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しゃべる石窯グラムの目覚め

 ある朝のことだった。


 鳥のさえずりと、薪のパチパチという音に包まれながら、ユウトはパン生地を成形していた。


 「よし、発酵も上手くいってるな。今日もいい感じだ」


 横では、ミレナが小麦粉で白くなった手をせっせと動かしている。


 「ユウトさん、今日のハーブパン、ちょっと香り強めにしてみました!」


 「お、いいじゃないか。最近常連さんが、香りがやさしいって言ってたから、ちょっと冒険してみようか」


 「ふふふ、試食の時間が楽しみ〜!」


 セレスティアも、すっかり見習いとして店に馴染み、今日も真剣な顔でパン生地を丁寧に丸めている。


 そんな朝の厨房に、ひとつだけ、動かないものがある。


 石窯——グラム


 遺跡から見つかった古代魔導石窯で、魔力を通せば自動で温度を調整してくれるという不思議な代物。

 しかし、かつて「しゃべる」と噂されたその石窯は、ずっと黙ったままだった。


 


 「ねぇ、グラムって本当にしゃべるのかな?」


 ミレナがふとそんなことを言い出した。


 「さあな。少なくとも、俺の前じゃ一言も口きかないな」


 「でも、魔導具の古文書には、意思を持つ窯って書いてありましたよ。もしかして……人見知りとか?」


 セレスティアがまじめな顔で言うと、ユウトはふっと笑った。


 「だったら、ずいぶん長い間人見知りだな。もう半年経つぞ」


 「……じゃあ、パンに魂がこもったら、話すとか?」


 ミレナのトンチンカンな発言に、「ないない」と笑いながら、ユウトはいつも通りに生地を窯に入れる。


 パン生地が窯の中に収まった、そのとき——


 


 「ふぁ……ね、ねむい……」


 


 「……………………」


 厨房に、しばし静寂が訪れた。


 誰も動かない。

 誰もしゃべらない。

 そして、誰よりも固まっていたのはユウトだった。


 「……今、喋った?」


 「しゃ、しゃべったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ミレナの悲鳴が、村中に響いた。


 


====


 


 数分後、全員が厨房の隅に避難し、石窯グラムを見つめていた。


 「しゃ、しゃべったよね!? ね!? 幻聴じゃないよね!?」


 「幻聴では……なさそうですね。わたしも、確かに聞きました」


 ユウトはゴクリと唾を飲み込む。


 「おい……グラムだよな?」


 石窯の前で、ゆっくりと呼びかける。薪の中で火がパチリと跳ねた瞬間——


 


 「うるさい。眠いんだよ、こちとら」


 


 「……本当にしゃべった……!」


 ユウトは思わずへたり込んだ。セレスティアは口を押さえ、ミレナは目をキラキラさせていた。


 「うわ〜! すごい〜! しゃべる石窯〜! ほんとに生きてたんだ〜!」


 「生きてるっていうか……まぁ、古代魔導具の自律意識だ。人間に例えると、超長生きな職人気質みたいなもんだな」


 グラムの声は渋く低い。けれど、不思議と温かみのある音だった。


 「なんで今まで黙ってたんだよ……」


 「そりゃあんた、最初のパンが焦げてたからな」


 「うっ……!」


 「でもまぁ、最近のパンは悪くない。生地のこねも、火入れも丁寧。香りの立ち上がりも良くなってきた」


 「……ってことは、お前……ずっと見てたのか?」


 「見てた。あと、食ってた」


 「えっ……え?」


 「パンの気配というか、焼き上がる瞬間のうまさの波動を感じる。うまいパンには話す価値がある。つまり……」


 


 「お前のパン、ようやく、しゃべる価値に届いたってことだ」


 


 その言葉に、ユウトは言葉を失った。


 そして、同時に——胸の奥が、じんわりと熱くなった。


 


 「……ありがとな」


 ユウトは、心からそう呟いた。


 グラムは何も言わなかったが、火の音がポン、と軽やかに跳ねた気がした。


 


====


 


 その日の店先では、石窯グラムが「焼き加減完璧」や「今日のハーブ強めだな」と時折つぶやきながら、パンを焼き続けていた。


 ミレナは「グラムさん! ちょっとこげてますよ!」と石窯にツッコミを入れ、セレスティアは黙ってパンをメモに記録し、ルヴァンは変わらず窓辺で寝転がっている。


 静かで、にぎやかで、ちょっと不思議なパン屋の朝。


 パンの香りと、炎の音と、そして——


 しゃべる石窯のぼやきが、今日もリトベル村に響いていた。


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