婚約破棄されたけど、私の輝かしい未来はこの日記に記されているので大丈夫です
「ダリル様……今、なんと?」
結婚式までおよそ一週間という今日この頃。私は婚約相手である伯爵家の一族の一人、ダリル・アリルにとある場所に呼び出されていた。そこは、私たちが結婚式を挙げる予定だった式場の会場。辺りにはまるで今日式を挙げるんじゃないかと思うばかりの花や装飾が施されており、来たばかりの私でもこれは当てつけだとすぐに理解できた。そして、壇上にいるダリルと浮気相手だと思われる金髪の女性。誰がどう見ても、テンプレのような婚約破棄に出ぐわす場面だった。私は真偽を確かめるため、ダリルにもう一度問いただす。
「聞こえなかったのか? ならば、もう一度教えてやろう。貴様との婚約は、破棄させてもらうとな!」
月夜によって照らされている青い髪を揺らしながら、声高々にそう笑うダリル。その様子を見て、思わず私は笑い出しそうになってしまった。
待て待て、笑うな私。ここじゃまだ早いぞ。
「……なるほど。私と貴方様の結婚は政略結婚のため、ご両親の肩身が狭くなるような問題がありますが、その点も踏まえてですか?」
そう、私と彼の結婚は政略結婚だった。彼の両親は地位を、私の両親は土地を求めた。既に土地の分割が定められている書類は私が持っているので、立場としては明らかに私の方が上だった。
「ああ、かまわない。何故なら俺は、真実の愛に気づいてしまったからな!」
隣の女性の金色の髪を持ち上げ、それを空中に舞わせる。今のダリルはもう自己陶酔しきった、完全なナルシスト野郎だった。
私は零れ出そうな笑いを何とか掬いながら口を開く。
「わかりました、婚約破棄を認めましょう」
「お前に認めるも何もないがな!」
うるせえなこいつ。無敵の人になってるわ。
「……ですが、私の手元にはそれ用の書類がありません。婚約破棄をするとなると、それなりの手続きが――」
そう口にしようとした直後。ダリルが何やら一枚の紙を空中に放り投げた。それは彼らの運命のごとくゆらゆらと踊り続け、私の足元にひらりと舞い落ちた。その紙の内容を見てみると、そこには先ほど言った婚約破棄用の記入事項が記されていた。しかも、手続等は大方済まされている。私の印を除いて。
「お前にごちゃごちゃ言われると思って、それももう終わらせてきた。昔からそこらへん煩い奴だったからな、お前は」
私の前で鼻の下伸ばしていたあいつは、もしかして私の作り上げた偶像だったのだろうか。
だが、これなら話が早い。私はその一枚の紙を大事そうに手に取り、
「わかりました。では、私はこれに印を押して役所に出してきます。それでは、お幸せに」
と、用済みとなったダリルに背を向け、ツカツカと足音を鳴らしながら退場しようとする。と、背中の方から怒号のような何かが飛んでくる。ダリルの声だった。
「なんですか……?」
もはやここにいても時間の無駄だと思っている私は、嫌そうな顔を壇上にいる二人に向ける。
「あんた、悔しくないの? こんな華やかな結婚式場まで作ってもらったのに、その上で破棄されるなんて」
口元に手を当て、隣の女は青い瞳を私に見せながらそう言う。
「……どういうことですか? 悔しがってほしいということですか?」
私は彼女が苛立つであろう言葉を慎重に選び抜き、そう口にする。すると、次に口を開いたのは、頭から湯気が出そうになっているダリルの方だった。
「ああ、それだよ、お前が気に食わなかった理由!」
「……はあ」
「お前のその何事も俯瞰してますよみたいなその目! 一緒にいた時からずっと、気に入らなかったんだ!」
鼻息を立てながら、少しだけ的を得てる発言をするダリル。私がどう言葉にすればいいか悩んでいると、彼は追撃するように言葉を重ねる。
「なあ、何かないのかユリウス! お前の真意は、本意は!」
「……そうですね」
「……ありがとうございます?」
あ、まずい、つい本音が。まあ、彼が望んでいたことだしいいか。
私はそれだけを式場に残し、早足で退散していった。後ろで沸騰しきっているダリルの顔を思い出して、少し笑いながら。
◆◆◆◆◆
私は自宅に着き、家政婦の手を押しのけて自分の部屋までたどり着く。そして、ベッドに寝転がった瞬間。
「よっしゃーーー!!!」
と、侯爵家の女性らしくない声を部屋に響かせた。
「ほんとに良かった、マジであんな男にこの身を捧げるなんてありえなかったし。ずっと体の関係だけは意地でも断ってきたしね。この年齢でファーストキッスも済ませてないの、私だけだよ? 多分だけど。私の婚約相手は茶髪の美少女だっての」
先ほどまで隠していた本音を、枕を抱きながらペラペラと積み重ねていく。
私はそもそも、男という性別が恋愛対象に含まれていない。
三年前、私がまだ12歳だった頃。両親が政略結婚を持ち掛けてきたとき、心の底から絶望した。夢は途絶えてしまったのかと。そんな絶望の淵を彷徨っていたその時、とある噂を聞きつけた。それは、法外な料金を請求するが、購入者の希望をなんでも叶えてくれる店があると。
藁にも縋る気持ちだった私は、政略結婚を受ける代わりに好きなものを一つだけ買わせてほしいと願った。もちろん、断る権利なんて最初からないんだけど。
そんなこんなで人伝いに聞いた話を辿りその店に到着し、こじんまりとした外装の扉を開く。そこには、見たこともないようなものばかりがずらりと並んでいた。ここなら私が望むものもあるはず。そう思い、話を聞かれたくない私は一度両親を外に出し、服を着こんでいるせいで顔が見えなくなっている店主の人に聞いてみた。
