他人に期待を寄せる時点で落ちぶれたということだ、半蔵
「トイレだよ。ここで用を足すわけにもいかないだろ」
「…………」
バレバレな嘘だと思うがこんな理由くらいしか思いつかない。
「……そうか」
え? いいのか?
魔来名を見るがあいからわず目を瞑ったまま寝ているのか起きているのか分からない表情をしている。でも止めないということは行っていいということだ。
若干拍子抜けしつつも俺は部屋の外へと出た。背後を振り返ってみるが追いかけたり見張りに来る感じはない。
思ってたより甘いな。でもそういうことなら。
俺は建物の外へとそっと向かい出るなり全力で走り出した。
夜の町をひたすら走る。走る度に痛むのを無視して新都に向かった。うまく走れないのがもどかしい。
「はあ、はあ」
体全体が悲鳴を上げて仕方がなく立ち止まる。夜とはいえ走れば息も上がるし汗もかく。まだ新都からは離れているが魔来名のいる建物からはそれなりに離れることができた。さすがにここまでこれば大丈夫か?
無人の港町は不気味ではあるがさっさと抜けてしまおう。そしてみんなと合流すればこの状況だって変えられる。
俺は一度頷き、再び走ろうと力を入れた。
「どこまで行くつもりだ」
が、その声に出掛かった足が止まった。ゆっくりと振り返る。
「トイレは出て突き当たりを右だ。外に出て真っ直ぐじゃない」
「どうやって」
体は痛んでいたが全力で走っていたのに。もう追いついたのか?
魔来名はやれやれといった顔をしていたがその目が一気に鋭くなる。
「なぜ逃げる」
「当たり前だろ」
その質問を本気で言ってるなら正気を疑うぞ。
「あんたは俺の敵だろう。そんなやつのところにいられるか」
「ではお前が向かっている先はどうなんだ。仲間だという保証でもあるのか」
「あるさ」
俺は確信を込めて言った。
「町にはみんながいる。俺の友であり仲間が。そこにあんたを連れていくわけにはいかない。あんたの狙いは俺を人質にして町のみんなを倒すことだろ。そんなことは絶対にさせない!」
魔来名はスパーダの中で唯一セブンスソードに積極的な男だ。そんな男がみんなと会えば殺そうとするに決まっているしそこに俺がいればみんなの足を引っ張ってしまう。そんなんじゃ未来は変えられない。
みんなとした未来での約束を果たすためにも、俺は、ここで、この男を止めなくちゃならない。
俺はパーシヴァルを取り出し魔来名に向けた。
「お前の好きにはさせない、魔来名!」
体は痛むし傷だってまだ癒えていない。おまけに魔来名は強敵だ。普通に戦っても勝てる見込みは薄い。
だけど、だからって諦めてなんになる。こうなっては戦うしかない。
俺は諦めない意思とともにパーシヴァルの柄を握りしめた。
「そうか」
俺の言葉のあと魔来名は嘆息気につぶやいた。
「頑固と言うべきか、愚かと言うべきか。お前は本当に学習しないやつだ」
呆れているのがありありと顔に出ている。それもこいつなりの挑発なんだろう。首もとを片手で広げやれやれと顔を振っている。
「敵か味方か。そんなもの嫌というほど味わってきただろうに。もういい、なにも言うな。その抵抗がどれだけ無意味か教えてやる」
「やってみろ」
スパーダを構える。ここで負ければすべてが終わる。集中し、魔来名に全神経を注いだ。
魔来名の手に天黒魔が握られる。いつもの居合いの構えを取り、青い目が急に見開かれた。それと同時に走り出してくる。
間に合え! 魔来名の動きに合わせ俺もパーシヴァルを振るう。
く!
傷口から痛みが走る。満足に体が動かない。油断なんかなく俺ができる最速の一振りだった。
まずい。
だが、間に合わなかった。パーシヴァルの刀身が魔来名に当たるよりも前に魔来名は俺に接近していた。
斬られる!?
