5.初依頼と結界魔法
窓から差し込む光を浴び、目を覚ました。眩しい…と呻きながら起き上がる。知らない天井に茫然としてしまうが…そういえば転生したのだったと思い出した。顔を洗い身支度を整え、朝食を食べに降りる。
そこは昨日と打って変わって閑散としている。テーブルを拭いているソニアに挨拶をして近場の席に着く。朝食はなにかな?
「おはようございます!ユイさん。朝食には起きてこないのかと思っていました」
ぇ!?…時計を見ると短針が9時を指す手前だった。危ない、もうすぐで朝食を逃すところだった。昨夜は早く寝たのに朝まで熟睡…いや寝過ぎていたと言うべきか。
「朝食の時間ギリギリなので、申し訳ないですがこちらが朝食になります」
「寝坊した私が悪いから、気にしないで」
朝食は黒パン、サラダ、スープで夕食に比べてあっさり目で、朝はあまり食べない私にはちょうどいい量である。いただきますと言って、昨日同様にスープにつけてパンをかじる。そういえば今日の予定は決まっていないなぁ…。
とりあえずギルドで依頼を最優先にこなして、光魔法以外の魔法を試したいなぁ。後は時間があれば街の観光もしたいけど…それよりも防具や食料の調達が先か。朝食を終え、ソニアと軽く話してからギルドへ向かう。
ギルドに入って、いい依頼書がないか探してみる。こちらの世界の人達は既に仕事を始めている時間帯なのか、全然冒険者がいない。混んでいると依頼をゆっくり見れないからラッキーと思ったけど、貼ってある依頼書の数が少ないように思える…。ここでも寝過ごした弊害がでたわけか、とため息がこぼれる。明日は早く起きようとひそかに誓いを立てる。
残っている依頼書に目を通し、今の私にできるのはこれくらいかな。
☆魔力草採取(Fランク)
·報酬:10本で銅貨2枚(但し、傷みがひどい物は除外)
·補足:南門を出た先の草原に多く生えている。ただし魔物が出現する可能性有。
☆街の下水処理&清掃(Fランク)
·報酬:銀貨3枚
·補足:場所は依頼時に伝える。水魔法の適正があると楽。
☆ゴブリン討伐:常時依頼(Eランク)
·報酬:1体につき銅貨1枚
·補足:討伐部位としてゴブリンの右耳が必要。
金額だけなら2つ目の依頼がいいけど……よし!初仕事は簡単そうな魔力草採取の依頼を受けることにしよう!そうと決まれば、依頼書を剥がして受付へと向かう。冒険者がいなくて暇なのか、受付嬢同士で談笑をしている。ふと一人見慣れた女性を見つけたので話しかける。
「こんにちは、アン。この依頼を受理してもらえる?」
「あらユイさんこんにちは。確認しますね……ユイさんのランクでも問題ないです。受理しますので冒険者プレートを出してもらえますか?」
何に使うのか尋ねると「プレートに依頼達成数や達成率を記録します」と教えてくれた。登録した際、プレートと一緒にチェーンも貰っていたから首から下げていたプレートを渡す。アンは天秤のような形をした機械の左に依頼書、右にプレートを設置して、いくつか操作を終えたのちプレートは返された。きっとこの機械で依頼の記録をとっているのだろう。
「これで依頼受理が完了しました。初依頼頑張ってくださいね」
「ありがとう。もし採取中にゴブリンを退治したら、それも依頼達成になる?」
「討伐部位があれば達成扱いになります。常時依頼と通常依頼は同時進行可能ですが、無理は禁物です」
同時にこなせるなら効率よくお金を稼げるから、採取が早く終わったらゴブリンを探してみよう。ポーチだけで薬草を持ち帰るのは無理そうなので、依頼前に入れ物を買わないと――。
「ん、わかった。そう言えば魔力草の現物か図鑑ってある?」
「…もしかして魔力草を知らないのですか?」
アンにジト目で見られ、視線に耐えられなくなり明後日の方を向くと――「はぁ確認しなかった私がいけないのかしら」とため息をこぼし、ごそごそと引き出しをあさり草を取り出した。