「ねえ、店主さん」
私がそう問いかけた時。私には見えない奥の目の光が、灯ったような気がした。もちろん、気なのだが。
店主さんは少し狼狽える様子を見せるも、わざとらしく咳ばらいをして口を開く。
「……なに」
その声の持ち主は外見からは程遠い、可愛らしい女の子の声だった。
「どうにかして男の人との結婚をなくして、女の子と結婚できるものってある?」
私の欲望を全て詰め込みそう言った。もちろん、女の子のタイプも。
「女の子の希望は、童顔でー、茶髪で―、ツンデレでー」
「ま、待て」
言葉を遮るように、店主さんは口を挟む。
「? なに?」
「……もしかして私の顔、見た?」
「……はあ?」
当時の私は理解が出来ず、咄嗟にそう返してしまった。すると店主さんはまたもわざとらしく咳ばらいをし、
「……今すぐは無理だけど、将来的にそうするものなら、ある」
「本当⁉ それなら、それちょうだい! お金なら出せるから!」
「……いや、お金はいい。いずれ、帰ってくるんだから。けど、ちょっと待ってて」
「?」
店主さんはそう言うと、無言で裏の方へ行ってしまった。
そして一時間後。両親には他のお店で時間を潰してもらっている中、私は店主さんが戻ってくるのをジッと待っていた。
長い間待っていたので、少しウトウトしてきた頃。奥の方から、ようやく店主さんが戻ってきた。
「あ、ようやくきた!」
私は店内に声を響かせそう言う。店主さんの表情は見えないけれど、驚いているのは分かった。
「ま、待ってたの?」
「うん! で、その手に持ってるのは?」
私は店主さんが持っている本を指さしそう言う。
「……これに従っておけば、あなたの思い通りの結末を辿るはず。だから、頑張って」
店主さんはそれだけ口にすると、また奥の方へ消えてった。
その後、そのお店が姿を現すことはなかった。
◆◆◆◆◆
「……で、これ通り従ってきたわけだけど」
私はベッドに寝転がりながら、その本を見上げるように持つ。
その本の正体は、明日の未来が記されている日記だった。そしてその通りに行動すれば、私は運命の人と出会えると。今考えると馬鹿らしい。が、それを信じさせるような力がこの日記には、店主さんにはあった。
午後六時。この時間になると、日記は明日の未来を記し始める。現時刻はそれより一分手前。私は明日の未来が記されるのを待っていた。
そして、午後六時。早速私は日記に目を通す。すると、そこにはとあることが記されていた。
「明日、この指定された場所に向かう……?」
細かく指定された場所。そこは、かつてあったあのお店の場所だった。
とりあえず私は役所に婚約破棄の紙を出し、明日に備え早めに寝るのだった。
◆◆◆◆◆
そして、翌日。指定された時間もなかったので、早めにその場所に向かったところ。今まで何十回行ってもなかったその店は、再び姿を現していた。
「……なんか、変な緊張するな」
そう呟きながら扉を三回ノックし、音を立てながらドアノブを捻り、扉を開ける。するとそこには、受付の机で寝ている、少し成長しているようにも見える店主さんの姿があった。相変わらず、顔は見えないが。
なんと声を掛ければいいかわからず、とりあえず状態を確認してみることにする。
「あの、店主さん?」
そう言うと、店主さんは驚いたのか、肩を強く震わし、辺りの状況を確認し始める。すると私の存在に気づいたのか、そそくさとカウンターの方に移動する。
「……はやいね」
「……はい」
久しぶりに耳にした、その見かけには似つかない可愛らしい声。思わずドキドキしてしまう。
「……で、願いはかなったの?」
「あ、はい。男性との婚約は破棄することが出来たんですが、どうにも私の目の前に美少女が現れなくて……」
なんでだろうなー、と言葉を連ねると、店主さんは顔が見えないものの、少し恥ずかしそうな素振りを見せる。
「……ちょっと待って」
「? はい」
そう呟くと、着こんでいた服を一枚ずつ、丁寧に脱いでいった。そして、ようやく顔が見えたその時。
「……え?」
「……なに、その顔」
「いや、え、だって…………」
言葉が出てこない。文字通り、困惑する。
そうなるのは仕方のないことだった。何故なら、目の前に現れたのが、私が理想とするとびきりの美少女だったからだ。
髪は艶のある茶髪、吸い込まれてしまいそうな美しい青色の瞳、幼く見えるその可憐な容姿、背丈が私より10センチ程低く見えるその体……。
どこからどうみても、私の理想像だった。
「え、なんで? どういうこと?」
なんとか捻りだした言葉も、言葉としての意味を持ち得ていなかった。困惑する私を前に、茶色の髪を揺らしながら彼女は話し始める。
「……言ったでしょ、帰ってくるって」
「……え、えーと、つまり」
言葉を詰まらせながらも、何とか言語化しようとする。
「……私と、結婚してくれるってこと?」
いや、飛躍しすぎだろ。口に出た瞬間にそう思った。
急いで訂正しようとするが、目の前の彼女が顔に浮かべている表情は、何やらまんざらでもないようだった。
「……え? もしかして自分のことを美少女だと思って、あんなことを?」
「う、うっさい!」
頬を赤く染めながら、いかにもテンプレのような言葉を口にする。そんな彼女を見てると愛らしくなり、思わずカウンター越しに、
「⁉ って、え、それ⁉」
「……ふふ、ファーストキスもここで済ましてしまうとは」
と、小悪魔のような表情を浮かべながら、彼女にそう言うのだった。
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