「があ!」
が、魔来名は俺を斬ることなく代わりに突き飛ばしていた。俺は地面に尻餅をつく。その直後金属同士がぶつかる音が聞こえてきた。
すぐに魔来名を見上げる。そこには天黒魔を抜刀した姿勢の魔来名と、俺の背後にいた管理人の姿だった。
「解せんな」
聞こえてきた声に背筋が凍った。
その声は聞き覚えがある。そもそもフード姿で顔を隠していたが誰だか分かった。
俺と同じくらいの体躯になにより地面には打ち落とされた投擲用のナイフ。それを使う管理人は一人しかいない。
「半蔵……」
投げナイフを得物とし、無数のナイフを扱う管理人。
「ほう」
フードを脱ぎ半蔵の顔が露わになる。墨の紋様が入ったスキンヘッドをした青年で精悍な表情は修行僧のようだ。一瞥されただけで全身に緊張が走る。
「どこでその名を聞いたのか興味深いかそれよりも憂慮すべきなのは君の行動の方だ、魔来名」
だが半蔵はすぐに目線を魔来名へと向けていた。
「なぜ彼をかばった。理由如何によっては君も処罰の対象にせざるをえんが?」
そうだ、それは俺にも分からない。
俺を庇った? エルターの時もそうだがわざわざなぜ俺を庇う? それほどまで俺に人質としての価値があると踏んでのことなのか? 俺ですら分からないんだ、管理人である半蔵はもっと分からないだろう。なぜなら魔来名は強い。単体なら間違いなく最強だ。そんな男がなぜ人質なんかにこだわる? 慎重なのか臆病なのか。でも魔来名にそんなものがあるか?
半蔵もそこは分かりかねているらしく珍しく質問している。
「君の体は特別だ。その器は七つの剣と魂を入れる本来の杯となっている。それを君に当てた我々の意図を察してもらいたい」
だがそんなもの魔来名はお構いなしだ。誰であれ不遜な態度を隠しもしない。
「ふん、お前たちの意図か。器を満たし聖杯とする。それこそがお前らの望む剣聖の復活なんだろうが、くだらん。新しい宗教でも起こすつもりか? そもそも一度死ぬような弱者を生き返らせてどうするつもりだ。再び土に還るだけだろう」
「…………」
「俺の知ったことではないな」
「意外だな。君はこの儀式に理解ある者だと思っていたが」
「お前の知らないところでいろいろあってな」
「では聞くが、今の君はなにを望んでいる?」
「やはりなにも知らんか」
「なに?」
気迫のある半蔵の顔だが眉間にしわが寄る。
「なにを聞かされて俺たちを受け入れたのか知らんが迂闊だったな。それかそれほどまでに信用できる筋からの贈り物だったのか? 俺の願いは最初から変わっていない。そして、そのためにはお前たちが邪魔となっただけだ」
「なるほど。誘い込まれたというわけか」
二人の会話を聞いていたが俺は半分も理解できていない。だが最後の意味だけは分かった。
俺の嘘を見抜いた上で外出させたのは管理人をあぶり出すためだったのか。そしてその管理人を狩るため。
でもなぜ? 魔来名はなんのために管理人を倒そうとしている? この男の目的はなんなんだ?
「残念だ魔来名。君には期待していたんだが」
「他人に期待を寄せる時点で落ちぶれたということだ、半蔵」
「以後気をつけよう。君へ期待はもうしない」
そう言うと半蔵の両手にナイフが握られる。指の間に挟まれた計八本のナイフが暗がりでも分かる。対して魔来名も天黒魔が持つ漆黒の刀身を持ち上げた。
両者が対峙する。今までの追及をしているだけの空気ががらりと変わり、戦場の空気が流れた。
「君に用はないがその体には価値がある。返してもらおうか」
「言われて返すと思うのか? 悠長な問答などしたところで時間の無駄だ。こい。お前も武人なら力を示せ」
魔来名が構える。半蔵も左手を前に出し反対の手を持ち上げた。左手で防御、右手でいつでも投擲できるよう構えている。見た目だけなら剣道の二刀流のようだ。
互いににらみ合いが続き機を読み合う。
そこで先に動いたのは半蔵だった。持ち上げていた腕が消えたかのように振り下ろされる。
風を切るような半蔵の投擲。さらに左手も動き交互にナイフを発射した。その連続投擲の速度は二丁拳銃を撃つのと変わらない。俺ではついていくのもできない。ましてや見切るなんて不可能だ。
それを魔来名は防いでいた。腰を落とし被弾面積を狭め、刀と鞘を使い全身をカバーする。わずかな動きで迫り来るナイフを受け止め地面へと落としていた。
半蔵の八本目を防ぎ終え魔来名は天黒魔を投げつけた。お返しと言わんばかりの投擲が半蔵に迫るがその手にはすでに新たなナイフが握られており片手で防がれてしまう。すぐにナイフを投擲しカウンターをするが魔来名は天黒魔を消すとすぐに手元に出しそのナイフを防いでみせた。