見せ場ばかりの体育祭_2
――パァン!!
スタートの合図が鳴った。清丸はやっぱり速い。とにかく速い。けれど私も必死で走った。……ただ、平均台でバランスを崩して、思いっきり落ちた。
「きゃあっ!」
「! おいあしか、だいじょ――」
「だ、大丈夫だから!! いって!!」
すぐ立ち上がって走りだしたけど、前を走っていた清丸はにはとてもじゃないが追いつけなかった。
「大丈夫か? 足捻ったとか、擦りむいたとか、怪我は?」
「し、心配しなくていいってば! ちょっと擦りむいたくらいだし……」
「本当に? 無理すんなよ?」
「あ、ありがと」
結局、清丸はぶっちぎりの一位。私は……まあ、当然ながら一番最後だった。
午後の騎馬戦。これは希望者参加型だ。希望者が少ないとジャンケンで決めるらしいが、今年はすんなり決まった。だから、私は補助要員のはずだったのに――
「おーい、あしか、俺の騎馬に乗れよ!」
「はあああ!? ムリムリ!! ってか、清丸上だったはずじゃ!?」
「いーから。俺が下で支えるから、お前は帽子取る役な」
「無理だってば! 私運動神経ないんだよ! 見たでしょ? ……平均台から落ちたの」
「大丈夫だって。俺が絶対に落とさないから」
……結局、強引に清丸のチームに組み込まれた。しかも、清丸の宣言通り騎馬の一番上に乗せられる羽目になるなんて。
「きゃあああああ!!」
「おー、あしか、暴れんなって! 落ちるだろ!」
「だ、だって高いんだもん!! 待って! 怖い! 怖いよこの高さ!!」
でも、清丸の肩にしっかり支えられてるのがわかる。その感覚に少し安心して、思いきって前に出ると――
「おーし、その帽子、取れ!」
「え、えぇ!? 無理――」
「大丈夫だ、信じろって」
清丸の声に背中を押されるように、私は手を伸ばした。……そして、運よく相手の帽子を取れた。
「いっ……やったあぁぁ!!」
「よっしゃあ、あしかナイス!」
清丸が支えてくれてるのに、私まで大声をあげてしまった。清丸は下から見上げて、ニッと笑ってる。支えてくれている子は他にもいるけど、みんな同じように喜んでくれてホッとした。
「あしか、やればできんじゃん」
「う、うるさい! 一言余計なの!」
けれど、その言葉に、胸の奥がほんの少しあったかくなった。
最後の競技はリレー。清丸は当然アンカー。私は中盤の走者だった。みんな、このリレーにかけている。なんたって、最後の競技かつ、これで優勝が決まるんだから。
「おーし、あしか、頼んだぞ」
「わ、わかってるってば!」
バトンを渡すとき、清丸が私に小さくウインクした。
「行ってこい、あしか」
「もー! からかわないで!」
緊張を抱えながら走り終わったあと、私はゴール付近で見守っていたけど……。女子たちが清丸の走りにキャーキャー言ってるのが耳に入る。相手は勿論清丸だ。
「清丸くん、かっこいいー!」
「すごーい、めっちゃ速い!」
「そのまま頑張ってー!!」
「清丸くーん!!」
……モヤモヤする。女の子たちの声が、私の脳みそにまとわりついてくるようだった。
(なんで私、こんな気持ちになってるんだろう?)
ゴールした清丸は、そのまま女子たちに囲まれた。
でも――
「おーい、あしかー!」
清丸はこっちを見て手を振った。囲っている女子たちをかき分けて、まっすぐ私のほうにくる。
「お前、さっきのバトン最高だったな!」
「え、え……」
「俺が受け取りたかったけど、お前のおかげで勝てたわ。ありがとな」
「……っ……ち、違うよ、清丸が速かったから……」
「いーや、お前のおかげだね」
胸が、なんか苦しいくらいに熱い。さっきまで感じていたモヤモヤは、いつの間にかなくなっていた。そして私たちのチームは見事優勝した。
――体育祭が終わり、夜になった。片付けに疲れて帰る途中、私はなんとなく神社に寄り道した。夕方の喧騒が嘘みたいに、ヒッソリしている。
「くると思ったよ」
聞き慣れた声がして振り向くと、清丸が鳥居のそばに立っていた。いつもの人間の姿だけど、なんだか少し寂しそうに見える。
「清丸? そういえば、体育祭終わった後どこ行ってたの? 気が付いたらいなかったけど……」
「まぁ、ちょっと」
「そうなの? それに、こんな時間に……」
「それはお前こそ、だろ? ここは俺の家なわけだし」
「べ、別に……ちょっと疲れて帰りたくなかっただけ。少し気持ちを落ち着けたいな、って」
「ふーん」
清丸は笑ったけど、すぐ真顔になった。
「なあ、あしか」
「なに?」
「……実はさ、人間の姿でこうしてるの、ずっとは無理なんだよな」
「……えっ」
清丸は空を見上げた。
「今日、体育祭でさ。あしかと騎馬戦やったり、リレー勝ったり……めっちゃ楽しかった」
「……うん」
「でも、こういうの、ずっとはできないってわかって。俺、お狐サマだから。力のバランスが……って言っても、わかんないよな、ごめん」
その声が、いつもの軽い調子じゃなくて。胸が悲しみで締めつけられる。
「清丸……」
「……ごめんな。変なこと言ってさ。今日はもう帰ったほうが良い、疲れてるだろうし、親も心配するんじゃない?」
清丸は無理やり笑おうとしたけど、その笑顔が少し痛かった。私は言葉が出なかった。ただ――
(……なんでこんなに、苦しくなるんだろう)
「……わかった。帰るね。じゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
清丸は手を振って笑って見送ってくれたけど、どこか悲しそうに見えた。