一.
はじめまして、ゲロ豚と申します。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
女子高生謝敷桜子は昼食後、こびりついた歯糞を爪で拭う。
歯と歯の隙間も丹念に。
阿呆のように口を大きく開けて、奥の奥の歯まで指を這わせ、親の仇のように歯糞を追う。
ひととおり目立つ歯糞を除去し終えると、謝敷は仕上げと言わんばかりにウェットティッシュを取り出して、なんと今度はそれで歯を磨くのだ。本当に、一本ずつ、丁寧に。
口内を駆けずり回ったそれは、一仕事を終える頃にはほんのり黄色を帯びていて(以前、意図せず目撃してしまった)、言うまでもなく気分のいいものではないのだが、謝敷本人はと言えば、毎回ウェットティッシュの色味を確認するとほんのり満足げに笑みを浮かべるのだった。
まるで平凡な男子高校生である僕としては、本来、謝敷がどこでなにをしていようが関係のないことだ。
虫歯の予防に余念がないことは結構であるし、品があろうがなかろうが好きにしてくれればいいのだが、惜しむらくは、謝敷桜子が目玉の飛び出るような美人だということだった。
推定身長182センチ。冗談みたいにすらりと伸びた手足に切れ長の瞳。腰ほどまで伸びた茶髪を揺らしながら廊下を闊歩する様などは、さながらファッションショーのスーパーモデルを思わせる。
テレビの中の女優連中にも引けを取らない(と、僕は認識している)絶世の美女が大口を開けて指で歯糞をほじくる姿には、さすがに、一言物を申したくなるのが人情というものではなかろうか。
その思いは僕に限らないようで、現に謝敷は、そういった痴態についてたびたび忠言をもらっていた。
校内には歯磨きセットを常備している生徒もいるし、どうしてもウェットティッシュで歯を拭いたいのならばせめてトイレでやったらどうだ、と、担任の教師が慎重に言葉を選びながら「指導」する様を複数回目撃している。
ところが謝敷は、他人に迷惑をかけているわけではないからと突っぱねるばかりで、日課の歯磨きを止められる者はついぞ現れなかった。
「忠言耳に逆らう」という風でもないのだが、果たしてなにが彼女をそうさせるのか、教師やクラスメイトたちの制止にも負けず、謝敷の「奇行」はむしろ日を重ねるにつれてエスカレートしていった。
耳穴が痒ければ小指を這わせることにまるで躊躇はなく、鼻が垂れればブラウスの袖で豪快に汚物を拭う。その類まれな容姿にはあまりにも似つかわしくない醜い振る舞いだが、しかし他の者はともかく、僕は、そんな謝敷の醜い振る舞いこそをとても愛しいと感じていた。
決して、美人の汚らわしい姿に性的興奮を覚えるという話ではない。
歯糞が気になれば取り除く、鼻水が垂れれば袖で拭う。美人が、他人の目を憚ることなく、思うまま感じるままに行動しようとするその姿勢こそが、なにやら無性に愛おしかった。格好いい、と感じていた。