閑話<クリスタ・フォン・オーエント視点>
いつもより少し長めです
≪クリスタ・フォン・オーエント視点≫
私はクリスタ・フォン・オーエント、このホビッグの街を治めるオーエント辺境伯家の一人娘です。
スドモニス王国には、成人した貴族は必ずダンジョンでの戦闘経験を行うという――成人の儀が存在しています。お父様曰く、貴族たるもの最低限の武芸は必要であるという理由からその様な慣習ができたそうです。稽古で十分なのでは?と疑問に思いお父様に尋ねました所、「ダンジョンならば適度な魔物がおり、実践を経験するには打って付けの場所である」と言われました。実践に勝る経験はないということでしょう。成人した私も慣習に従い、我が家から一番近いパゲールダンジョンへと赴くことになりました。
パゲールダンジョンは未だ攻略されておりませんが、上層は初心者でも討伐できる魔物で構成されているため、初心者冒険者や成人の儀をする貴族にはちょうどよい場所です。メイドのイースと、道中の護衛のための冒険者を雇い出発します。道中は比較的安全な街道のため、予定通りに進みダンジョンのある地に到着しました。
この地はダンジョンを中心として発展した場所で、宿屋や屋台などが軒を連ねています。冒険者ギルドも出張所を開設しています。今日は宿屋で休息を取り、明日ダンジョンに入ることにしました。イースとは幼少の頃より主従の関係として行動を共にしていますが、兄弟姉妹のいない私にとっては頼れるお姉様です。そのため、イースとは同じ部屋で泊まりました。
翌朝、準備を整え冒険者の方達とダンジョンへ向かいます。基本的には手出し無用ですが、危ない場面の時には助けてもらうようにお願いしてあります。
「ではお嬢様、行ってらっしゃいませ。吉報をお待ちしております」
「ありがとうイース。では行ってきます」
ダンジョン内での実践は訓練通りにでき、無事成人の儀を終えました。これで良い報告が出来ますと、嬉しくなりました。その後は再び一泊して翌日の早朝に帰宅することに決まりました。何事も順調に進み帰りの足取りは軽くなりました。
しかし、順調だったはずの行程は迷いの森付近で終わりを告げました…。突如として前方よりゴブリンが出現しました!当初3匹のゴブリン程度でしたら冒険者の方々が討伐して下さると思いましたが、馬車の逃げ道を塞ぐ様に、後方からもゴブリンが加勢してきました。さらに不運は続き、加勢に来たゴブリンは杖を所持しており、確かあれは…ゴブリンメイジと呼ばれる上位種のはずです。
「グッギャギャギャ」
「おい、後方から数体のゴブリンとゴブリンメイジが現れたぞ!」
「何だって!?俺は前方のゴブリンを何とかするからお前達は後方を頼む」
「わかった!ここは任せる」
外の喧騒が聞こえてきますが、私達は足手まといになってしまうので中にいることしかできません。
「お嬢様。もしもの時は私が時間を稼ぎますので、その隙にお逃げ下さい」
「…っ!?そんな事言わないで、皆で無事に帰ります」
「もしもの場合で御座いますよ」
そうイースが優しい声音で私に言い聞かせていますが、その手は震えていました。今の私にはただ祈り、冒険者達に任せる事しかできません…。ですが状況は悪化の一途を辿ることになりました。
「ギャギャッ!」
「っ!!おい、さらにゴブリン共がきたぞ!しかもゴブリンソルジャーもいやがる。…俺たち4人では手に負えないぞ」
「仕方ない…。逃げるぞ!!こんな所で死ぬわけにはいかない!」
っ!?まさか護衛の冒険者が逃げ出すとは思ってもいませんでした…。イースに抱きしめられながら、最悪の時を迎えました。無造作に扉が壊され、醜悪な顔を愉悦に歪ませたゴブリンと目が合いました。
「ギャギャギャ!!」
「…イース」
「お嬢様…」
お互い涙を流しながらも懸命に抱き締め合く事しかできません。そんなことで目の前の現実は変わることなく、ゴブリンの振り下ろされる棍棒を最後に、私の意識は遠のいていき…ます……。
――――目を覚ました時、きっと起きた事を後悔することになる、と予期していましたが…目の前に飛び込んできたのは安堵するイースの表情でした。…これは夢でしょうか?そう考えていたら、後ろから聞き覚えのない声が聞こえました。冒険者は全員男性でしたし、メイドはイースしか連れて来ていません一体誰なのでしょうか?
「私は冒険者のユイ。あなた達がゴブリンに捕まっているのを発見して助けにきた。ここから脱出を試みたいけど、どこか体に異常や怪我はない?」
ユイさんと名乗る女性、それから二人の女性…。未だに現実を受け止められないでいる私でしたが、イースに声をかけられたお陰でようやく思考が現実に追いつきます。
「お嬢様もご無事で良かったです…。立てますか?
