清鈴神社のお狐さま⁉︎_2
「一応スクールランチもあるけど、まだ食券買ってないよね?」
「うん、食べられる、ってことは知ってたんだけど……」
「前日までの申し込みだから、明日以降食べるなら先に勝っておいたほうが良いよ! メニューは出てるし。ナナは明日食堂で食べるんだけど、一緒に食べる?」
「食べる!」
「今日はナナお弁当なんだ~。あしかもだよね? 一緒に食べよう?」
優しい笑顔のナナ。私が頷くと、ナナはまた笑って見せた。そんな話をしながら、またゆっくりと校内を回っていく。
「……ねぇ、あしかって、ちっちゃいころこっちに住んでたんだよね?」
「そうだよ?」
「違ってたらゴメンなんだけどさ。……もしかして、清海保育園通ってなかった……?」
「えっ? なんで知ってるの!?」
清海-せいかい-保育園は、私が引っ越すまで通っていた保育園の名前だった。母も父も仕事で帰りが遅く、いつも一番最後まで残っていたっけ。先生も友達もみんな優しくて楽しかったが、ぽつんと一人になった瞬間の、なんとも言えない気持ちは今でも忘れられない。だが、母や父が悪いだなんて思ったことはない。仕事は大事なものだと理解しているし、残った時は先生もオモチャも独り占めできた。確かに先に迎えがくる子を羨ましいと感じたこともあったが、良い思い出もいっぱいある。
それを、どうしてナナが知っているのだろう――?
「あしかってさ、珍しい名前だなって思って。思い出したの。そういえば、私が保育園に通ってた時、あしかって名前のお友達がいたこと。……覚えてない? ナナだよ。今はお母さんが離婚しちゃって苗字が変わったけど、あの時は【大森ナナ】だったよ」
大森ナナ。
「……あっ……!」
私の頭の中に、保育園の頃の記憶が鮮明によみがえった。
――
『あしかちゃん! ナナのおなまえの【おおもり】って、おおきいもりってかくんだって! あしかちゃんの【こもり】は、ちっちゃいもりってかくって、せんせいがいってたんだよ!』
『そうなんだ! なんだか、もりがおんなじでなかよしさんみたいだね!』
『ナナもそうおもった!』
『あしかとナナちゃん、なかよしだもんね!』
『だもんね!』
――
『ほんとうに? あしかちゃん、ひっこしちゃうの?』
『うん。おとうさんのおしごとだって』
『そっか……さみしいね』
『さみしいね』
『そうだ! ナナのヘアゴムあげる! おうちにいっぱいあるから!』
『だいじなやつ? ちがう?』
『だいじだよ! でもいいの!』
『うれしいな! ありがとう!』
『バイバイするときに、おうちにもっていくね!』
『うん!』
――
『……やだ! まだナナちゃんにバイバイしてない!』
『だめよあしか。もう時間なの。電車に間に合わなくなってしまうわ』
『やだ! ここにいる!』
『あしか! 我儘を言うんじゃない!』
『うぅ……うわぁぁぁぁん!! ナナちゃん! あいたい! ナナちゃん!!』
『ダメだ。もう行くぞ』
『やくそくしたの! ヘアゴム、やくそくしたのぉぉぉぉぉぉ!』
『静かにしなさい! もう出発の時間だ! 子供の約束だろ? 忘れているのかもしれないじゃないか!』
『くるもん! ぜったいナナちゃんくるもん!』
『いい加減にしなさい!』
『うわぁぁぁぁぁぁぁん!!』
――
「――ナナ……ナナちゃん? 『もりがおんなじでなかよしみたい』な、ナナちゃん……」
「そうだよ! 思い出した!?」
「思い出した……思い出した! ナナちゃん、ナナちゃん!」
懐かしさに胸が弾む。どうして、こんなに大事な人を忘れていたんだろう。あの時の男の子は覚えていたのに、ずっと保育園で一緒に遊んでいたナナちゃんのことを。
「はぁ……良かったぁ。これで忘れ去られたらどうしようって、ちょっと心配しちゃった。面影あるし、名前も絶対そう! って思ったんだけど。わかんないよね。ナナたち、もう中学生になっちゃったし」
「……ごめん、すぐに思い出せなくて」
「良いの良いの! ……ナナさ、ずっとあしかに謝りたいなって思ってて……」
「私に?」
「うん。あしかが引っ越す日、お母さんに頼んで見送りに行くはずだったんだけど。急に仕事が入っちゃって、お父さんも家にいなくて、一人じゃ行くことができなくて。ごめんね」
「……そっか、そっか。良いの! 教えてくれてありがとう! 今こうやって会えたから、私凄く嬉しい! ……なんかさ、運命……って感じ?」
「あはは! そうかも! ……ナナの苗字変わっちゃったけど、また仲良くしてくれる?」
「あたりまえじゃん! ……本当に、嬉しいな。心配だったの。この町に帰ってきて、私そんなに昔のことは覚えてないから、保育園で同じだった子いたとか考えてなかったし。友達できるかな、学校ちゃんと楽しめるかなって」
「ナナが絶対楽しくするから! ……また、昔みたいに一緒に遊ぼうね!」
「うん!」
思いがけない再会があった。懐かしい友人に出会えるなんて。私は初日からラッキーだったのかもしれない。懐かしさを噛み締めながら、一時間目の残りの時間を目いっぱい使って、私はナナと一緒に校内を回った。
昼食はナナと一緒にとり、懐かしい話に花を咲かせた。お互い忘れていることも多かったが、あの頃の二人に戻った気がして、すごく楽しかった。今までの時間を埋めるように、お互いが離れてからの話や小学校時代の話、今の趣味や好きなアイドルといった話でも盛り上がった。放課後は一緒に帰ることにして、また授業へと戻った。