よく転生した主人公は調べることなく依頼を受けていたけど、そう言えば鑑定の魔法を持っていたなぁと思い出す。…ここは現実世界――何処か浮かれてる気持ちを引き締める。
「こちらが魔力草の現物です。ギルドの二階に資料室があります。次回からは、ちゃんと下調べをしてから依頼を受けるようにしてください。なお資料室の備品は持ち出し厳禁です」
「あはは…以後気をつけます」
完全に私が悪いので素直に聞き入れる…。
魔力草の特徴は双葉で、その先端が淡い赤色をしている。これならすぐに見つけられそう。もし三葉の中から四葉を探すような採取だったら一人では骨が折れそうであった。
「あと南門ってギルドを出て、右に行った先の門であってる?」
「はぁ…。いいですかユイさん、下準備を怠ると思わぬ事故やケガにつながる恐れがあります。くれぐれも気をつけてください」
――いいですか、と迫力のある笑顔で迫られた。南門はそこであってるみたいだけど、まるで子どもを叱るお母さんみたいだなぁと考えていたら急に寒気がした。…そっと視線をアンに向けると、冷ややかな目と重なった。まるで“まだそんな年ではありません”と訴えているよう様に見えた。
余計な事を考えてしまった…。
「はい、わかりました…。じゃあこれから依頼を達成してくるわ!」
「まだ言いたいことは山程ありますが…。良い報告をお待ちしてます」
返事として手を振りその場を後にした。
まずはギルドに来る前の通りで見つけた雑貨屋へ出発!そこで麻袋、魔力草を縛る紐、ハンカチを銀貨1枚で買い揃え南門を目指す。ちなみにハンカチはおまけで貰えた。
門を出るときは素通りでいいみたいでそのまま街を出る。
草原は目の前にも広がっているけど魔法の練習もしたいから、街道に沿って大体30分ほど離れた草原を目指す。
目的地に到着し、周囲に魔物がいないことを確かめてから魔力草を探す。群生地ではないと思うけど、それなりに生えていて20本獲得した。10本ごとに束ねたら休憩をはさみ魔法の練習を始める。
最初は光魔法以外の5属性を試してみる。それぞれ基本の魔法をイメージし、火魔法『ファイア』、水魔法『ウォーター』、風魔法『ウインド』、土魔法『アース』、闇魔法『ダーク』を順番に唱える。結果はどれも成功し、一通りの属性魔法は問題なく扱えることが実証できた!
あとはそれぞれ○○ボール、○○ランスといった風に形を変化させる初級魔法、範囲攻撃または防御魔法である中級魔法、中級魔法よりも範囲、威力ともに高い上級魔法といった具合で大まかに分類される。特に光と闇の扱いは曖昧に思える。中級以上も試してみたいけど、昨日のように魔力枯渇で倒れては危険なので自嘲する。本当は爆裂魔法なんかをぶっ放したい…。静まれ私の右手…なんちゃって。
それはさておき、アロエルの説明で固有魔法は魔力消費が少ないと言っていたので、先に固有魔法の検証を行っていく。…とは言ってみたものの固有魔法は個人によって違うため、どうしていいのやら…。ひとまず6属性魔法と同じようにやってみますか。
サイコロサイズの立方体をイメージして『バリア』と唱えてみる。…ん?何も起こらない。イメージが悪い?それとも魔法名が違う?……う~ん、イメージに関しては6属性魔法が発動出来ているから問題ないはず……つまりは魔法名か。6属性魔法の詠唱は英語だったけど、バリア以外の単語が思い浮かばない…。発想をかえて日本語で詠唱してみる。
同様のイメージをして『結界』と唱える。…しかし結果は変わらない。はぁ…ひとまず休憩しますか、と座るのに適した場所がないかと歩きかけた時、お腹のあたりで何かにぶつかった。
ん!?何?何も見えないけど…何かに当たった感触はあった。手触りは…ツルツルで、大きさは先程イメージしていた立方体くらいあった。もしかして…結界って不可視なの!?つまり結界魔法は発動していたけど見えていなかったと…。
でもこれで発動の仕方は分かった!早速6属性魔法と同様に消し方、大きさの変化などをやってみよう。
――――結論から言わしてもらうと、結界魔法超便利!!