申し遅れましたが私はお嬢様の専属メイドを仰せつかっているイースと申します。お嬢様共々救っていただき感謝いたします」
「ありがとうイース。…ユイさん私はクリスタ・フォン・オーエントと申します。助けて頂き感謝したします」
地べたに寝かされていた私はイースの助けをかりて起き上がり、ユイさんを見つけます。何とか淑女としての挨拶とお礼を述べることができた自分を褒めたいです!
先程の会話を思い返すと、冒険者と言うよりも町娘を連想させる格好をした女性が、私達を助けてくださったユイさん。そして、長身ながらも軽鎧を装着しており、長く伸びた茶髪は汚れてしまっていますが、整った顔立ちをしているマールさん。最後に、髪はボサボサで目の下には隈ができており、魔法使いの格好をしているアイリーンさん。
「…大丈夫そうでしたら、早急にこんな場所から立ち去りましょう」
ユイさんの言葉遣いがどこかぎこちない様に思えるのは気のせいでしょうか?もしかして…貴族である私に気を使っているのでしょうか?。冒険者の方もちらちらとこちらの様子を伺っているように見えます。命の恩人にそんなまねをさせるわけにはいきません!
「ユイさん、今は非常時ですので敬語は結構です」
「わかり…わかった。…では四人共私についてきて」
急に敬語は結構ですと言われても大抵の方はすんなり受け止めてはくれないため、ここは非常時だというのを建前にして素で話してもらいます。まぁ非常時なのは本当の事ですが…。
それにしてもユイさんはどうやってここまで来たのでしょう?もしゴブリンを討伐されていた場合は安全に脱出が出来ます。
「言い忘れていたけど、ここは集落の中で外にはたくさんのゴブリンがいるから、武器の類は諦めて手ぶらで脱出します。その分護衛は任せて」
「…そういう状況でしたら仕方ないですね。まさかゴブリンの集落が出来ているとは驚きですが、上位種がいたので納得はできます。ある程度素手でも戦闘は出来ますので、クリスタ様を優先にお助けください」
「…わかった。…多少威力は落ちるけど魔法は使える」
つまり、ここは集落の真っ只中ということです!では、ユイさんは一体どうやってここまで来られたのでしょう?謎が深まるばかりです…。
いざ、小屋から外にでますが、何故かゴブリンには私達が見えていないのか全くこちらに気づきません…。訳が分からないです。
「イース、これはどういうことでしょうか?」
「私にも分かりません…。ですが、ユイ様が何かしらなさっていると思われます。冒険者様方も困惑されていますので」
う~ん…。ますます謎です。ユイさんは一体何者なのでしょう?色々と考えていますと、あっという間に集落の外まで来ていました。
「一先ず集落から脱出できたけど、みんなはこのまま街に帰る事ってできないよね?」
「私達だけでは森で迷い最悪また連れ去られる可能性があるので、ユイさんには悪いが街に着くまで助けてほしい」
マールさんの意見に私も同感です。ここで、ユイさんと別れてしまう事こそが危険です。
「では、このまま街まで護衛します。クリスタ様達もそれでいい?」
「えぇ、かまいませんわ。私はあまり戦力になりませんのでユイさんに従います」
「お嬢様がよろしいのであれば、私に否は御座いません」
「それじゃあ私が魔法を使用するから近くに集まって」
むしろこちらからお願い致します。ですが、私達を集めてどんな魔法をお使いになるのでしょう?ユイさんのなすことには疑問が纏わりつきます。
「もし、魔力枯渇になったら二人に周囲の警戒を頼める?」
「お任せください!」
「…問題ない」
「では、いきます。『転移結界』」
魔力枯渇に陥る可能性があるだなんて、どれ程すごい魔法なのでしょうか!?
しかし、『転移結界』という魔法は聞き覚えがありません。私には4属性魔法の適正をもっており、貴族であるため適正のない魔法についても勉強しております。それなのに、初めて耳にする魔法…。考えられる可能性は固有魔法しかあり得ません。
魔法名だけでなく、それによって生じた結果にも驚かされます!
