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しゃべる石窯グラムが、焼かないストライキに突入!?

朝。

焼きたてパンの香りが広がるはずの、パン屋ユウトの厨房に、妙な沈黙が漂っていた。


「……グラム?」


ユウトは、窯の前で首をかしげていた。

パン生地は発酵を終え、焼かれるのを待っている。

だが——


「……今日は、火を入れん」


「え?」


ユウトは思わず耳を疑った。


「……え? いやいや、何言ってるのグラム? 生地できてるよ? 今日もお客さん来るし……」


「聞こえとる。だが、焼かん。わしは今日から……

ストライキに入る」


「いや、ストライキってなに!?」


 


====


 


「グラムがストライキ……!?」


厨房に駆けつけたミレナとセレスティアも、目をまんまるにする。


「……な、なにか不満があったんですか?」


セレスティアが恐る恐る尋ねると、グラムは重々しい声で答えた。


「……最近、わしの火加減が軽んじられている気がしてな」


「いやいやいや! 全信頼してるよ!? むしろグラムがいないとパン屋成り立たないから!!」


「グラムに任せれば大体うまく焼けると、思っておるのではないか……?」


「ちょっと自意識過剰!?」


 


====


 


 結局その日は、パンが一つも焼けなかった。


 ミレナが慌ててトースターで代用品を焼いたが——


「……あれ? なんか、いつものパンと違う……」


「外は焼けてるけど、中がふわっとしない……」


 常連さんたちは首を傾げる。


「……グラムの火って、やっぱり特別なんだな」


 ユウトはしみじみ呟いた。


 


====


 


「どうしよう、店つぶれちゃうよ〜〜!!」


 ミレナが頭を抱える中、セレスティアがぽつりと呟く。


「……たぶんグラム、寂しいのかも」


「え?」


「だって、こないだのパン祭りも、モニカさんとの対決でも、注目されてたのはパンばっかりだったから……」


 ——火をくべ、温度を調節し、じっと中を見守る石窯の仕事。


 誰にも褒められないけれど、確かにパンの心を焼き上げている存在。


 セレスティアの言葉に、ユウトはうなずいた。


「……そっか。ちゃんと、ありがとうって、伝えてなかったな」


 


====


 


 次の日の朝。ユウトは、石窯の前にそっと立った。


「グラム。昨日はごめん」


 生地をこねるのに夢中になって、グラムの火加減や焼き上がりのこと、当たり前のように思ってた。


「でも、本当はわかってる。……あの味は、グラムのおかげだって。

君の火があるから、俺のパンは命を持てるんだ」


 しばし沈黙。


 そして——


「……まったく、素直じゃない奴だ」


 低く、くすぐったそうな声が響く。


「……わかった。今日だけ特別だぞ」


「え、今日だけ!?」


「うそだ。ちゃんと続けてやる」


 


====


 


 その日、パン屋ユウトの厨房には、久々に温かな火が灯った。


 パンはいつも通り、ふんわり、さっくり。

 客たちの顔にも自然と笑顔が戻っていた。


「やっぱり、パン屋ユウトのパンはこうでなくちゃ!」


「今日は、グラムの火が特別だった気がする!」


「……ふふっ、そうだね」


 セレスティアが、小さく笑った。


 その夜。


 石窯の中で、残り火を灯しながら、グラムはぽつりと呟いた。


「……感謝されるってのも、悪くないものだな」


 


 パンの焼ける香りと、静かな炎のぬくもり。


 それが、今日のパン屋ユウトのスローライフだった。


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