悪魔召喚師の教え
「ええ。もう一つですが」
そして、二つ目こそが今回の本題だ。
「この機に、なにかでかいことをするのではないか、ということです。前者はまだ調査中ですがこちらはかなり信憑性が高い。今回の件もそうですが陽動などよっぽどです。おそらく、近々大規模な悪魔召喚の儀式があります」
その言葉に河瀬はハンドルを握る手に力が入った。
「大規模な悪魔召喚儀式……。個人で行うものならともかく組織的な儀式なんて初めてですよね?」
河瀬が神野と組んでから数年は経つがそんなのは初めてだ。表面上は静かだが神野も興奮しているように見える。
「ええ。お祭りですよ。多くの人の人生が狂わされ、大切なものを奪われる。それは想像を絶するほどのスリリングとエキサイティングな体験になるでしょう」
そう言うと神野は体を前に傾け両手を合わせた。
「参加、したくはありませんか? 世界を変える、その中心に立つんですよ」
前傾姿勢からの問いかけはミラー越しに河瀬を見つめていた。まるで悪魔からの誘いのように、そこには妖しげな魅力と有無を言わせない強制力がある。
――神野が持つ犯罪に対する嗅覚は並外れたものがある。このベテランの悪魔召喚師はすでに目を付けていた。
これから先人類をすべて巻き込む大事件、その気配を嗅ぎ取っていたのだ。
故にこの男は興奮している。そんな彼は珍しく河瀬は小さく笑った。
「神野さんは前向きみたいですね」
「ええ、ぜひ参加してみたい。それがいったいどんなものなのか、今から胸がときめきますよ」
神野は姿勢を戻し窓から外の景色を眺めている。流れる木々を見つめ、その横顔はなにを考えているのか分からない。
「しかし、参加しようにも場所が分からないと難しいですね。手がかりでもあればいいのですが」
どれだけ希望していても招待状がなければ参加しようがない。故に河瀬は言うが、それはこの場では真面目過ぎた。
「河瀬さん。世界への解像度、と言って分かりますか?」
「?」
いきなりのことに河瀬は返事が出来ず暗に分からないと示す。
「世界への理解度と言った方が分かりやすいかもしれませんね。これを上げる方法が二つあります。一つは絵を描くこと。たとえばさきほどの男性、名前は……」
「ダバディ・スパンダムです」
「そう、彼の服のボタン、いくつか分かりますか?」
「……いえ、すみません」
「いえいえ、気にしないでください。いじわるな質問ですから」
河瀬も人を見ている方ではあるがそこまで詳細には見ていない。神野は穏やかに流し話を続ける。
「今見ている景色を絵にしてみるんです。すると今まで見逃してきた情報が多くあることに気づきます。そうして見てみると彼には指輪があること、襟はよれ、袖にはケチャップの汚れがあり、手首には火傷の跡があることが分かります」
気づかなかった。もしかしたら彼のでまかせの可能性もあるが、もし河瀬がちゃんと見ていれば見破れる嘘だ。そんな質の低い嘘を吐く男ではないので本当にそうなのだろう。
「そこから推測される情報として妻はいるが別居中、服には無頓着、食事は外食で昼食はバーガーショップでしょう。この辺りでバーガーショップはカップス通りしかありません。またそこには大規模な部品工場がありますが、彼の火傷の跡、これは成型したばかりの製品を掴む従業員によくある特徴です。手袋をしていても手首まではカバー出来ませんから。ですがこの工場は近々閉鎖するようですね。まさに絵に描いたような窮状だ」
全部当たっている。そのことは実際に調査した河瀬しか知らないこと。それを見ただけで分かったのであれば彼の観察眼と洞察力はずば抜けていることが伺える。
「まるでホームズですね」
「そこはモリアーティと呼ばれたいところですね」
神野はふふと小さく笑う。どうもまんざらではないらしい。
「ですが、今度はモリアーティ(そちら)寄りですよ。もう一つが犯罪を考えることです。いいですか、たとえば店に入った時、ここで強盗するならどうするか、それを考えるんです。防犯カメラの位置、店員の数、出口の数、逃走経路、そして金の居所。町を歩いている時も同じです。鞄を持っている人を見ればそれをどう奪うのか考えるんです。相手の体格や視線、周りの状況にも気を配らないといけません。気づかれないようにやるのか、強引に行くのか。それを考えれば平凡な町でもより多くのことが見えてきます」
平穏な町をただ歩いているならそれはただの町だ。だが犯罪をしようという目標を持って見れば新たな気づきを得るということ。
「なるほど。自分が認識している世界、それを別角度から見ることで違う側面が分かってくる。より世界について詳しくなれるので解像度、理解度が深まるということですね」
「ええ、その通りです。そしてこれは悪魔召喚師において必要なものです。この世界で長く生きていきたいならなおさらです」
「分かりました」




