二.
それに、打算的なことを言うと、謝敷の「奇行」は僕にとっては得もあった。
なにしろ、百年の恋も冷めるような汚らしさだ。僕のように、謝敷のそういった姿を愛しいと思う者は少数派なのだろう。恋敵は、少なければ少ないほど、いい。
現に、謝敷がこの高校に転入してきてから四月が経とうとしているが、未だに浮いた話などはまったく聞こえてこない。それどころか、謝敷がその圧倒的美貌をもってして周囲からチヤホヤされていたのは本当に転入当初の一時期だけで、その奇行ぶりが知れ渡ると、男女を問わずして謝敷との間には距離を置く者が大多数となった。――願ったり叶ったりである。
「あの子、ちょっと、頭おかしいよ」というのが一般的な見解であった。
そんな世論を耳にしながら僕は、この馬鹿どもが、とほくそ笑むのであった。
謝敷の可愛さは、僕だけが理解できていればいい。
廃部寸前の文芸部員で、床屋カットのキノコ頭な丸眼鏡という、絵に描いたような日陰者である僕が、謝敷のような外見の人間と結ばれたいと言ったら、人は鼻で笑うだろう。けれども、こと謝敷に限っては。学年中、いや、もはや学校中から奇人認定をされている謝敷に限っては、僕のような人間にも一筋の光が見えるというのは、愚かな驕りに過ぎないのだろうか?
放課後である。窓際の席から眼下を見下ろせば、誰とも馴れ合うことなくさっさと帰宅する謝敷の姿があった。……あった、というと語弊がある。この時間に窓の外を眺めれば、帰宅する謝敷の姿を拝むことができると僕は知っていた。
ふう、と、ため息が漏れた。後ろ姿だけでも美しい。本当に、一切の贔屓目なしに、今すぐ芸能界でも通用するのではないかと思えてしまう。
謝敷の後ろ姿を堪能したのち、僕もまた時間を確認すると、慌てて校舎を出た。急がなければ、帰りのバスに間に合わなくなってしまう。謝敷の後ろ姿を堪能するのと、16時のバスに乗る生活サイクルの維持を両立するのは意外と忙しい。
駆け足でどうにかバス停まで辿り着くと、そこには、いつもはない人物の姿があった。他ならぬ、謝敷桜子その人である。
「謝敷……、さん」
あまりにも、まるで想定すらしていなかったので、思わず声が漏れた。
謝敷はこちらをちろりと一瞥して、ふい、と視線を前方に戻した。かぁっ、と頬が熱くなる。そりゃあ、声を掛け合うような仲ではないにしろ、よもや会釈すらないとは。さすがに一筋縄ではいかない相手だということを改めて思い知る。
とは言え、あまりにも絶好の機会である。
部活組が利用しないこの時間帯のバスは人が少ない。現に、今バス停に並んでいるのは僕と謝敷の二人きりであった。垂涎のチャンスである。
告白はともかく、せめてこの機会に少しくらい仲を縮めておかなければ、謝敷と結ばれるなどいつまでも夢の夢だ。
僕は、食い下がった。
「謝敷さん……、珍しいね。今日はバスなんだ?」
謝敷は、今度はこちらを振り返ることすらなく、一言。
「誰やねん、馴れ馴れしいわ」