見せ場ばかりの体育祭_1
「な、なんであっちが笑うのよ」
「そりゃ、あしか見てるからでしょ」
「……っ」
「最初にあしかから『清丸が人間として転校してきた!』って聞いた時は、めちゃくちゃビックリしたけど。だって、別人かと思ったら目の前にいる転校生、本人なんだもんね。でもさ、なんか、あしかのため……って思ったら納得しちゃったよね」
「なっ、へ、変なこと言わないでよ!」
「あしかしか見てない感じ、ちょっと羨ましい。……なんてね」
「もう、みっちゃんったら……」
清丸にもみっちゃんにも、からかわれてるだけ。――そう、絶対そうだ。でも、胸の奥が少しだけあったかくなるのを、止められなかった。
その日の放課後、赤組は体育館でリレーのバトン練習をした。私は走るのがそんなに得意じゃない。でも清丸はというと当然ながら――
「おーい、次、あしかだろ?」
「え、あ、うん!」
清丸が私に向かって手を振っていた。もう全員の視線が、清丸が手を振った先の私に集まってる。何だか酷く恥ずかしい。
「じゃ、俺がバトン渡すからな。しっかり掴めよ?」
「わ、わかってるよ!」
清丸は走りながらでもやっぱり速くて、軽々と私にバトンを渡した。
その瞬間――
「おい、あしか、頑張れ!」
「え、ええ!? ちょ、急に声かけないで!」
清丸の声にビックリして、私は足をもつれさせそうになった。何とかギリギリ耐えて転ばずに走り切ったけど、ゴールした瞬間、笑い声が聞こえた。
(はっ、恥ずかしい……!)
「あしか! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫だし!」
「よかった! ……転びそうになってたのも、それはそれでめっちゃ可愛かったよ」
「何でそんなこと言うのよ!」
エアコンが付いているはずなのに、なんだか無性に暑い。特に顔周りが。
練習が終わると、女子がまた清丸を取り囲んだ。
「清丸くん、すごいね! 流石だね!」
「これならリレーも絶対勝てるよね!」
「私、一生懸命応援するから!」
その輪の中で、清丸が得意げに笑ってた。……何だか、モヤッとする。
「……あしか、じーっと見すぎ」
みっちゃんが横で楽しそうに笑ってる。
「もー! 見てないってば!」
「じゃあ、話しかけてきたら?」
「な、何で!?」
「気になるんでしょ? 清丸がああやって書もまれてるの。だから『女子に囲まれてばっかいないで』とかさ」
「そ、そんなこと言えるわけないよぉ……」
でも、心のどこかで思っていた。
(……そんなところにいないで、こっちにきて私のほうを見てほしいって、思ってるんだよね、はぁ……)
そんな気持ちが顔に出ていたのか、清丸がこっちに来た。
「おーい、あしか、帰るぞ」
「え、え、清丸、あんなに女子に囲まれてたじゃん。なのに、急に?」
「別に、俺が一緒に帰りたいのはお前だし」
「……っ!!」
「ほら、早くしろよ。暗くなる前に行こう」
「わかった、ってば」
なんだろう、この胸のザワザワ。少なくとも、嫌じゃない。……けれど、女の子たちの視線が突き刺さるような気がした。
学校を出ると、空はオレンジ色に染まっていた。清丸はハチマキを首にかけたまま、いつものように軽い足取りで歩いている。
「なぁなぁ、あしか」
「なに」
「お前、今日俺の周りにいた女の子たちにヤキモチ焼いてなかった?」
「……なっ!? そんなのしてないし!!」
「ホントかなぁ? 顔、真っ赤だった気がするけど」
「そ、それは暑かっただけだもん!」
「ふーん。……ヤキモチ焼いてくれたんだと思って、俺ちょっと喜んだのに」
「えっ……?」
「あしかが俺のこと気にしてくれると思うと、悪い気しないし、むしろ嬉しいし」
「……はぁ」
驚きすぎて、ため息が出てしまった。――ズルい。清丸にはそんな感情ばっかり浮かぶ。でも、少しだけ嬉しい自分がいた。
「……清丸、アナタってさ」
「ん?」
「ホント、なんていうか、イイ性格してるよね」
「それってどういう意味?」
「なんていうか……とにかくズルい」
「はは、なんだよそれ。ま、俺は、お前にズルいって思われても良いし」
清丸は、夕焼けを背に笑った。その笑顔を見た瞬間、また胸がキュッと締めつけられた。
(……私、本当に清丸のこと、好きになっちゃうかもしれない……)
――体育祭当日の朝。
校庭には色とりどりのテントが並び、みんながワイワイ騒ぎながら準備していた。私が学校へきた時にはもう体育体の話は出ていたけど、きっとみんなその前から楽しみにしていたに違いない。
「よーし、あしか、ハチマキ結んでやるよ」
「えっ、いいよ自分で――」
「いいからじっとしてろって」
清丸が私の背後に回り、器用にハチマキを結びはじめた。……ちょっと、背中がくすぐったい。しかも、清丸の顔が近い。
「あしか、こういうの下手だろ。結び目ゆるいとすぐにほどけるぞ」
「そ、そんなことないし!」
「ほら、できた。うん、似合ってんじゃん」
振り返ると、清丸がニヤッと笑った。もう慣れたと思った子の笑顔でさえ、私は胸がざわついてしまう。
「な、何笑ってんの」
「いや、あしか、赤いの似合うなーって思って」
「もう!」
(ちょっと待って? なんで体育祭始まる前からこんなにドキドキしなきゃいけないの?)
最初の競技は障害物競走。私は足に自信がないけど、清丸は当然のように選手だった。しかも――
「よーし、あしか、俺の隣ってことは……勝負だな!」
「え、ええ!? なんで!?」
「たまたまだって。……でも負けねーぞ?」
いくつか得点に関係ない競技がある。それがこの障害物競走だ。同じチームでも横に並ぶことがある。スタートラインに並んだ瞬間、清丸が楽しそうに笑った。
「あしか、転んでも泣くなよ?」
「転ばないし! 変なこと言わないでしょ!」