PROLOGUE
この物語はフィクションです。
史実や実在した武将等は登場致しません。
以上をご了承頂いた上で、お目通し願えれば幸いです。
草木も眠る深夜の森。
迫り来る緊張に虫さえが息を殺す。
激しく繰り返す浅く短い呼吸と微かな衣擦れの音を撒き散らして、一人の青年剣士が茂みを大きく飛び越え木々の間を駆け抜けた。
やがて浪人風の男が、葉陰に漏れる月灯りの中、時折光る刀を手に同じ動作で駆け抜ける。
行く手を岩壁に阻まれた青年が刀の鯉口を切り、追い詰めた無精髭の浪人は、したり顔でニヤリと笑ってジリッと一歩踏み出した。
「おい、おっさん! その男に手ぇ出すな」
浪人の目の前に突然黒い影が降った。
「お前…、相変わらず忙しそうだな」
無造作な前髪が切れ長の目に掛かる若い男が、背後の青年に向けてそう言った、次の瞬間。
ピーーーー!!
穏やかな森の眠りを引き裂いて、浪人がけたたましく呼び子笛を吹き鳴らした。
「うっるせーなぁ…。何だ、この派手な奴」
男は片耳を塞ぐ仕草で訝しげな目を浪人に向ける。
「いいから早く行け!」
青年が前に出て刀を抜くと男は相変わらずの腕組みで鼻で笑った。
「ふっ、お前までうるせーよ…。あんたらも何時だと思ってんだぁ」
二人は既に十人程の男達に囲まれていた。浪人、行商人、夜鳴き蕎麦屋…。身なりはまちまちだが、その手には各々大小の刃が握られている。
「ハッ! 何だこいつら。下手な変装しやがって…、どこの端だよ。あー可笑しい、笑わせんな!」
「お前なぁ…」
ふざける男をたしなめる様に、青年が目を細めて冷たく睨みつけた。
「おおぉ。いい目だ…、ぞくぞくするぅ」
男は小さく身震いしてから青年に向けて腰を擦り寄せた。
「なぁ、小太郎よぉ。俺さぁ、お前なら一回ぐらい抱いてやってもいいぜ…」
「やめろ! 言うな、気色悪い!」
青年の端正な顔立ちにあからさまな不快感が表われた。
「小太郎? 貴様…ひょっとして沢渡の小天狗小太郎か!」
浪人が目の色を変え、周りの者達もざわめく。
答えたのは、男の方だった。
「何だおっさん、知らねえで追って来たのか?
俺は? 俺の事は知ってんだろ?
津留賀の紅い疾風日向颯太ってんだけど……」
「知らねえなぁ」
「聞いた事ねえなぁ」
浪人達が口々に言って嘲り笑った。
「あぁったまきた!」
颯太が勢いよく刀を抜いて小太郎に向ける。
「やっぱお前殺ってやる! 今すぐ殺ってやる! 何でお前みたいな男女の方が有名なんだよ!」
「何だと? 誰が男女だ、あぁ? よぉし上等だ! 先にお前片付けてやる!」
「よっしゃ来ぉい! 勝負っ!」
浪人達を差し置いて、二人は激しく刃を交え始めた。
それを囲んだままの浪人達は、呆気にとられ中には腕組みしてニヤつく者も居る。
「ふんっ。どちらか死ぬまでやれ…。こちらの手間が省けると言うものだ」
浪人達の誰かが呟いた、その時。
「「甘いっ!」」
小太郎と颯太が同時に向き直り浪人達に斬りかかった。
油断しきっていた浪人達が慌てて刀を振るが、素早い二人の動きに一たまりもない。数名は転げる様に逃げて行った。
「俺の名前、覚えてるかな…」
颯太がニヤッと尻目に見ると、小太郎は刀を収めながら背を向け呆れた様に薄笑いを浮かべた。
「名が通っても仕事がしにくくなるだけだぞ…。会った事もねえ奴までが手の内お見通しだ。
颯太、お前に一つ借りだ。いずれ返す」
「ざけんな! 俺は何も貸した覚えはねえぞ。お前を殺るのは俺だ…。それだけ肝に銘じとけ」
颯太は一瞬殺気立った目を向けたが、次の瞬間には小太郎の肩に腕を回し甘えた声を出した。
「なぁ小太郎よぉ、女、紹介しろよぉ。いい女知ってんだろうがよぉ…」
「そんな暇は無い」
無愛想に腕を振り払う小太郎に颯太は尚も体を擦り寄せる。
「小太郎、そう生き急ぐなって…。
命ってのはな神様仏様からの預かりもんだ。ところがその方々はえれえ気まぐれでなぁ…。勝手に預けた命、ある日突然持ってちまう…。こっちの気持ちも事情もあったもんじゃねえのさ……。
だぁ、かぁ、らぁ、持ってかれる前に楽しんどけって話しだよぉ…。
で? お前はどんな女が好みだ? 俺ぁぽったぽたの突き立ての餅みてえな女がいいなぁ…。
へへへ」
颯太はよだれを拭く仕草をした。
「きったねえなぁ。もてねえ筈だ」
「そう言うなって」
小太郎が眉をひそめて背を向け、颯太は尻尾を振る仔犬の様にその後を追って行った。
二人は流派の違う忍び同士ではあったが、それを越えたところで互いの力を認め合い、ある意味特殊な信頼関係にあった。
颯太は、沢渡の小天狗との異名で名を馳せる小太郎をいつか真っ向勝負で獲りたいと思っている。
しかしその反面、この男の全てを見極めたいとも感じ、いつまでも追っていたい……、そんな貴重な存在に位置付けていた。
一方の小太郎は既に確信している。
(勝負すれば負ける)
颯太の中に自分以上の何かを見抜いていた。
敵対する日まで勝負する気は無い…。そして、その日が来ない事を密かに願っていた。
いつもふざけた調子で後を追って来る颯太を、若くして死んだ弟が生きていたらこんな感じか、と懐かしむような目で見ていたのだ。
いつまでもこの男とこうしていたい…、その想いは同じだった。




