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魔法世界は日常と共に  作者: 三田啓介
1/1

始まりは銀髪と共に

プロローグ


「っはぁ・・・はぁ・・・」

感じたことのない恐怖感を感じ、俺は上半身を飛び上がらせた。呼吸は整うどころか荒さを増し、体はインフルエンザに罹った時のように動かすことが躊躇われるほどに痛みと重みを持っていた。なんなんだ一体、どこなんだここは。ひっきりなしに疑問が頭の中に浮かぶ。知らないベッドの上、知らない部屋、身に覚えのない服装。そしてこの異常な倦怠感と恐怖感。今がいつかも分からない、どうしてここにいるのかも分からない。どうしようもないほどに身体も精神も異常をきたしていた。朦朧とする意識の中で逃げなければと本能的に体が反応し、周囲を見渡し逃げ道を探す。白色で統一された多目的教室ほどの大きさの部屋の中には最低限の家具と、そして身を屈めれば出ていけそうな長方形の窓があった。窓には光が、差し込んでいた。体が自然と動こうとする。光が差す方向へ、一歩でも近づけるように全力を出す。しかし体は一メートルほど動いたところで力尽きてしまった。また、意識が遠のく。暗転の10秒前に誰かの声が聞こえた気がした。

「・・・あー、まだ・・・駄目なのに・・・しか・・・ないなぁ」

どことなく、懐かしい声だと俺は思った。



俺は夢の中にいた。さっき自分が体験したことが延々と流れる夢。何度繰り返しても窓にたどり着くことはなく、夢だと気づいた途中から、俺は何も考えないことにした。なぜかとても冷静に、自分の夢を客観視できていた。明晰夢になるんだったらもうちょい楽しい夢にしてくれよと夢を見せる神様に悪態をついた。もういい、起こしてくれ。自分がのたれうち回っているところをまじまじと鑑賞したいとは思わない。そんなことを思うと、不思議なほど自然に、俺は目を覚ますことに成功した。

「あれ?」

眠る前の朦朧とした気分が嘘だったかのように意識がはっきりとしていた。体に倦怠感は残っているが、意識の面だけで言えば通常時に戻っていた。この感覚はあれだ、風を引いて治りかけの時だ。あと一日休んだら学校に行けるわね諒くんと脳内姉さんが俺に語りかける。因みに俺には姉がいない。部屋には灯りがついており、先ほどとは違い窓からは光が差し込んでいなかった。はっきりとした意識の中で見る部屋はまた様相が少し違って見え、具体的には細部がはっきりと見えるようになった。本棚には大量の本、観葉植物も大量、そんなにいらねぇだろと思うほどにムーンライトも大量に備蓄されていた。恐怖感は消えない、しかしどこか安心するような、なんというか普通の人が暮らしている生活感を感じ取れたことは俺を安心させた。この部屋でヤクザの部屋というわけにはいかない。しかし兎にも角にも助けを求めなければならない。俺は携帯を探すため自分の身の回りを見渡すが、見つからない。その上、動かして気づいた。めっちゃ体が痛い。少し動かすだけでも体が悲鳴を上げている。数十メートルでも動いてみたものならば体が枯れ果ててしまうと感じるほどの痛みであった。筋肉痛を100倍にしたような感じ。

「うおぉ・・・動け俺の体・・・あーだめだこれ」

と言った具合に健康の大切さをしみじみ思いながら、なんとか上半身をベッドの支えの部分に押し掛け長座体前屈の姿勢を取った。どうしよう。どうしようもないなこれ。声を出せば誰か来るかもしれない。息を深く吸って声を出そうとした時。その誰かは向こうの方からやってきた。ガチャと不意にドアが開き、その向こうから、洗濯カゴを持った銀髪の女の子が部屋の中に入ってきた。なんとなく、その子の声がわかるような気がした。


「おお、起きたんだ。いやぁさっきはびっくりしたよあの状態で起きるんだからさ、って今と何が違うって?そんなの簡単な話さ。しっかり君が寝て回復したからだよ、おはようそしてごめんね。あとの話になるけど先に謝っておくよ三鷹くん。あ、ムーンライト食べる?美味しいよ」

俺は一言も喋っていない。唐突に現れたこの子に見覚えがあるかと聞かれたらないし、一度知り合ったら絶対覚えるような風貌と髪色をしているわけだからまごうことなき知らないやつだと俺の意識は言う。言うわけだが、一方で何か見たことがあるような気がすると言うのは深層意識くんの方である。とりあえず質問をぶつける。

