら恥ずかしいやら、こんな気持ちは今まで経験したことはなかった。私を見送るように手を振っている清丸には気が付かなかったけれど、待ち合わせ場所にいたナナとみっちゃん、それにココから昨日の話が出て、やっぱりさっきのことも夢じゃなかったんだと思った。


 いざ学校に着くと、教室の空気がなんだかソワソワしていた。


「ねえねえ、今日も転校生来るんだって!」

「すごいね、昨日あしかちゃんきたばっかりなのに」

「今回は男子なんだってよ、しかもイケメンらしいって噂!」

「男子から見てもイケメンなら、マジのイケメンじゃない?」

「わっ! 楽しみー!!」


 クラスメイトたちがそんな話をしているのを横で聞きながら、私はスクールバッグを机に置いた。……急な転校生、しかも私から続いて連続、イケメンの男の子と聞いて、思い浮かぶのは一人しかいない。

 

(まさかね……まさかあの清丸が……。って、いや、ないよね? 人間になるとか、昨日今日のアレ、勿論冗談だったんだよね?)


 ……そう信じたいけど、今の私は清丸なら本当にやりかねないと感じていた。昨日あんなに得意げだったし。今日の朝だってそうだ。


 ――ガラガラッ。


「おーい、席につけー!」


 先生が入ってきて、教室がシン――と静まり返る。そして、なんだか楽しそうにニヤッと笑いながら言った。


「昨日は小森が転校してきたが、なんとまた今日から新しいクラスメイトが増えるぞー! なかなかないからな、こんなの。はい、じゃあ早速自己紹介!」


 その瞬間、扉がガラリと開いて、男の子がひょっこりと顔を出した。


「よっ、よろしくお願いしまーす!」


(ほ、本当に!?)


 ――やっぱり、出た。間違ってなかったんだ、私の考えは。


 黒髪の、やけに整った顔立ちの男子が立っていた。制服姿なのに、何だかサマになりすぎてる。でも私にはわかる。そのちょっと悪戯っぽい笑い方、間違いない。……というか、気持ちを落ち着けるためになんとなくナレーション風に心の中で紹介してみたが、その顔はよくよく知っているし、なんならさっき顔を合わせてきたばかりだった。


「俺、時嶋清丸です。よろしくお願いします!」


 教室が一瞬静まり返ったあと、女子たちが一気にざわつきだした。

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