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神様との関係_1


 ――放課後の教室は、いつもより少しだけ静かだった。周りの席の子たちは帰り支度を済ませ、すでに下駄箱へ向かっている。けれど私は、自分の机の上でスクールバッグの中身を何度も確認していた。


(うん、うん……筆箱、入ってる。ハンカチも……宿題用の教科書にノート……)


 ――本当は、もう全部揃っている。……とっくにわかってる。もう今までに何回も確認したんだから、急に中身が変わるはずもない。……でも、なんとなく立ち上がるタイミングが掴めないでいた。


 ……というのも。


「あの――小森さん、ちょっと話せるかな」


 彼が、待っていたのだ。――【田宮奏たみやかなで】。彼は同じクラスの男の子で、転校してきたばかりの私にすごく優しくしてくれた。気兼ねなく話せる、まるで女友達みたいな男の子。まだまだ知り合ったばかりだけど、仲は良いほうだと思う。そんな彼が改まって目の前に立っているのだから。


 ――いつもと違う真面目な顔に、心臓が一つ、跳ねた。


「……いいよ」


 断る理由もなくて、私はそう言った。


 二人だけの静かな教室。窓から差し込む西日の中、彼はポツリと言った。


「実は、あの。小森さんのこと……初めて見た時から、好きだったんだ」


 心がふっと浮いたような気がした。けれどそれは、すぐに落ち着いた。顔が熱くなるのを感じながらも、私は静かに首を横に振った。


「ありがとう。でも……ごめん。私、す、好きなる人がいるの」


「……うん、そうだよね。知ってた」


 奏くんの笑顔は、ほんの少しだけ寂しそうだった。彼はそれ以上何も言わず、ペコリと頭を下げて、教室を出て行った。


 扉が閉まった後、私は椅子に腰を下ろした。胸の奥が、清丸と一緒にいる時とは違う痛みで締め付けられる。


(悪いこと、しちゃったな……でも……)


 彼の顔が脳裏に浮かんだ。神社の森で、元気に尻尾を揺らして笑っていた、カッコ良くて可愛いおきつねサマ。


「――清丸」


 名前を呼ぶだけで、心が少し温かくなる。……教室の外から誰かが走ってくる音がした。廊下の影からひょっこり顔を出したのは、自分がいま名前を呼んだ清丸だった。


「よかった、まだいた! あしか!」


 彼はニカッと笑って、私の元へ駆け寄ってきた。


「どうしたの、清丸?」


 あまりのタイミングの良さに、私は少し驚きながら尋ねた。


「いや……なんか、ちょっと胸がザワザワしてさ。あしかに何かあったのかなって思ってきてみた」


 そう言って彼は、私の机の横に立つと、心配そうに顔を覗きこんできた。それだけで、胸のモヤモヤが少しずつ晴れていく気がした。


「……ねぇ、清丸」

「ん?」

「もし、私が他の男の子に好きって言われたら……どうする?」


 清丸は、一瞬だけ目をパチクリとさせてから――。


「そりゃあもちろん……イヤに決まってる!」


 と即答した。


「……じつは、かなでが教室を出ていくのを見たんだ。だから、何かあったのかなって思って中覗いたら、あしかがいたから」

「もしかして、何があったかわかっちゃったってこと?」

「……あしかは俺の好きな人なんだもん。誰にも渡さない!」


 そのまま、彼は私の手をギュッと握った。少し汗ばんだその手のひらが、妙に安心感を与えてくれる。


「大丈夫だよ。あしかが困ってたら、俺、ちゃんと守るから」

「……うん」


 顔が熱い。きっと、真っ赤になってる。でも、清丸のまっすぐな言葉が心地よくて、つい笑ってしまう。


 ――そんなことが起きた、次の日の学校。


 私は、なんとなく教室で視線を感じていた。気のせいかと思ったけれど、下駄箱でも休み時間でも、チラチラとこっちを見てくる女の子たちの目線が、どうにも気になる。今までもこういうことはあったけど、なんだか特別、今日の視線は違う気がした。


 そのうちの一人――私の後ろの席の【伊咲いさき】さんが、給食の時間に私の机の横にやってきた。


「ねぇねぇ、小森さんって、清丸くんと付き合ってるんだって?」

「え?」


 突然の言葉に、私は思わず固まってしまった。


「付き合ってるんでしょ? あんなに仲いいし」

「えっ、付き合ってないよ……」

「ふーん? ……昨日、田宮くんに告白されたのに断ったって。……すごいね、モテるんだ」

「そ、そんなこと……」


 なんとか答えようとすると、伊咲さんは口の端を上げて、声をひそめた。


「でもさ、あの子って、ちょっと変じゃない? 清丸くん。時々変なこと言うし、子どもっぽい時もあればおじいちゃんみたいな時もあるし。みんな何にも言わないけど、存在が嘘くさいっていうか。……そんな子と仲が良い小森さんも……ねぇ?」


 そう言って、伊咲さんはクスリと笑った。


 ――それは、私に向けられた最初の――そして、とても小さな意地悪だった。


 その日を境に、彼女を含めた何人かの女子から、私に対する『小さなからかい』が続いた。配られるプリントがあしかの分だけなぜか折れていたり。掃除の当番がすり替えられていたり。わざとらしく「清丸くんと付き合ってるんでしょ〜?」「大人だよね~?」なんて言われたり。


(……わかってる。わかってるけど)


 言い返す言葉が上手く見つからなくて、私はただ、黙っていた。

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