神様じゃなくなるなんて_1
私は一生懸命考えていた。清丸と一緒にいられる方法を。
――コンコン。
そんな時、部屋の窓を誰かがノックした。恐る恐るカーテンを開けると、目の前にいたのは鈴緒だった。
「鈴緒!?」
口をパクパクと開けて『開けて』と言っている。私は窓を開けて鈴緒を部屋の中に入れた。
「どうしたの? 鈴緒がウチにくるなんて……」
「ちょっと、清丸のことで話があって! ……時間ないから、もうしゃべっちゃっていい?」
「う、うん」
鈴緒は息を切らせていた。時間がないのは本当みたいだ。
「あんさ、今度神事があるの。ハルトが舞を舞って、俺たちは力を解放して、穢れとかなくしたり、ちょっとした願叶えたりするんだけど。……多分、清丸それに耐えられない」
「……は?」
私は頭の中が真っ白になった。
「人間でいるのに力を使い過ぎたんだよ。だから、もしかしたらその神事が清丸がここにいる最後になるかもしれないんだ!」
「清丸、そんなこと一言も……」
「あしかには絶対言わないって! アイツは自分の神様としての役目を全うしようとしてる。ってか、やらない選択肢はないから、やらなきゃいけないんだけど。俺はあんな清丸見たくないから、あしかに伝えにきた! ……神事がある前に、清鈴神社に絶対きて! ちゃんと清丸と話して!」
「わ、わかった……」
「それじゃ! 俺たち準備あるから、清丸も学校はたまに休むと思うよ。……またね、あしか」
それだけ言って、鈴緒は嵐のようにいなくなってしまった。
「……清丸、本当、なの……?」
――私は眠れなかった。お母さんに嘘ついて、学校を休んだ。鈴緒の言った通りなら、きっと今日清丸は来ていない。
夕方、家をこっそり抜け出して、神事が行われる清鈴神社へ私は向かった。できるだけ急いでいたら、汗を吸ったTシャツが肌に張り付いている。額にも汗がにじんで気持ち悪いが、今はそんなこと気にしてられない。
「――清丸!」
「あしか? ……なんで、ここに……」
「あれ、あしかちゃん? 今日は体調悪くて学校休んだって聞いてるけど……」
「ゴメン時嶋君、清丸と二人にしてくれない?」
「え、うん」
私は誰もこなさそうな神社の奥へ、清丸を連れて行った。
「……清丸、いなくなるの?」
私はまっすぐにそう言った。それ以外何も浮かばなかったんだ。
「誰から聞いた?」
「……鈴緒。力を保ってられないから、次の神事が終わったら消えちゃうかもって……」
「……アイツ、余計なことを……」
神様だってことはわかってる。人間と違うことも、勿論。
でも――納得なんか、できるわけない。
「……でも、私、やだよ」
「だろうな」
「だろうな、って……」
「お前がそう言うの、わかってた」
清丸は、少しだけ笑って、空を見上げた。その横顔が、信じられないくらい遠く感じる。
「でもな、あしか。俺、お前に会えたことだけは後悔してねぇよ」
その言葉が、胸に深く突き刺さった。
「――やだよ、清丸!」
気づいたら叫んでいた。
「いなくならないでよ……私、清丸がいなくなったら、すごく嫌だよ!」
声が震えて、目の奥が熱くなる。涙を堪えようとしても、もう無理だった。
清丸が、驚いたように私を見て、それから――ふっと息を吐いた。
「……あしか」
清丸の手が、そっと私の肩に触れた。でも、その手が微かに震えているのがわかる。
「泣くなよ」
「泣くよ!」
「……だよな」
清丸は、少しだけ自嘲するみたいに笑った。
「――ほんとはな、言っちゃいけねーんだよ、こんなこと」
「……何を?」
「俺、お前と結婚したいと思ったのは、本当だから。人間とか神様とか関係なくて、大人とか子供とかも関係なくて。ただあしかだから、そう思うんだ」
胸の奥が、ぎュッと掴まれたみたいに痛い。
涙が、ポロポロこぼれる。
「……でも、消えるかもしれない俺に、そんなこと言われても困るだろ?」
清丸は、私の頭をそっと撫でた。……その手があまりにも優しくて、泣くなって言われても無理だった。
「……清丸、私も……私も、好きだよ。大好き。だって、初恋の人なんだもん!」
声が震えた。
清丸は、少しだけ目を見開いたけど、すぐにフッと笑う。
「……そっか。ありがとう、あしか」
でも、その笑顔は、やっぱりどこか寂しかった。
「……俺が頼りない神様だったら、もっと簡単にお役目を捨てられたのかな」
清丸は、自分を責めるように笑った。その笑顔が、痛いほど苦しかった。
「……でも、もう一度だけ言っとく」
清丸が、私を真っ直ぐ見つめる。
月明かりに照らされたその目が、真剣だった。
「――あしか、俺、お前が大好きだ」
その言葉に、胸がいっぱいになる。涙が出そうで、でも必死にこらえた。
「……私も」
「え?」
「私も、清丸が好きだよ。……でも、どうしたらいいかわかんない!」
声が震える。清丸は、一瞬だけ驚いた顔をして、それから少しだけ目を伏せた。
「……ありがとう、あしか」
「清丸……」
「でも、今はこれ以上は駄目だ。……この気持ちは、胸の中にしまっとこう」
そう言うと、清丸はそっと私を抱き寄せた。暖かい腕の中で、心臓の鼓動が早まる。感覚が切なすぎて、胸がずっと痛かった。
――もう夏休みがやってくる。
「――あしか、これプリント」
「……うん、ありがとう」
清丸が、何気ない感じでプリントを置く。ほんの一瞬、私を見てにっと笑うけど、その目がすぐに逸れるのを、私はちゃんと見てしまった。
(……やっぱり、前と違う)