「ここはどこだ。そしてお前は誰だ。今はいつだ。どうして俺はここにいる」

なんだかミュウツーみたいな喋り方だなと喋りながら感じたが、誰か分からないような相手に自分を開示することは危険である。

「ミュウツーみたいに喋るじゃないか君」

銀髪の少女はあっけらかんとし、笑っている。ウルセェ。ひとしきり笑った後に、銀髪の少女は腕を組み上を見上げ何かを考えるような姿勢を取った。そして

「ふむ」

と唱え俺の方へ近づいてくる。え、何怖い。彼女はおもむろに髪を上げたかと思うと俺の髪も上に上げ頭をごっつんこさせた。

「え、え何。何、なんなの」

唐突の出来事に俺は驚き、恥ずかしいやらいい匂いするやら結構強めに打ち付けたなこいつやら様々な感情が錯綜する。

「熱は下がったようだね。ただ適応と精神安定がまだ済んでいない。残念ながら質問の答えは順序を辿る必要があるよ三鷹くん」

と言った、混乱する俺などお構いなしに彼女は長椅子に背もたれに手をかけるようにして座り、椅子をプランプランさせながらそんな俺の顔を見る。

「これだから男っていうのは単純なんだよなぁ」

何かとても失礼なことを言われたような気もするが上の空の俺には届かなかった。パァン。と彼女は手を叩いた。

「戻ってこい三鷹くん」

鹿威しに驚く鹿のように俺は背筋をピンと張らせた。

「お前は誰だ」

「切り替えが速すぎやしないか君は」

少女ははぁとため息を吐き椅子のプランプランを止める。そしてどことなく真面目な顔をして俺に目を合わせた。

「今は君がしたどんな質問にも答えられないよ、ごめんね。さっきも言ったけど君の精神は安定してないし、まだ適応も終わってない。順序立てて話す必要があるからとりあえず私の話を聞いてくれ」

そう言ってまた椅子をプランプランさせる。落ちそうで見てて危ない。あーやっぱり落ちたじゃん。

「ぐへぇ」雑魚キャラのような声を彼女はあげる。

背もたれに頭をぶつけ椅子に沿うように無様な格好をしている。何秒かそのままだったが無言で立ち上がり、また同じ姿勢をとる。今度はプランプランさせずに。

「なぁ今おまえ」

「君は私の質問にだけ答えてくれ三鷹くん」

「・・・」

「そう、それでいいんだ。君は何も見ていない」

今圧倒的に優位なのはどう考えても彼女の方だったので俺は何も言わないことにした。

「さて、改めて話を始めるわけだけどまずは私の口から全部話すんじゃなくて君が最後に覚えていること、そしてそのあらましを覚えている範囲で私に伝えてくれ。概ね今の雰囲気からじゃ重要な部分が吹っ飛んでるみたいだが、君の記憶に有がみを生じさせてはいけないから君がまず語ってくれ」

と言われましても。そんなのは決まっている。今日は俺がこれから通う高校の入学式だったはずだ。普通に登校して、ってあぁ話すのか。

「今日は入学式だった。俺はテレビで獅子座が最下位なのを確認して妹と母さんに見送られて家を出た。」

「続けて」

「それで最寄りの駅に行く途中で中学時代の同級生で、俺と同じ高校に行く予定の若戸裕哉に出会って地下鉄に乗った。」

少女は何かメモを取りながら俺の話を聞いている。

「続けて」

「地下鉄に乗りながら俺と若戸は会話してたんだ。『女子高生のパンツってどうやったら合法に見れるんだろうな』って」

「続け・・・いやちょっと待つんだ。私が言うのもあれだが君相当のバカだろ、その若戸なる奴も含めて」

「失礼な!大事なことだろうが高校生になるんだから。それにあくまで違法な、モラルに反したような見方は絶対にしない、スカートだけに」

「死ね」

シンプルな罵倒が飛んできた。

「次に不貞な発言をしたら君の腕を折る」

腕を折られるのは心底嫌だったので俺はここの部分を大幅にカットした。長く続いた討論の内容を事細かく話そうとしていたが。因みに結論として若戸と俺が出した答えは校内で風がよく吹く場所を確認して積極的にそこで昼飯を取るという結論だった。バカはどれだけ考えても大した回答は出せないのである。

「それから学校に着いて、記念撮影して体育館に集められて・・・って思い出した。お前も同級生か。どこかで見覚えあると思ったけど」

「続けて」

体育館で見ただけではない。こいつは一緒のクラスだった。

「んでその後クラス分けされて、クラスに行って。なんか委員会に入った・・・委員長だったっけ??それで、副委員長のあんたと何かを取りに行こうとして・・・ってところまでだな俺が覚えているのは」

