文化祭は大変!?_2
「……きたんだな」
「……うん」
「……」
「……」
沈黙が重い。私は思いきって先に口を開いた。
「ねえ、清丸。今日、何であんなこと言ったの?」
「……」
「私、別に変な期待なんかしてないし。その、清丸と一緒にいるのは楽しいし、なんていうか、当たり前みたいになってるけど……だからって――」
清丸は私をジッと見た。そして、小さく笑った。
「あしかは、ホントに優しいね」
「……え?」
「でも、それが余計にダメなんだよ。……俺、これ以上、お前に踏み込んだら後戻りできなくなる。俺だけじゃない、あしかも」
清丸の声はかすかに震えていた。
「俺、あしかのことが好きだよ。まだちっちゃなお前が俺に手を振ってくれた時から。今日まで。ずっと、ずっと。……でも、お狐サマだから、お前のことちゃんと幸せにできない」
「……っ」
「あんな啖呵切って、人間になるって宣言して、学校まで通ったのに。結局偉い神様に怒られて、今昔に戻ろうとしてる。……バカだよな、オレ。ただ、あしかのこと傷つけて終わるなんて」
「そんなこと……!」
「好きなのに、好きなだけじゃダメなんだって」
……胸が痛い。でも、なぜか「好きだよ」という言葉が、頭の中で何度も響く。
「……ごめんあしか。俺、今日は上手く喋れそうにない。だから、もう帰ろう」
「……やだ」
「やだ、って、そんなこと言わずに帰ろう」
「やだって言ってんの! ……清丸が、そんなこと言うから、私、なんかもう……っ!」
涙が出そうだった。でも、清丸は何も言わなかった。ただ、困ったように笑った。
絶対にその場から動くもんか! と思っていたのに、ふと意識が遠くなって、目を覚ましたら自分の部屋のベッドの上にいた。
「……清丸……なんでなの?」
私はそのまま意識を失っていた。
――文化祭が終わって翌週の月曜日。
教室に入ると、まだみんなが文化祭の話で盛り上がっていた。
「お化け屋敷、ホントにすごかったよね!」
「特に清丸くんの吸血鬼、イケメンすぎてやばかった~!」
「ねぇ、写真撮ったの私にもちょうだいよ!」
「あっ! 私も欲しい!」
……またそれか。私は机に座りながら、ちょっとムスッとしていた。でも、横から清丸がひょいっと顔を出す。
「お、あしか。おはよ」
「……おはよう」
「なんだよ、そのテンション低いの」
「別に」
清丸はいつも通り笑っている。でも、私の胸の奥には、あの夜の神社での言葉がずっと残っていた。
(……前にも聞いたけど、今回の「好き」は重みが違った気がする。……あれ、本当はどういう意味だったんだろう)
でもその後、清丸は「もう踏み込めない」って言ってた。それを思い出すと、胸がキュッと痛む。
昼休み、みっちゃんとナナ、ココが私の机にやってきた。
「ねえあしか、ちょっといい?」
「え?」
みっちゃんは私を教室の隅に引っ張ると、ナナとココと三人で私を囲むようにして、ニヤッと笑った。
「清丸と、最近仲良すぎじゃない?」
「な、なにそれ!」
「だって、あっちゃんにだけ、すごい距離近いもん」
「わかる! 清丸好きって言ってたし、これは付き合うのも秒読みなのでは?」
「ふふふっ。なんだか可愛い~」
「そんなことないよ!」
……と言い返したけど、みっちゃんを含め三人とも首をかしげている。
「……でもね、清丸のあっちゃんを見る目が、もうなんか全然違うんだってば」
「……違う?」
「うん。……なんか『大事にしたい』って思ってる感じ」
ドキン、と心臓が鳴った。
(……そんなわけ、ないよね)
「とにかく、進展したらちゃんと教えてね!」
三人は嵐のように離れていくと、残された私は考え込んでしまった。
そんなことがあった放課後、偶然清丸と一緒に帰ることになった。道端の銀杏の葉がが風に舞う。
「なああしか、今日、なんか元気ないんじゃない?」
「……別に」
「なんだそれ。……お前「別に」ばっかだな」
清丸が笑いながら、私の頭を軽くポンッと叩いた。
「おい、やめてよ」
「なんで? お前、こういうの嫌いじゃないだろ」
「……嫌いじゃないけど」
……あ、言っちゃった。
清丸が一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにニヤッと笑った。
「そっか、嫌いじゃねーんだな」
「な、なんでもない!」
「もうバレてるって!」
「何よ何よ! 「踏み込めない」って言ったくせに!」
「それは……」
顔が熱い。早く帰りたいのに、足が進まない。清丸は思うところがあったのか、そのまま黙って歩いたけど、なんだか横顔が少しだけ優しく見えた。
――その日の夜、私はひとりで神社に行った。行かないほうがいいと思ったのに、気がつけば足が向かっていた。
だって、どうしても清丸に会いたかったから。親に怒られたって構わない。会いたいと思ったときに会わなければ、絶対に後悔するって思ったから。
境内には、もう既に清丸がいた。
「……くると思ってた」
「……え?」
「あしかお前、俺に話があるんだろ?」
ドキッとした。でも、私は頷くしかなかった。
「清丸……この前、言ってたよね。「好きだよ」って」
「……ああ」
「……あれ、本気で言ったの?」
「勿論。……ずっと最初から本気で言ってるよ」