しゃべる石窯グラムが、焼かないストライキに突入!?
朝。
焼きたてパンの香りが広がるはずの、パン屋ユウトの厨房に、妙な沈黙が漂っていた。
「……グラム?」
ユウトは、窯の前で首をかしげていた。
パン生地は発酵を終え、焼かれるのを待っている。
だが——
「……今日は、火を入れん」
「え?」
ユウトは思わず耳を疑った。
「……え? いやいや、何言ってるのグラム? 生地できてるよ? 今日もお客さん来るし……」
「聞こえとる。だが、焼かん。わしは今日から……
ストライキに入る」
「いや、ストライキってなに!?」
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「グラムがストライキ……!?」
厨房に駆けつけたミレナとセレスティアも、目をまんまるにする。
「……な、なにか不満があったんですか?」
セレスティアが恐る恐る尋ねると、グラムは重々しい声で答えた。
「……最近、わしの火加減が軽んじられている気がしてな」
「いやいやいや! 全信頼してるよ!? むしろグラムがいないとパン屋成り立たないから!!」
「グラムに任せれば大体うまく焼けると、思っておるのではないか……?」
「ちょっと自意識過剰!?」
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結局その日は、パンが一つも焼けなかった。
ミレナが慌ててトースターで代用品を焼いたが——
「……あれ? なんか、いつものパンと違う……」
「外は焼けてるけど、中がふわっとしない……」
常連さんたちは首を傾げる。
「……グラムの火って、やっぱり特別なんだな」
ユウトはしみじみ呟いた。
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「どうしよう、店つぶれちゃうよ〜〜!!」
ミレナが頭を抱える中、セレスティアがぽつりと呟く。
「……たぶんグラム、寂しいのかも」
「え?」
「だって、こないだのパン祭りも、モニカさんとの対決でも、注目されてたのはパンばっかりだったから……」
——火をくべ、温度を調節し、じっと中を見守る石窯の仕事。
誰にも褒められないけれど、確かにパンの心を焼き上げている存在。
セレスティアの言葉に、ユウトはうなずいた。
「……そっか。ちゃんと、ありがとうって、伝えてなかったな」
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次の日の朝。ユウトは、石窯の前にそっと立った。
「グラム。昨日はごめん」
生地をこねるのに夢中になって、グラムの火加減や焼き上がりのこと、当たり前のように思ってた。
「でも、本当はわかってる。……あの味は、グラムのおかげだって。
君の火があるから、俺のパンは命を持てるんだ」
しばし沈黙。
そして——
「……まったく、素直じゃない奴だ」
低く、くすぐったそうな声が響く。
「……わかった。今日だけ特別だぞ」
「え、今日だけ!?」
「うそだ。ちゃんと続けてやる」
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その日、パン屋ユウトの厨房には、久々に温かな火が灯った。
パンはいつも通り、ふんわり、さっくり。
客たちの顔にも自然と笑顔が戻っていた。
「やっぱり、パン屋ユウトのパンはこうでなくちゃ!」
「今日は、グラムの火が特別だった気がする!」
「……ふふっ、そうだね」
セレスティアが、小さく笑った。
その夜。
石窯の中で、残り火を灯しながら、グラムはぽつりと呟いた。
「……感謝されるってのも、悪くないものだな」
パンの焼ける香りと、静かな炎のぬくもり。
それが、今日のパン屋ユウトのスローライフだった。