神様との関係_3
「な、何!」
「別にぃ? ただ――もしかして、清丸のこと考えてた?」
「な、なんでそうなるの!」
「だって、わかりやすいんだもん。最近のあしか、『毎日充実してます』って顔してるよ?」
「っ……そ、そんな顔してない!」
「ほら、今もしてる」
「してない!」
慌てて否定すると、ナナはますますニヤッと笑った。その笑顔に思わず口ごもってしまう。
「……あしか、清丸のこと、どう思ってるの?」
「ど、どうって……」
どう思ってる、なんて、そんな簡単に言えるわけないのに。でも、言葉を探している間に、胸がドクンと強く跳ねた。
「……やっぱり、あしかは清丸のことが好きだと思うけどなー」
「なっ、なにそれ!」
「だってね、あしかが清丸見てる時の顔、すっごいわかりやすいよ。……ホラ、今も赤くなってるし」
「う、うるさいっ」
「まっ、清丸はいわずもがなだしね」
顔が一気に熱くなった。ごまかそうと視線を逸らしたけど、ナナはそれすら見逃さなかったみたいだ。
「あははっ! やっぱりね。――でもさ」
「でも?」
「神様って、人間と一緒になれないんだよね?」
その一言で、私は息を止めた。
「ど、どういうこと?」
「だって、清丸、お狐さまでしょ? あれ、普通の神様と同じだよ。人間と結ばれるのは、あんまりよくないって聞くよ。何かの本で読んだんだもん」
ナナはあっけらかんとした口調だったけど、その内容は胸に重く響いた。
「……そんなの、決まってるの?」
「うん、時嶋家でも、そういう話、よく出てたみたいだよ。だってさ、神様って『人間の願いを叶えるため』にいるんだから。恋愛にかまけてると、力が乱れるんだって。だって、自分の願いを叶えちゃうことになるじゃん?」
「力が……乱れる……?」
「そう。お役目が大事な時に、人間に気持ちが引っ張られたら困るでしょ? だから昔から『神様と人間は深く関わるな』って言われてるんだよ」
「……」
「それにね、神様が人間と強く関わると、人間の寿命に合わせて力が削られるって話もあるよ。あれ、力の消失に合わせて寿命が削られる……だったっけ? ――あ、これ、ホントかわかんないけどね」
ナナは何気なく言ったけど、私の頭の中ではその言葉がグルグル回った。清丸から聞いた話と、そんなに変わらない気がしたから。
「……ナナ」
「何?」
「もし、神様が人間を好きになったら、どうすると思う?」
「さあね。でも、清丸なら――迷うと思うよ」
「迷う?」
「だって、清丸、あしかのこと大事にしてるじゃん。大好き。……でも、それ以上に『お役目』も大事にしてるでしょ? だから、今も神社に何度も顔出してるんじゃない?」
ナナは少しだけ真剣な目で、私を見た。
「――あしか、清丸に無理させないでね。清丸が無理するってことは、音羽も鈴緒も無理するってことだから。……下手したら、時嶋君も」
「……うん」
うんって言ったけど、心の奥はグラグラしていた。
その日の放課後、私は我慢できなくて神社に向かった。夏の夕方、石段を登ると、セミの声がやけに大きく耳に響く。階段を登りきると、ひんやりした空気と、木々の匂いが迎えてくれた。
拝殿の前に座り込んでいる清丸が見えた。
また見えている尻尾をパタパタ揺らしながら、空を見上げている。耳がピクピクとわずかに動いているのが、妙に気になった。
「よ、あしか」
「……清丸」
私が声をかけると、清丸は振り向いて、いつもの調子で笑った。でも――その笑顔、やっぱり無理してる。
「今日、何かあったの? 清丸、あんまり元気がなさそうに見えるんだけど」
「なんにもないよ。あしか、俺のこと気になるから心配しちゃう感じ? 嬉しいな」
清丸は軽く言ったけど、耳がピクッと動いた。
――嘘をついてる。
「……ねえ、清丸」
「ん?」
「神様って、人間と……一緒にいちゃ、いけないの?」
「っ……」
清丸の笑顔が止まった。狐耳の先が、夕日に赤く染まっていた。
「それ、誰に聞いた」
「ナナが、教えてくれた」
沈黙。
清丸は少しだけ俯いた。
「……あしか、嫌いになった?」
「え?」
「『神様だから』って理由で、俺のこと、もう嫌になった?」
その言い方が、胸に突き刺さった。
「そんなことない!」
「でも――お前、普通に考えりゃ、そうなるだろ」
清丸は、少し笑ってみせた。でも、その笑顔が痛かった。
「……前に話した通りだよ。……でも、今は……どうしても、離れたくない」
清丸は膝を抱えて座り、遠くを見ていた。私は、そんな清丸の横顔をチラチラと見てしまう。
(……前みたいに、からかってくれればいいのに)
気まずさをごまかすために、わざと口を開いた。
「……ねえ、なんで急に大人しくなったの?」
「大人しい?」
「だって、前はもっと、こう……うるさかったじゃん」
「うるさいってお前なぁ」
清丸は苦笑したけど、すぐに視線を逸らした。
「……別に。ただ、ちょっと考え事してるだけだよ」
「考え事?」
「……あしか、ホントはどう思ってるんだ?」
「え?」
「俺と一緒にいるの、迷惑か?」