「ここは…。私達は先程まで森の中にいたはずですが…」
「だ、大丈夫ですかユイさん!?アイリーン魔力譲渡をしてあげて」
「…わかった」
先程まで木々に囲まれていた場所に居りましたのに、右側を見渡すと街道が見えます…。この不可思議な現象について、どう言葉にしてよいのか分かりません。隣のイースは心ここにあらずといった状態です。アイリーンさんは、周囲よりもユイさんの方に目がいったのか私とは違う事で驚いています。たしかに、今のユイさんを見ればそういう状態になるのも頷けます。立っているのすら辛いのか地面に倒れ込んでおり、顔色が悪くなっています。私達のために相当無茶をして下さったのでしょう…。
「これで森を抜けることができたけど…五人同時に魔法を行使するのはしんどいわね。生憎と馬車がないためここからは歩いて街に戻りましょう」
「分かりました。道中の護衛は私達が優先的に行います」
「それよりも一体どんな魔法をお使いになられたのですか?」
「えぇと…魔法については詮索しないでもらえると助かります」
「…分かりました」
この状況で無理とは言えません。ただ、素直に受け入れた事にユイさんが驚かれています…。私を何だと思っているのか問い詰めたい所ではありますが、それよりも魔法の方がとても気になるのでそちらをお聞きしました。魔法の詮索は褒められたことではないですが、こればかりは気になって仕方ありません。
やはり、簡単に教えてはくれませんでした…。イースからも「お嬢様…」と非難の目で見られました。今回はこちらに非があるのでこれ以上の追及は止めておきます。
街へ向かう道中は当たり前ですが、馬車と比べると時間がかかりとても疲れます。周囲の警戒を疎かにしていると魔物に襲われてしまいます。数回魔物の襲撃がありましたが、ユイさんや冒険者の方によってあっさり討伐されました。ユイさんの凄さにばかり目が行きがちでしたが、冒険者――確か青薔薇の月のお二方も十分強い印象を受けます。人の事を悪くは言いたくありませんが、私とイースの護衛を任せていた冒険者と比べてもその差は歴然です。どうしてお父様は彼らを護衛にしたのでしょう?
順調に進み、街が見えた時の安堵感に思わず目頭が熱くなりました。一時期は死の間際にいた私達を助け出してくれたユイさんには感謝の念が堪えません…。そんな私の心情を知る由もないユイさんの言葉に、別の意味で驚かされました。
「では、私達はギルドにいってくるけど、二人はこの街に来たのは初めて?」
「あら?てっきりユイさんは私をご存知だと思っていましたが、違っていたのですね。私はこの街を治める領主の娘です」
「…」
この街の住人ならば、自己紹介をした時に気づくはずなのですが…。もしかして他国から来たのでしょうか?それでしたら知らないのも仕方ありませんが…。
それよりも今はきちんとお礼を伝えなければ!このまま別れてしまっては会えなくなる可能性がありますので。
「青薔薇の月のお二人方も街までの護衛感謝申し上げます。今回の件が片付きましたら、お屋敷にて改めてお礼を申し上げます。衛兵にはユイさん達が来たら通す様に伝えておきますので」
「私達もむしろ助けられた側ですので、お礼はユイさんにだけしてください。有り難いお誘いですが、辞退させて頂きたいと思います」
「…ユイちゃんのおかげ。…お礼は不要です」
「そうですか…。残念ではありますがわかりました。ただギルド経由でお二方に護衛料をお支払い致しますので、そちらはお受け取り下さい」
「ありがとうございます」
我が家への招待は断れましたが、何も謝礼を渡さないのは私が許せないので何とか護衛料は受け取ってくださる事になりました。ただユイさんは逃がしません!!必ず我が家まで来てもらいますよ。
「ユイさんにも改めてお礼を申し上げます。謝礼はお屋敷でさせて頂きます」
「お礼は何度もきいたよ。依頼が片付いたらお邪魔させてもらうよ…。じゃあギルドに報告しに行ってくる」
「はい、お待ちしております。今回の一件はお父様にも報告しておきます。イース、警備隊の方に馬車の手配を頼めるかしら?」
「畏まりました。ユイ様並びに青薔薇の月のお二人方、この度は本当にありがとうございました」
私の気持ちが伝わったのか了承して下さいました!そうと決まれば早速我が家に帰り、今回の件も含めてお父様に報告をしなければ…。
成人の儀を行うための道中や、ダンジョン内での時間に比べればほんのわずかな時間でしたが、とても長い時間に感じられました。成人の儀を無事に終えた達成感、ゴブリンの襲撃によって齎された死の恐怖、絶望の淵に現われた救世主、感情の起伏が激しい一日でしたが、今はとても幸せです。これ程までに「生きている」実感を味わえた日はありません。今日起きた事は決して忘れない、いえ忘れることは出来ない程濃密で激動でした。
「イース、これからも私と一緒にいてくれるかしら?」
「勿論でございます。いつまでもお傍におりますとも」
「何だか照れるわね…。ありがとうイース。さぁ、早く我が家に帰ってユイさんをお招きする準備をしましょう!」
「ふふ、些か準備には早いように思えますが、お手伝い致します。ですが、先に領主様に成人の儀のご報告を致しませんと」
「…そうね。色々とやる事が多いけど、これもユイさんのお陰ですね」
「左様でございますね」
危険な目にあったのにも関わらず、これまで通り一緒にいてくれるイースはかけがえのない存在です!
ユイさんのような立派な人間になるためにも、これまで以上に勉学や魔法にも取り組まないといけません。ですが、まずはユイさんが我が家にいつ来てもいいように手配しなくては…!
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ストックがなくなったため更新が少し遅れます…。