村のパン祭りと、秘密のレシピ
「みんな〜! 今年もやるよ〜! パン祭り〜!」
村の広場に、ミレナの元気すぎる声が響き渡った。
リトベル村の年に一度の恒例行事、《パン祭り》。
村中の人々が、自家製パンを持ち寄って、焼いて、食べて、分け合う日。
パン屋ミナトにとっても、気合の入るイベントだ。
「去年は香草フォカッチャで優勝だったんだっけ?」
「そうそう! あれ、グラムの温度調整が神がかってたのよ〜!」
ミレナは鼻高々に話すが、グラム本人(?)はといえば——
「あれは奇跡だな。今年は運頼みにするなよ」
「それ、本人が言う!?」
「まぁ、去年よりはもっと良いものを焼こう」
ユウトは、試作生地のボウルを手に笑った。
「今年は、特別なパン・ド・ソレイユを出そうと思ってるんだ」
「ソレイユ……太陽のパン?」
セレスティアが静かに反応する。
「古代レシピに書かれてたやつだよね? 甘くて、ふわっとして、光を吸い込んだみたいに焼き上がるっていう……」
「ああ。でも、あれは仕込みも火加減もかなり繊細で……まだ一度も成功してない」
ユウトは笑うが、その目は真剣だった。
「今年こそは、完成させてやるさ」
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祭り当日。村の広場は、すでにパンの香りで満ちていた。
ハーブパン、チーズパン、果物を練り込んだ贅沢な菓子パンまで——
小さな村の片隅が、まるでパンの王国のように変わっていた。
「わ〜! 全部おいしそう〜!」
ミレナが目を輝かせる中、セレスティアは、ユウトが抱える布包みに目を止める。
「それが……?」
「ああ。パン・ド・ソレイユ。今日のために、昨日から仕込んでおいた」
ユウトは布をめくり、丁寧に並べられた小ぶりの丸パンを見せる。ほんのり金色に光るその表面は、たしかにどこか太陽を思わせる艶があった。
「すごい……これが、太陽のパン……!」
グラムも、石窯越しに低く唸る。
「今回は……上出来かもしれんな」
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やがて、パン祭りの試食審査が始まる。
広場の真ん中に並べられた各家庭のパン。その中にパン屋ユウトのソレイユも静かに並んだ。
審査員は、村長含む5名の村の重鎮たち。噂では「甘党」と「辛党」の争いが毎年の恒例らしい。
「では、まずはパン屋ユウトのパンから……」
村長が、ナイフでソレイユを切り、ひとくち口に運ぶ——
「……!!」
その瞬間、彼の眉がピクリと動いた。
「これは……中はしっとり、外はさっくり……香りがまるで果実の花のようじゃ。うむ……これは……」
「……優勝……?」
ミレナが小声で期待する。
だがその時、後方から声が上がる。
「まった〜!!」
振り返ると、派手な服を着た女の料理人が、バスケットをかかえて現れた。
「今年こそ、あたしが村のパン王の座をもらうわよ!」
「パ、パン王!? そんな称号あったっけ!?」
「あるかどうかは問題じゃないのよ! 気持ちの問題よ!」
その勢いに、ミレナもセレスティアも圧倒される。
「名乗るはモニカ・フレア! 炎とスパイスのパン職人よ! 受けなさい、あたしの《爆焼きチリ・ブレッド》!」
「……爆焼き?」
ユウトの顔が引きつる。
そして出てきたのは——パンというより、赤くてツヤツヤした謎の塊だった。
パクリ、と一口食べた村長は……
「……辛っっっ!!?!?!」
鼻から蒸気を出しながら、のたうち回った。
「これがあたしの全力よォォォ!!」
「優勝はなしだな……」
ユウトはため息混じりに苦笑する。
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結局、パン屋ユウトのパン・ド・ソレイユが、審査員満場一致で今年の優勝に選ばれた。
「ユウトさん、すごいです! 太陽のパン、本当に光ってました!」
「食べたら、心までぽかぽかしました〜!」
ミレナとセレスティアが、満面の笑顔でパンをかじる。
「……ありがとう。みんなのおかげだ」
ユウトは静かに空を見上げた。
そこには、穏やかな午後の日差し——まるでパン・ド・ソレイユのような、やさしい光が降り注いでいた。
石窯グラムも、ぽつりとつぶやく。
「……今年は、良かったな」
こうして、パン屋ユウトは今年もまた、パンの香りと笑い声に包まれながら——
村に、小さなおいしい奇跡をもたらしていた。