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鍵をかけない町

作者: 雉白書屋

 バスから降りた男は、ぐぐぐっと伸びをしたあと、今度は体を前に曲げズボンの裾を少し捲り、足首を掻いた。

 次いで、ふっーと息を吐くと辺りを見渡し、そして歩き始めた。

 田舎町……いや、普通の町。少なくとも都会ではない。人の姿はそこそこ。店も同じくそこそこ。パン屋、八百屋、花屋、ラーメン屋に床屋。ショッピングモールの類はなさそうだが『屋』が付く店は大体ありそうだった。

 男はアパートの部屋に着くと荷物を放り投げ、畳の上に寝転び、そしてすぐにまた起きた。

 もう少し見ておくか。

 そう考えた男は部屋の鍵をかけ、近所をぶらつくことにした。

 

 今日から自分が暮らす町を見ておくというのは自然なことだ。

 ……が、男の『見ておく』というのには少し違う意味が含まれている。 

 男は一軒の小さなスーパーを見つけるとそこに入り、店内をぐるっと回った。


「ありがとうございましたぁ」


 酒とつまみを買い、男は店を出た。

 店員も店長も優しい声と顔つきであった。そしてまた外を見渡せば穏やかな日差しの下、老婆がニコニコしながら箒で道路を掃いている。道を歩く誰も彼も笑みを浮かべ、こちらまで微笑みたくなるようなそんな温かな雰囲気。

 実際、男は笑みを浮かべた。が、それはニヤリとした笑い。

 男はポケットからガムを取り出すと封を開け、一つ口の中に放り込んだ。

 これは買ったものではない。たった今、後ろのスーパーで盗んだものだ。

 男は窃盗の常習者。『元』であり『今』も。つまり逮捕後、刑期を終え刑務所を出てこの町に来た今も反省していないということだ。


 男はまた身を屈めズボンの裾を捲った。足首にしている銀色のリングが陽射しに反射し、光る。

 これは発信機。指を入れ、掻く程度の隙間はあるが決して外れないし、外してもならない。

 この町から出ればすぐに警察が飛んできて、また刑務所の中に逆戻りという話だ。言わば鎖つきの首輪。庭の中以外、どこにも行くことを許されていない飼い犬。

 だが、その庭が広ければそう苦痛なことではない。おもちゃがあれば猶更の話。

 このスーパーに来るまでに目にし驚いたが、どこの家も窓が開けっぱなし。中にはドアまで開けたままのところが何軒かあった。

 ここはやはり田舎町だ。善良な温和で優しく正直者で無警戒で世間知らずで馬鹿な人々で溢れている。

 百匹の子豚ちゃん。全員藁の家。 

 男はまたニヤっと笑い足首を掻いた。


「ぷぐぅ!?」


 その時だった。男の後頭部に衝撃が走ったのは。

 男はそのまま前のめりに倒れ、地面にうつ伏せになった。男の口からスポーン! と飛び出たガムが三、四回ほど跳ね、道路の真ん中で止まった。


 なんだ? 今、何が起きた……?


 男が起き上がりつつ、後ろを振り返る。

 が、影が見えたのは一瞬の事。ガサガサっという音と共に、見知らぬ背中が慌ただしく離れていくのを見送るしかなかった。


 あいつの仕業なのか……? だが、なぜ、あ、ない。酒とつまみが入ったビニール袋が、じゃああの音は、あいつが、だが、なぜ。


「ほーう、やはり新入りだったか。しかし、さっそくやられたようだなぁ」


「え?」


 男が振り返るとそこにいたのはスーパーの店長。

 男を見下ろす目は冷たく、嘲笑混じりの低い声にもかかわらず、笑顔は先程と何ら変わりがない。まるで張り付いているかのように。

 店長は蓄えた口ひげを触りながら言った。


「この町の住人はなぁ。家のドアに鍵はかけないんだ。なぜかわかるか? ふふん、わからんだろうなぁ。

そんなものクソの役にも立たないからさぁ! 鍵なんざ簡単に破れる。

むしろ、何か大事なものを置いているんじゃないかって誘い水になるだけなのさぁ。

ま、勿論、大事なものはある。なにかわかるか? ん? ははぁ、それはな……自分の命さ。だがな、鍵ごときで安心しちゃあ、駄目駄目。夜は包丁を枕元に置き、眠るのさ。だから鍵は開けておく。来るなら来いってなもんさ。

まあ、罠があるんじゃないかと警戒して入ってこないがな。そう……素人以外はなぁ」


 店長は周囲を見渡したあと、また男を見下ろす。

 男は店長が、お前がそれだと言っているのだと思った。さらに、俺は家の鍵をかけて出てしまっていたとも。 

 そして、ここがどういう町か理解もした。




 『また刑務所に入りたくてやりました』


 この国の再犯者数は数万人。再犯者率はおよそ五十パーセント。出所者の二人に一人がまた罪を犯し、刑務所に戻っている。

 刑務所とはなんだ? わかっている。更生施設ではないことは。刑罰を与える場所だ。

 しかし、また被害者が生まれることが薄々わかっていながら、それでいいのか? 無論、別に更生施設もある。真っ当に生きられるよう支援プログラムもある。

 しかしこの体たらく。罰を与え、社会的に追い詰めその挙句、また社会への反抗。罪なき人々が犠牲となる。


 それではいけない。

 と、新たな取り組みによって生まれた町。


 犯罪者の町である。

 

 強姦殺人賄賂の政治家公然わいせつの大解放

 器物損壊過失傷害

 名誉棄損に侮辱罪

 詐欺横領の死体遺棄

 放火放火放火の轢き逃げ爺

 窃盗脅迫の強盗犯

 麻薬常習のぽんぽこぴーの

 誘拐なの未成年者の同意あっても


『元』と付けなかったのはそれは彼らが今も……。




「おやぁ? 君、道に落ちているそのガムは……おおっとその可愛いお尻を隠しているズボンのポケットからもはみ出ているなぁ。

盗んだんだなぁ? ふふふふふ、ああ、いいんだ、そんな顔しなくて。隙を見せたこっちが悪いんだ。でも……今の君は隙だらけだなぁ」


 治安は良い。他の町も。その町も……。

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