俺の記憶では幾分こいつがいいやつだったように思えるんだが。ここまで高飛車な態度でもなかったはずだし。しかしながらそこからの記憶が俺の脳は覚えていなかった。次に出てくるのは飛び上がってなんとか脱出しようとしたあの時である。強烈な恐怖感と不安感。今でも鮮烈にそのときの感情が思い出せる。

「・・・ん、なるほどね。やっぱごっそり持っていかれたみたいだねぇ・・・そっからの記憶は」

少女はメモ帳をパンと閉じる。

「ああ、何も覚えていない。次に出てくる記憶はこの部屋だ」

少女は何か考えるような姿勢をまた取っている。

「核心に触れなきゃ大丈夫か・・・」そう言い

「とりあえず核心は触れずにこの部屋にやってきた経緯だけを君に説明することにする。精神安定は終わったみたいだからね、後少しだ。」

そう言って彼女は俺の視界から外れ、部屋の外からはホワイトボードを持ってきた。三鷹、神樂、と書かれた棒人間二人と川?のような絵、そして家のシルエットを書いた。

「まぁまず訳あって君と私は一緒に川に落ちたんだよ、お互いを抱えるように。いやこの場合君の力は微々たるものだったから私が一方的に抱え込んだっていう表現の方が正しかったりする訳だけど」

神樂は川に棒人間が落ちた様子を描く。

「川?と言うよりそもそもなんで俺は気を失っていたんだよ」

「まぁ待つんだ話を聞いてくれ、もう少しで適応が終わるからそれまでの繋ぎの話さ。知らないより知っておく方が後の話も簡単になる」

そう言って川から矢印を家の方へ引いた。

「そうして私は君を抱えながらなんとかこの部屋にたどり着いたと言う訳さ」

そう言って彼女は俺を、と言うより俺の服を指差す。見覚えのない洋服。

「制服がないのはそう言うことか」

Tシャツとズボン。どちらも俺の所有物ではない。

「今乾燥機にかけ終わったから持ってきたんだけどね。君が起きているとは思わなかったけど」

そう言って洗濯かごを指差す。もしかするとこれはつまり

「じゃあこれはお前の服か・・・」

「ああ悪いね。私の服しかないんだ今は、っておい嗅ぐな変態」

俺はクンカクンカと洋服の匂いを嗅ぐ。うん

「変態で何が悪い!!」

「・・・・・・最後だ。次言ったら骨を折るぞ変態。バカは叩かないと治らないだろう」

そう言って頬を思いっきり叩かれた。

「ぐへぇ」

今度は俺が雑魚キャラのような声を出した。筋肉痛(100倍)も相まって死ぬほど痛い。そういえば下着は、とそこまで考えて思考を遮断した。ヤベェ殺される。少女は軽蔑するような目をこちらに向けるので、俺はなるべく目が会わないように天井を見るようにした。うーん知らない天井。

「因みに君は今病院で入院していることになっている。君の偽物も用意させてもらった」

「病院・・・偽物」

正直、何を言っているかわからなかったが、納得が行くような答えでもあった。

「動揺しないね君は、普通の人間だったら発狂してもおかしくないはずなのに」

両手に顎を乗せて、神樂は可愛らしいポーズを取りながらそんなことを言う。

「散々したさ、発狂は。何度も発狂した自分を見たからな、もうおかしくなっているのかもしれん」

あれだけ見れば慣れたものである。

「ああそういえばそう言う催眠術を掛けていたね君には。いい夢みさせてあげようかと思ったんだけど失敗しちゃった。てへっ」

てへっじゃねぇよ。なんだよ、こいつが夢を見せる神様だったのかよ。悪魔じゃねぇか。そう口に出す前に、ある疑問が先に、俺の口から出ていった。

「催眠術・・・?」

それは、普通の生活で馴染みがない言葉で、俺の知らない世界観にある言葉だと感じていたものだった。

「そう、催眠術。っとそろそろいいはずだ三鷹くん」

そう言って神樂は俺の手に触れようとする。反射的に手が、動かなかったはずの手が。痛みで動くはずのなかった手が動いた。

「なんでだよ・・・さっきまで痛かったはずだろ・・・」

驚愕する俺を横目に立花はゆっくりと息を吸って、吐く。

「ようやく終わった。さてと、ここからは本題に入らせてもらうよ三鷹くん。少し身構えてくれ。君はこれから酷い精神的苦痛を受けることになる。何かあったらすぐ私に言うんだ。分かったね」

これまでで一番真面目な表情をしていた彼女に、俺は応える。

「ああ」

そして彼女は重々しく口を開いた。


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