神様との関係_4
唐突すぎる質問に、心臓が跳ねた。
「迷惑じゃない!」
思わず大声が出てしまった。清丸が、驚いたように目を丸くする。
「……迷惑なんかじゃない。むしろ……清丸がいないと、やだ」
「やだ?」
「うん……清丸がいなくなったら、私、すごく……すごくさみしい」
「お前が?」
「そうだよ?」
言葉を吐き出すたびに、胸の奥が熱くなる。
――でも、止められなかった。
清丸はしばらくじっと私を見ていた。その瞳が、少し揺れているのがわかった。
「……俺、泣きそう」
「な、なんでよ、泣かないでよ」
「お前がそんなこと言うからだろ」
清丸は、ふっと笑って、私の頭を撫でた。その手は、少し震えていた。
「……ありがとう、あしか」
「……」
「でも、やっぱり、俺……お前に好きって言っちゃいけねーんだよな」
その一言で、胸がぎゅっと締めつけられた。
「――っ!」
何か言おうとしたけど、喉がつまって声が出なかった。
「だってさ、俺、神様だし」
清丸が私から視線を逸らし、夕日を見上げた。
その横顔が、やっぱり少し大人びて見えて――それが悔しかった。
――それから数日、清丸は少しだけ距離を置くようになった。
「おい、あしかー、プリント持ってきたぞ」
「……ありがとう」
教室で、いつものように話しかけてくれる。でも、前みたいに頭をクシャクシャに撫でたり、わざと私の机に寄りかかったりはしなくなった。必要以上に近づかないようにしているのが、逆にわかる。
――放課後、帰り道。
みっちゃんと一緒に歩いていると、みっちゃんが小声でつぶやいた。
「……清丸、最近大人しいね」
「大人しいっていうか……」
「なんか、ちょっと『神様っぽい』感じになってる。前はもっと、普通の男の子みたいだったのに。人間の姿してない、音羽や鈴緒と同じみたいに」
私は返事ができなかった。だって、わかってるから。清丸が人間の姿を保てなくなってきていることに。
家に帰ってからも、つい考え込んでしまう。机の上で宿題を広げてみても、ペンが全然進まない。窓の外では、夏らしい青空が広がっているのに、私の胸はずっと曇っていた。
さらに翌日――。
「なぁ清丸、学校終わったら一緒にアイス食べ行かね?」
「おー、いいぜ」
「やった! あしかもくる?」
「え、あ、私は……」
清丸が一瞬だけ私を見たけど、何も言わなかった。
そのまま他の友達と連れ立って行ってしまう。
私はその背中を見送るしかなかった。
(……前なら絶対、『あしかも行けよ』って言ってくれたのに)
モヤモヤを抱えたまま学校の門を出たところで、後ろから声がした。
「――あしか!」
振り向くと、ナナが小走りで近づいてきた。
「ねぇ、ちょっと一緒に帰ろうよ」
「え? うん……」
ナナと歩くのは久しぶりだった。最近、清丸のことでいっぱいいっぱいで、放課後に友達とゆっくり話すこともなかったから。
「ねぇ、あしか」
「ん?」
「……やっぱり清丸と、何かあった?」
突然の問いに、足が止まりそうになった。でも、ナナはまっすぐ私を見ていた。
「……なんで、そう思うの?」
「……清丸、最近ちょっと大人しいでしょ? あれ、あしかの前だけだよ。他の子といる時は普通に笑ってるけど……あしかの前だと、ちょっと遠慮してる」
ナナの声は、いつものおちゃらけた感じじゃなくて、どこか真剣だった。
「……それって、私が原因?」
「たぶんね」
「……」
「でも、あしかが悪いわけじゃないよ。清丸が勝手に気を遣ってるだけだと思うし」
ナナは歩きながら、小さくため息をついた。
「ねぇ、あしか」
「何?」
「もし清丸が――『神様の役目を捨てる』って言い出したら、どうする?」
「えっ……?」
足が止まった。ナナも立ち止まって、私の顔をジッと見つめる。
「だってさ、清丸なら、考えるよ。あしかのためなら、役目を放り出すことだってしそうだもん」
「そんなこと……」
「でも、私見ちゃったの! 学校の中で、尻尾と耳が出ちゃってるところ!」
「そんな……」
「人間でいられないなら、神様辞めて本物の人間になるしかないんじゃない? ……それか、もう力がなくて消えちゃうか」
ナナの声は、真剣そのものだった。
知ってる。最初に清丸はそんなことを言っていた。だから、神様を捨てられることは知っていた。けれど、最近の清丸は人間って言うよりも神様で、人間の姿を保てなくなってきてるのもわかってる。ただ、改めて他の人の口から言われると、ゾワッとするほど胸の深くに届いた。
(清丸が……私のせいで、本当に、本当に神様じゃなくなっちゃう……?)
急に怖くなった。息が詰まるみたいに苦しくて、足がすくむ。なんだかんだいったって、清丸は初めて出会った時の清丸だって、ずっと思っていたから。
「……でも、清丸がそんなことするわけ――」
「するよ、絶対」
「え?」
ナナは少し目を伏せた。
「だから、あしか。あんたが清丸にとって【特別】なら、絶対考えるよ。……でも、それって、あしかにとって幸せ?」
答えられなかった。
ナナは私の顔を見つめたまま、もう一度ため息をついた。
「……ごめんね、変なこと言って。でも、考えといて。あしかがちゃんと決めないと、清丸、きっとただ力をなくして消えるだけだよ」
その言葉が、胸に重く落ちた。……私たちは、それ以上話さずに黙って歩き出した。