文化祭は大変!?_3
即答だった。その一言で、息ができなくなりそうなほど苦しくなる。
「でも俺、やっぱりあしかに手ぇ出しちゃいけないんだよ。……いや、違うか。好きになっちゃいけない……気にしちゃいけない……あはは、難しいな」
「……なんで」
「お前、人間だし。この前も言ったけど、俺、長くはお前のそばにいられないから」
清丸が少し視線を落とす。私は唇をかみしめた。
(そんなの、わかってる。でも――)
「……私、清丸のこと、好きだよ」
「――!」
気づいたら言っていた。自分でもビックリするくらい、自然に口から出た。
「……ずっと、よくわかんなかったけど。私、清丸が他の子にモテてるのとか、イヤだったし。……一緒にいると楽しいし、安心するし……」
清丸は黙って私を見ていた。その視線が、なんだか切なそうで、でも嬉しそうでもあった。
「……あしか」
「……うん」
清丸が何か言おうとした時――
「……でも、ごめん」
その一言が、私の胸を突き刺した。
「今、俺が答え出したら、多分あしかのこと後悔させる。だから……ちょっとだけ時間くれ」
「……っ」
泣きそうになったけど、必死でこらえた。清丸はそっと私の頭を撫でて「気持ちに応えてくれてありがとな」とだけ言った。
私は清丸の背中を見送りながら、涙をこらえきれなかった。遅かったのか……って。ここまでほんのちょっとの時間しか経っていないはずなのに、それでも遅いのか……と。
でも、不思議と心は少しだけ軽くなっていた。
(――やっと、自分の気持ちを言えたからだ)
境内の石段を降りながら、私は自分の胸に手を当てた。
「……絶対、泣かないんだから」
でも、ポロッと涙は落ちた。地面と闇に消えたそれは、なかなか私の頬からはいなくならなかった。
告白――というか、半ば自爆告白――をしてから二週間後。私はまた神社に行っていた。
昼間の神社は、蝉の声が響いていて、しっかりとした夏本番が近づいているのを感じる。……でも、あの日以来、清丸に会うのが少し怖かった。
清丸は、二週間学校へ来ていなかった。家庭の都合で……と言われていたけど、きっと神様が関係していると思う。彼の家庭は神社なんだから。そういえば、なかなか音羽や鈴緒にも会えないから、お狐サマとしての仕事がどうなっているのか、私にはよくわからなかった。時嶋君ともあまり話す時間がないし、普段はみっちゃんにナナ、ココと一緒にいた。
(……また「ごめん」って言われたら、どうしよう)
石段を登ると、拝殿の影に座っている清丸が見えた。
「よ、遅いな」
「……くるってわかってたの?」
「お前、こういう時必ず来るだろ。……なんてね。俺が会いたいなって思っただけ」
……そういうところが、ズルいんだよ。
「……こめん。この前のこと、忘れて」
「忘れるわけないよ」
「――え?」
清丸は立ち上がると、私のほうに歩いてきた。
「忘れろって言われても無理だ。俺だって、あしかにあんなこと言われて、平気でいられないし」
……心臓が、痛いくらいにドキドキした。
「……あしか、ちゃんと話すな」
「え?」
清丸は少し真面目な顔になった。
「俺、元々人間の姿で長くいるのは、あんまりよくないだ。神様の力、結構消耗するから」
「……うん」
「どうせ子供の姿だし、今までとあんまり変わらないから、全然いけると思ってたんだけど。力ってそういうモノじゃないらしくて」
「そうなんだ……」
「もう、ヒトの姿を一日維持するのも、難しくなってきてる」
私は息を呑んだ。
「それでも俺は、あしかのそばにいたい。たとえ消えたとしても、一緒にいられる間はずっと」
……呼吸がうまくできなくなった。清丸が、私をジッと見ていた。
「な、なんでそこまで……」
「決まってんだろ。……お前が好きだからだよ」
また、言われた。前よりも、ずっとまっすぐな声で。
顔が熱くなって、目の奥がジンジンする。
「……バカ」
「うん、バカだな、俺」
清丸は笑って、私の頭をそっと撫でた。
「でも、こうするの、もう我慢できなかった」
次の瞬間……ギュッと、抱きしめられた。
「――っ!」
頭が真っ白になる。でも、清丸の腕の中はあったかくて、少しだけ泣きそうになった。
「……泣くなよ」
「泣いてないし」
「……泣きそうな顔してる」
清丸は笑いながら、私の髪を撫で続けた。その指先が優しくて、心臓が痛いくらいに高鳴っていた。
しばらく抱きしめ合ったまま、清丸が小さく呟いた。
「……俺、今幸せだよ」
その一言で、胸がキュッと締めつけられた。でも、私は笑おうとした。
(……いつか、ちゃんと清丸に、同じくらい真っ直ぐに「好き」って言うんだから。どんな結末でも、後悔しないように)
境内を出るころ、空には夏の匂いがしていた。夕暮れの風が、少し熱を帯びている。
「そうだ、あしか」
「なに?」
「今度、夏祭り、一緒に行こうぜ」
「え」
「嫌?」
「……いやじゃない」
清丸が満足そうに笑う。その笑顔を見て、私もつい笑ってしまった。
(――この夏が、ずっと終わらなければいいのに)
でも、そんなことは言えなかった。