神様との関係_2
清丸のことを否定されるのが、悔しかった。でも、言い返したらもっと変な噂になる気がして、怖かった。だから、放課後も早く帰るようにしていた。
だって、私にしか言ってこないから。清丸のいるところでは言わない。それどころか、可愛い顔と声でニコニコと、清丸にくっついているのだ。まるで私が、清丸に近付けないようにするためみたいに。
(清丸に、知られたくないな……)
けれどその日、神社の石段をのぼっていると、鳥居の影から清丸がひょこっと顔を出した。
「おかえり、あしか!」
――まるで、全部知ってるみたいな笑顔で。
「あしか、最近元気ないね? どうしたの? なにかあった?」
清丸は、心配そうに私の隣を歩いていた。神社の裏手、緑の濃い道を並んで歩く。暑い日が続いたからか、まだ早いセミの声が遠くで響いていた。
「……ううん、なんでもないよ」
私は小さく笑ったけれど、清丸は立ち止まって言った。
「嘘ついたら、すぐわかる」
その瞳が、まっすぐで。何も隠せない気がして、私は、ポツリポツリと話し始めた。
伊咲さんのこと。
昨日からのこと。
教室で起こっている小さな出来事――全部。
全部を聞いた清丸は、しばらく黙っていたけれど、やがて小さく、ふうっとため息をついた。
「そっか。……それ、もういいよ。俺、ちゃんと言ってくる」
「えっ!? やめたほうが……」
「だってさ。あしかが泣きそうな顔してるのに、知らんぷりなんてできないじゃん」
「でも、なにか言ったら清丸が次は……」
「ほっとけない。明日、俺が言うから!」
そう言って、彼は神社のどこかへ隠れてしまった。
――次の日の朝、登校すると、教室の雰囲気がちょっと変わっていた。うっかり寝坊してしまって、授業には間に合ったけど私が一番最後の登校者らしい。
なぜか、昨日までチラチラと見てきていた女の子たちが、今日は目を合わせてこない。そして、伊咲さんが、私の肩を後ろからトントンと叩いた。
「あの……小森さん。ごめんね」
ペコリと、頭を下げた。
「清丸くんに言われて、気づいた。私……ちょっと意地悪だった。あしかちゃんが田宮くんのこと断ったの、やっかんでたんだと思う」
「……ううん、いいよ」
私はホッとして笑った。クラスの空気も、すっとやわらかくなっていく気がした。
そのまま何事もなく授業は終わって、放課後、神社の階段を駆け上がると、清丸が珍しく尻尾を揺らして出迎えてくれた。
「おかえり、あしか!」
「ただいま、清丸。……尻尾、見えてる」
「あっ、やべっ! つい、隠すの忘れてた」
「珍しいね」
二人で並んで境内の石段に座る。
私は、ぽつりと言った。
「……清丸、ありがとう」
「なにが?」
「本当に、伊咲さんに行ってくれたんだね。今日はもう、何も言われなかったよ」
「あはは、良かった。結構すんなり俺の話聞いてくれたんだよね」
「どうなるかな……って思ったけど、何にも心配いらなかったね」
「うん。……良かったよ」
「……あのね、私、清丸に好きって言ってもらえて、すっごく幸せだなって思った」
清丸は一瞬きょとんとしてから、ニッコリ笑った。
「じゃあ、もっと好きって言うから!」
私は思わず笑って、そっと清丸の袖を握った。夏の風が、私たちの間を優しくすり抜けていった。
――なんだかんだで、夏休みまであと二週間。教室の空気は、もうすっかり「夏休み気分」だった。プリントを配る担任の声なんて、誰もまともに聞いちゃいない。
「海行くならどこがいい?」
「えー、プールがいい」
「山登りとかもよくない?」
あちこちから楽しそうな声が飛び交って、空気の入れ替えのために窓から入る風もぬるいのに、みんなすごく元気だった。
私はというと、そんな浮ついた空気の中で、全然別のことを考えていた。
(……清丸、昨日、また神社に行ってたんだよね)
昨日の放課後、私と一緒に帰る途中で、「ちょっと用事ある」って先に戻っていった清丸。神様だから用事があるのは当然だって、頭ではわかってる。でも――そんなある日の夕日を背にした横顔が、少しだけ寂しそうだったのを、私は見逃さなかった。
(……あれって、なんでだろう)
プリントを手にしたままぼんやりしてたら――。
「――あしか、プリントまわしてー」
「あ、うん」
慌てて隣の席にプリントを渡す。そんな私を、前の席の女子がちらっと見て、ひそひそと友達と何か言い合っていた。
「……ねー、あしか、なんかボーッとしてるよね」
「うん、最近ちょっと変じゃない?」
――そうだよね、変だよね私。でも、考えないようにしようとしても、頭の中から清丸のことが離れない。
「そそそ、そんなことないよ? 夏休みが近いから……ちょっと浮かれちゃった? みたいな?」
「えー? そうかなぁ?」
「あはは……」
(だって、気になるんだもん……)
人間でずっといられないのはわかった。……勿論、それが仕方のないことなのも、なんとか解決方法があることも分かっている。けれど、なんだかこのまま清丸が、遠くに行っちゃって戻ってこないみたいで嫌だった。
「何考えてんの、あしか?」
「ひゃっ」
突然、後ろから肩をつつかれて、私は小さく飛び上がった。振り向くと、ナナがニヤニヤしながらこちらを見ていた。