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NLP ーNecromancy Laid Programmingー  作者: 七里田発泡
7/31

発作

 坂上秀一は底抜けに明るく、お喋り好きな人間だった。持ち前の明るさを前面に押し出していった彼は転校生であるにも関わらず最初からクラスの一員としてそこに存在していたかのように自然とクラスに溶け込み馴染んでいった。


 一方、僕はといえば相変わらず他人に対して無関心な態度を決して崩そうとはしなかった。意識は常に自分の内側に向いていた。周りに気を配っていられるほどの余裕が僕にはなかった。


 坂上との奇妙な交流が始まったのは、ほんの些細な偶然の積み重ねがきっかけだった。恐らくそういうきっかけとなるものがなければ僕らの関係は、ずっと平行線のまま、互いが交わることは決してなかっただろうと思う。2月上旬のある日に僕がたまたま忘れ物をしていなければ、そして坂上が遅くまで学校に居残っていなければ僕らはいつまでも他人同士のままだったはずだ。


 本来交わるはずのない僕らが互いの存在を認めはじめたのは。ほんの些細なキッカケからであった。その日、僕は帰り道の途中で机の引き出しに担任から宿題として出された算数のプリント用紙を置きっぱなしにしていることに途中で気づき、いちど教室に引き返そうとしていた。僕は白い息を息を吐きながら正門を抜け、昇降口まで全力で駆けて行った。


 幸いなことに昇降口のドアは開いたままだった。鍵を閉められてしまう前にさっさと宿題を回収しようと僕は素早く上履きに履き替えて、急いで階段を駆け上がった。階段の踊り場で他のクラスの連中と何人かすれ違ったところでそういえばホームルームが終わってまだそこまで時間が経っていないことに気づいた。


 まだ時間に余裕がある。こんなことなら慌てて学校に戻る必要はなかったのにな。僕は何だか損した気分になった。そもそもホームルームが終わっても学校に残る生徒がいること自体、僕にとっては信じがたいことなのだ。いったい何が楽しくて彼らは学校に残っているのだろう。友人と語り合う場が欲しいのならば別に学校でなくとも近くの公園や友達の家でもどこでも良いはずだろうに。


 教室へと続く廊下は不気味なほどの静けさに包まれている。靴底が床を叩く乾いた音が廊下の向こう側まで反響する。ふと窓の外を見遣るとグラウンドを横切り、裏門に向かって寒そうに歩いている先ほどすれ違った生徒たちの姿が見えた。太陽は西の方角にある美萩山の稜線に顔半分ほど沈み、校庭にあるジャングルジムやブランコなどの遊具が夕焼け色に染まっていた。


 夕日は僕に思い出したくもない過去をいつも思い出させる。真っ赤な夕日から血液の色、血液の色、アスファルトの上に飛び散った血だまり、肉の拉げる音といったふうに数珠繋ぎとなったイメージが次々と頭の中でパッパッと明滅していく。あり得ない方向に折れ曲がった四肢、潰れた両足とその断面、腹から飛び出した内臓と思しき何か、壮絶な死に顔を浮かべる兄、野次馬たちの好奇の目。


 あの日の記憶がありありとよみがえり、僕の心は突如として安定を失いはじめた。何とか気分を落ち着かせようと僕は強く何度も自分に大丈夫だと言い聞かせてみたが重苦しい不安や焦燥感は一向に晴れず、むしろ増していくばかりであった。胸が激しく波打ち、呼吸は乱れる。いよいよ立っていられなくなった僕はたまらずその場にしゃがみこんだ。深呼吸しようにも肺が酸素を受け入れてくれず息をすることさえままならなかった。


 冷たいリノリウムの床が次第にぼやけて見え、このままでは意識を失ってしまうかもしれないと思い始めたその時。前方から誰かの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。


 校内にまだ生徒が残っていないか先生が見回りをしているのだ。心から救われる思いがした。これまでの人生において誰かの存在がいるということにこれほど感謝したことはなかった。やがてその足音は僕の目の前までやってきてぴたりと止み、僕は朦朧とする意識の中で足音の主の顔を拝もうとゆっくりと目線をあげた。


「なにやってんの?」


 視線の先に先生はいなかった。代わりにいたのは床に這いつくばっている僕の醜態をけらけらと笑う転校生、坂上秀一だけだった。

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