コホン。順を追って説明するとイメージが明確で、魔法名を唱えれば結界魔法は発動できるのでは?と思って試したのがきっかけだった。まず6属性魔法同様に念じれば消え、ひとまず一辺の長さが2mの立方体は成功した。その後自分を結界で囲んでみたけど普通に呼吸は可能で、結界内でも魔法は使えた。
ここから結界魔法のすごい所を紹介していこう!
なんと結界内は転移可能であった!つまりこの魔法――『転移結界』は結界を張ることさえ出来ればどこでもいける。しかし、転移系の魔法は遠くなるほど魔力消費が格段に多くなるのが定番なので、今の魔力量だと大して転移は出来ない。それに転移先のイメージが明確でないため例え魔力があっても転移できない。それでも便利な魔法で有る事には変わらない!
他にも形も自由自在に変化できたのでホビッグの街まで一直線に自身が入る最低限の大きさの結界を張れば、最小限の魔力消費で転移が可能になるはず。
さらに結界内に物を収納できないか考えてやってみた所、簡単にできてしまった。この魔法――『収納結界』は非常に有用だ!何たって結界が大きければほぼ無限に物が入る。しかも詠唱時に時間経過なし、とイメージすれば時間経過は起きない。
さらにさらに、結界内の声を外に漏らさない『沈黙結界』、結界内に結界を張る『多重結界』、結界を可視化する『可視結界』、結界内の人や物を視えないようにする『不可視結界』など様々な『結界魔法』が発動できた!これだけ使っても魔力に余裕を感じる。…コスパ最高!!
当初の予定ではこっそり使うように決めていた。しかし無詠唱で魔法は使えない。『○○結界』と詠唱すれば、いずれ知られることになってしまう。それなら自重しないで使う方針に切り替えてもいいのでは?……決して、便利な魔法をこそこそ使うのが面倒になったわけでない!
色々試していたけどまだ太陽は真上あたりにある。予定ではゴブリン退治をするつもりであった。でもあいにくとこの辺りは全く魔物が出現してこない。効率は良くないが、少しでもお金を稼ぎたいから採取を再開することに決めた。麻袋に入る分だけ採取していたけど、『収納結界』のおかげで容量は気にしなくてよくなった。
ちなみに結界は初級魔法程度なら耐えることができ、もし割れたら術者――私には感知できるので、結界を張ればある程度採取に集中しても不意打ちは防げる!でも過信は厳禁なので定期的に周囲の警戒をしているけどね。
最終的には魔力草を100本―ちゃんと数えた―採取できた。時間的には余裕があるけど束ねる紐が尽きてしまったので、ちょうどいい区切りだと思い止めることにした。本音を言えば飽きてしまったのだけど…。あと昼ごはんの準備をしていなかったから、街に戻って食事をとりたい。
魔力消費を考慮して早速『転移結界』を使い、数十m事に転移しながら街へ戻る。転移して人の目の前に現れると余計なトラブルに繋がると思い、街に近付いたら歩いて戻ることにした。
まだ明るい時間のおかげか門の前は入場待ちがなく、身分証を提示して麻袋内の魔力草を見せたらすんなり街に入れた。ただ残念ながらディーンさんには見当たらなかったので真っすぐギルドへと向かうことにした。
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