たった、三十一文字の。
『こんばんは。お初にお目に、かかります。もしよかったら、返事ください』
真夜中に届いた謎のメッセージ。どこから迷いこんできたのか。
お初だが、お目にはかかっていないだろ。心の中でつっこみを入れる。
いたずらのようだが、それが気になって、俺は思わず返事を書いた。
『こんばんは。俺の名前は、サクラです。君の名前は? 教えてほしい』
気になった。一体何が目的だ? ただ純粋に興味がわいた。名前さえ知らない相手。性別も、歳も住所も、分からないのに。
君からの返事を待つ夜は長い。数十秒か、いや数分か。その間、なぜか鼓動が高鳴って、そわそわと胸は落ち着かず。ゆっくりと深呼吸する。俺はなぜ、子供のようにはしゃいでいるのか。
『そうですね……シキと呼んでほしいのです。ほんとの名前が好きじゃなくて』
『シキさんね。ほんとも何も知らないし、無理に聞く気もさらさらないよ』
『ありがとう。突然なのに、丁寧に。サクラさんって優しいですね』
『いや、別に。たまたま不思議と興味が沸いたというか……。俺は普通だ』
『そうですか? 普通の人はこんなこと、まともに相手してくれません』
『少しだけ、眠れなかった。本当に。ただ、それだけさ。良い暇つぶし』
嘘じゃない。俺にとっては、後腐れないこの感じが心地よかった。
暇つぶし。そう言ったのは、少しだけ相手に失礼だっただろうか。
だが、シキは気にならなかったようである。俺の考えすぎだったらしい。
『なんとなく寂しくなって。それで、こう……誰かと話したかったんです。画面越しでも繋がってる感じとか、そういう気分に浸りたくって』
『あぁ、それは分かる気がする。俺もそう。そういう気分なんだと思う』
俺はそうシキに返事を書いてから、恥ずかしくなり、その文字を消す。そしてまた、何度か文字を打ち込んで、次は送信ボタンを押した。
『誰にでも、そういう日って多分ある。深夜ラジオがちょうど良いかも。聞いたことある? ラジオって意外とさ、悪くないんだ。最近知ったよ』
『分かります。私もラジオ好きだから。まさかの同士。なんか嬉しい』
少しだけ、くだけた言葉。なんとなく、俺にはそれが愛おしかった。
それから、ラジオの話で盛り上がり、外に新聞配達の音。早朝のバイクが静かに夜を裂く、街が夜明けを迎える準備。
だんだんと閉じる瞼をこすりつつ、シキから届く返事を待った。
しかし、シキからの返事はこなかった。俺も気づけば、夢を見ていた。
◇
気が付くと、窓に西日がさしていた。ずいぶん長く寝ていたらしい。
スマホの画面をつけても、新着のメッセージはない。ため息が出た。
まさかとは思うが、あれは夢だった? 俺は慌ててログを開いた。昨晩のシキとの会話、メッセージ。存在してる。夢じゃないんだ。
夢じゃない。俺は自分に言い聞かせ、少し不思議な気分に浸る。
なんだって、こんなに焦ってしまうのか。一夜限りの良い暇つぶし。それで良い、それで良かったはずだろう。けれども俺はスマホを見やる。
なんて打つ? そもそも、なんで? いや、しかし。自問自答が止まらなかった。
「あぁ……まったく。まずはコンビニ……晩ご飯。向こうも、きっと寝ているだけだ」
良い年をした大人だと分かってる。現実と夢は割り切ってる、と。純粋に夢を見ていたあの頃に、戻ることなどもう無いのだ、と。
だが、それは違った。大人になった振り。それだけだったと、気づいてしまった。あまりにも現実離れした昨夜。その出来事のせいだと思う。
コンビニに向かう道中。スマホを何度も確認してしまう俺。
ちょっとだけ。淡い期待だ。それくらい、したってバチは当たらないだろ。気づいたら、そんな言い訳を重ねてしまっているのだ。俺は。一人で。
コンビニに着いてしまった。自動ドア。くぐればそこは、もう現実で。無機質なコンビニソング。この中に入れば、きっと、もう戻れない。
意を決し、俺はスマホをタップする。画面を指でゆっくりなぞる。メッセージアプリを起動、すいすいと文字をスワイプ。そして書き込む。
『寝てました。朝までずっと、ありがとう。シキさんは夜、眠れましたか?』
気の利いた言葉も出ない。送信のボタンを押すか、やめておこうか。
いや……押そう。押すべきだ。この関係を繋ぎとめたい。そう思うなら。
その刹那。
入店音に混じる音。着信音だ。俺のではない。流行の、なんとかというアーティスト。若い女性がスマホをタップ。
なんという偶然だろう。俺はその音にドキリと胸が弾んだ。
目の前の女性は不意に立ち止まり、画面の文字を追いかけていく。少しだけ考えこんで、躊躇する。先ほどまでの俺と同じく。ややあって、彼女はそっとため息を一つこぼして、画面を閉じた。
『こんにちは。あっという間に夕暮れで、私もとても驚きました。気づいたら、眠りについていたようで。夢じゃないかと、思っていました』
メッセージ。画面に並ぶ文字、光る。それから俺は、視線を前へ。
目の前の女性もやはり同様に、俺を見つめて、口をおさえた。
「「もしかして」」
二人の声が重なって、俺と彼女は視線を交わす。
夢じゃない。たった、三十一文字で始まっただけの不思議な糸は。
「こんにちは……いえ、初めまして?」
俺たちは、互いに顔を見合わせ、笑う。
たった三十一文字の繋がりは、短い夜は、奇跡を結ぶ。
お手に取ってくださった皆さま、私の「実験小説」にお付き合いくださり、ありがとうございました!
何が「実験」なのか、お気づきになられましたでしょうか。
このお話は、すべての文章(言葉)を三十一文字で構成しているお話になります。
(途中で句読点が入っているため、厳密に言えば少し違うかもしれませんが……)
小説ってもっと自由でいいよね、言葉って面白いよね、と日頃から思っているので、それを何か形に出来たらいいな、と思ってこんなお話を書いてみました。
このお話を読んで、皆さまがちょっとでも「創作」や「小説」、「言葉」というものを面白い! と思っていただけましたら幸いです*
皆さまが、これからもたくさん、楽しい活字ライフを送れますように!
『最後の挨拶でさえもこだわって、三十一文字にしたかった!』
……という、悔しさいっぱいの三十一文字を置いて後書きとさせていただきます。
※あらすじも三十一文字で頑張っているので、良ければもう一度改めて、あらすじ、本文を読み返していただけましたら幸いです!
私の「実験」にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!