EPILOGUE
「やばっ…、マジやばい…」
黒く澄みきった冬空に、ネオンが冴えて光る夜の繁華街。
一人の青年が雑踏を縫う様に駆け抜けた。
何事かと振り向いた人々がホッとしたのも束の間、今度は五、六人の男達が声高にその後を追って行く。
「オラァ、待て! くそガキ!」
「待たんかぃ! コラァ!」
(くっそ! あのアマ、ヤクザの女だったなんて…)
白い息を荒く吐き散らす青年はふと辺りを見回して、換気口から油臭い風を吹き出す寂れた路地へと飛び込んだ。
クリスマスを彩るお洒落な店が並ぶ表通りとは対照的に、古い焼鳥屋や居酒屋が軒を連ね、割れた看板と玉暖簾の中からは下品なバカ笑いが聞こえ、通りの喧騒が遠くなる。
(げっ! 袋小路!?)
角を曲がった所の塀の前で青年の足が竦み上がる。
男達の罵声が背後に迫り、背筋を冷たいものが走った。その時。
ダウンジャケットの袖をグイッと引っ張られ、青年はひと一人がようやく通れる程の隙間に押し込まれた。
「な、何を…」
「しぃぃ…」
隙間に立ち塞がる様にして、若いその男は青年に背を向ける。
「あの野郎! どこ行きやがった!」
「確かにこの路地に入ったんすよ…」
男達はすぐ傍まで来てうろついている様だ。
その中のスキンヘッドの中年男が、道端でクチャクチャガムを噛む若い男に鋭い目を向けた。
男は瞼にかかる前髪をかき上げて優美な笑みを返す。
「おじさん…、俺買ってよ…。二万でいいや…」
スキンヘッドは、男の足元にペッと唾を吐き捨てて顔を背け、連れの男達に怒鳴った。
「行くぞ! けったくそ悪りぃ!」
「今度見つけたら、ただじゃおきませんよ…」
男達の声が遠ざかり、近所の店で始まったカラオケのイントロと白々しい掛け声が聞こえる。
「行ったぜ…」
男が身体をずらし、青年はまず顔だけを覗かせ、様子を窺いながら隙間から出て来た。
「あんた…、身体売ってんの?」
青年の好奇に充ちた目付きに、端正な顔立ちの男はあからさまに不快感を表しわざとらしく声をあげた。
「おじさ〜ん、ここにいるよ〜」
「うぉーい、やめろやめろ…、悪かったよ」
「命の恩人だぞ…、何か言う事あんだろ?」
男は二重の綺麗な目を細め、尻目に青年を睨み付けた。
見られた青年は、その妖しげな眼差しに一瞬ドキッとしながらも慌てて答える。
「ぁ、ああ…、助かったよ…。ありがとう。」
「ふん…、そんな事たぁいいから飯、奢れ…」
男はムートンのハーフコートの裾を翻し、青年の腕を引っ張って歩き出した。
「飯!? ……まっいいや、あんま高けぇもんは勘弁な…。
あっ…、俺、颯太…。
あんたは?」
「俺は……、小太郎」
二人は肩を並べて、表通りの雑踏の波に乗った。
「ふぅん小太郎…か、時代劇みてぇな名前だな。“せっしゃ”とか言うの?」
「うるせーよ。お前こそ、ヤクザの女に手ぇ出したってとこか…」
「何でわかった!?」
小太郎は、颯太の不思議がる顔を見て堪え切れずに吹き出して笑った。
「テレビドラマに有りがちなシチュエーションじゃねえかよ」
小太郎の笑顔につられて颯太も笑う。
「言われてみりゃあな…。ハハハ。でもこっちは必死だったんだぜ」
小太郎は颯太の屈託の無い笑顔に、ふと懐かしいものを感じ胸が暖かくなった気がした。
「前に会った事あるか?」
「いや…、あんたみてぇなイケメンに会ってりゃ忘れねえさ…、で、幾らならやらしてくれる?」
颯太はニヤついて言ってから肩を竦めてすかさず足を早めた。
「おらぁ! ケンカ売ってんのかコラァ!」
一瞬呆気にとられ苦笑いの小太郎が足蹴にする振りをして後を追った。
人の流れは、やがて大きな河となって二人を飲み込んで行く。
それでも二人が互いを見失う事は決して無い。
離れても必ず又逢えるのだから…。
再びその手をとる日まで、貴方を求め続けよう。
歴史の闇に埋もれても…、果てなく繋がる運命の輪に幾度巻き込まれ様とも…、焦がれる想い燃え尽きるとも…。
今、精一杯の……、命を舞え。
UNKNOWN
~輪舞、巡り愛~
Fin.




