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清鈴神社のお狐さま⁉︎_1


 「……ねぇ、ママー?」

「なあに? あしか」

「あそこにいるの、だぁれ?」

「あそこ……って?」

「あの、じんじゃのところ」

「……誰もいないわよ?」

「おみみがぴょんってしてて、かわったふくきてて、おおきなしっぽできつねさんみたい!」

「……早く帰ろ? さぁ、パパが待ってるわ」

「……はぁい」


(バイバイ、きつねさん)


 母の顔色が変わったことは間違いなかった。あの日、私は確かに見たんだ。こちらを向いて、神社の入口近くで手を振っている、狐の格好をした大きな男の子を。まだ四歳だったから、あいまいな記憶だったのかもしれない。でも、絶対に夢じゃないと思っている。だって、私が勇気を出して小さく振った手に気が付いて、優しい笑顔で手を振り返してくれたのだから。


 ――あの男の子は一体、誰だったんだろう。


「……っ!?」


 私、小森あしかは飛び起きた。


「……また、あの夢」


 子どもの頃、不思議な男の子に出会ったことは、今でも覚えている。そして、最近それを夢に見るようになった。男の子の顔はもやがかかっているようにはっきりと見えないが、印象的だった大きな尻尾と頭から生えた耳。それはそのまま、再現されていると思う。昔、夏祭りで行った記憶のある神社。どこだったか詳しい場所は覚えていないが、きっとそんなに遠い場所ではないだろう。


「――あしかー! 早くご飯食べちゃいなさい!」

「はーい!」


 私は急いで準備をすると、リビングへ向かった。


「おはようお母さん」

「おはよう。……お母さんもう会社行っちゃうけど、大丈夫?」

「うん、平気。行ってらっしゃい」

「遅刻しないようにね! 行ってきます!」


 そう言い残して、母は家を出た。私は用意されていたトーストを口に入れて、さっき見た夢のことをぼんやりと考える。


(あの子は誰だったんだろう……?)


 あの当時私にはきっと、視えてはいけないモノが視えていた。ただ、あんなにハッキリと視えたのはあの時だけで、それまで視えていた不思議なモノも、あの日を境に見えなくなった。


(もう一度、会いたいな……)


 夢じゃないのなら、気のせいじゃないのなら。私はもう一度、あの男の子に会いたいと思っていた。子どものころ過ぎてなんとも言えないが、もしかしたら私の初恋――と言えるかもしれないほど、心の中を淡い気持ちが占めていた。


 今日は、転校初日。――私はあの不思議な男の子を見た後、父親の転勤で引っ越しが決まった。慌ただしく終わったそれは、私の幼心に小さな影を落としたことを、今でも忘れていない。それはきっと後悔で、解消される日がくると信じている。

 ――だって私は、この町に戻ってきたのだから。あの、狐のような男の子がいるはずの町に。


 ――キーンコーンカーンコーン――キーンコーンカーンコーン。

 ――キーンコーンカーンコーン――キーンコーンカーンコーン。


「……にっちょーく!」

「きりーつ! 礼! 着席!」

「よし、今日はみんなに紹介する子がいる。1Cの、新しい仲間だ」


 ざわつく教室の中。私は先生の隣に、教室を見渡す形で立っていた。


「小森さん、自己紹介良いかな?」

「はい! えっと、小森あしかです! 小さいころこの町に住んでいたのですが、父の転勤で引っ越して、また戻ってきました。――この鈴音中学校は、住んでいた時に何度も見ていたので、懐かしい気持ちでいっぱいです。1年C組の皆さん、これからよろしくお願いします!」


 ――パチパチパチパチ。


 拍手が起こる。心配していたがみんな笑顔で私のほうを見ていた。最初の印象は悪くないらしく、私はほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあ、丸屋の隣良いか? 先生は転校したことないからわからないんだが、多分最初は同性のほうが話しやすいだろ?」

「はい!」

「そこの空いている席に座ってくれるかな。丸屋、一時間目体育大会の競技決めだから、残った時間で校内を案内してやってくれ」

「了解っす!」


 丸屋と呼ばれた女の子が、私のほうを見て手を振っていた。人懐っこい笑顔に、笑うと見える八重歯が可愛い。どこか懐かしさを感じさせるその笑顔に、私は胸の奥が少しだけ熱くなったような気がした。


「よろしく、丸屋さん」

「ナナでいーよ。今日必要な教科書全部ある?」

「うん、先に買っておいたから……」

「おっけー。困ったことあったら聞いてね! あとでゆっくり学校回ろ!」

「うん!」


 季節外れの転校。既にグループができあがっているかもしれないこの教室で、私は温かく迎えられた気がした。


「それじゃ、体育大会の競技決めするぞー。小森、ウチの学校は年一で体育大会があってだな。みんなそれぞれ、球技と陸上ひとつずつ参加することになっている。来て早々悪いが、小森も参加してくれ」

「わかりました」


 担任の吉永先生が黒板に協議の名前を書き始めた。フットサルにバスケ、ハンドボールにバレーボール。そしてバドミントンと卓球。男子はフットサルとバレー、女子はハンドボールにバスケらしい。卓球とバドミントンは男女ともに参加でき、集団競技が苦手な子にも一応の配慮がなされているらしい。


「ねぇ、あしかは何にするの?」

「うーん、あんまり運動得意じゃないからな……」

「私と一緒に、バドミントンにしない? ダブルスあるみたいだし」

「やる! ……良かった、結構、グループの中に入ってくの勇気いるから……」

「みんな優しいし大丈夫だよ! ……ナナ、あんまり球技得意じゃないんだよね。体育大会って憂鬱」

「私もあんまり得意じゃないな……。陸上もあるんだっけ?」

「そうだよー! あ、でも、陸上の方が楽しいかも! 小学校の運動会みたいに、綱引きとか玉入れもあるし。走るだけかと思ったら、そんなこと無いみたい!」

「面白そう!」


 私は早々に参加する競技を決めると、ナナと共に教室を出て校内の散策へと向かった。


「……こっちが音楽室で、こっちが理科実験室……」


 ナナは私に、ひとつひとつ丁寧に教室の説明をしてくれている。

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