よし。相棒、お前はやっぱりここにいろ。今回の悪魔はいつもと違う
悪魔に襲われ怪我をしたり大切な人を亡くしたりした人はこの時代珍しくない。むしろそれがほとんどだ。
でも、だからといって彼ら彼女らの傷が浅いものになるわけじゃない。誰だって辛く、悲しいんだ。とても。
「みんな懸命に生きていますよ。今ある生を少しでも長引かせようと協力したり励まし合ったりしています。そういう姿を見ると人って強いんだなって、思います」
「ああ。俺もそう思う」
どんな絶望的な状況でも生を投げ出さず大切な人と一緒に最後まで過ごす。たとえ一人では駄目だったとしても誰かとなら支えていける。人間にはそうした強さがある。かつて香織と一緒に過ごしていた日々を思い出す。ここにいる人たちもそうやって生きているんだな。
「けれど、この世界にはあまりにも希望がありません」
ただ、それで状況が好転するわけではない。
彼女は寂れた表情を浮かべていた。視線の先に広がる人々の営みを悔しそうに、同時に空しそうに見つめている。
どれだけ必死に生きて諦めなかったとしても、いずれくる破滅から逃れることはできない。終わるがくるのを知っていながらそれを先延ばしにしているだけでしかない。
人は強い。でも、現実は残酷だ。
彼女が俺に振り返る。その目は力強く、俺に願いを託してきた。
「聖治さん。私たちは生きることを諦めたから過去を変えたいんじゃないんです。生きる希望があるから変えたいんです。こんな世界を変えられるなら、私は変えたい。誰も襲われない、誰も亡くならない世界になれる可能性があるならそれに賭けたい。ううん、それに賭けるしかないんです。だからこのことに君が責任を感じることはありません。むしろ私たちの願いを押しつけてしまい申し訳です。私にできることならなんでもするんですけど、あいにく差し上げられるものなんてなにもなくて」
「いいよ、そんなの」
百パーセント善意に満ちた笑顔を向けられ俺はちょっと固い笑みを浮かべる。
生きる希望があるから過去を変えたい、か。そうだよな、これは決して逃げてるわけじゃない。今を変えてやるんだっていう前進なんだ。
「約束する。世界を変える。こうなる前になんとかするって」
「はい、お願いしますね」
彼女の柔らかい笑顔に俺は強く頷く。この世界に生きる人たちの願いを受け継ぐのだと胸が熱くなった。
そのときだった。別の戦闘服を来た人が大慌てで俺たちのところへとやってきた。
「すぐに司令部へ来てください」
「なにがあったんですか?」
「詳細は中で。早く」
大変なことが起こった雰囲気に急かされ俺たちは司令部へと走った。
扉を開ければさきほどとは打って変わって騒然としていた。慌ただしく作業をする人たちの中央には星都がおり大声で指示を飛ばしていた。
「どうかしたのか?」
俺は星都のもとへと近づいた。
「襲撃だ」
「襲撃?」
なんで? この場所がバレたのか?
「規模は?」
「正確には分かってないがかなり大きい。ここが本部だと分かってるな。悪魔どもが大挙してこっちに来てると連絡が来てる」
「そんな」
「日向ちゃんは?」
「それがさきほど連絡が途絶えた」
「くそ!」
まさか日向ちゃんも襲われたのか? パーシヴァルがなければ過去に戻れないぞ。
「戦闘配置だ! 防衛体制を取って迎撃しろ。市民を奥に避難させるんだ!」
「はい!」
星都の指示にここにいるみんなが返事をする。
「星都、俺はどうすればいい!?」
この緊急事態になにかできるわけじゃないが邪魔にならないようにしないと。
「下手に動いても仕方がねえ。それに日向がくたばったって決まったわけじゃねえんだ。お前も避難してろ。おい、そのまま聖治の保護を頼む」
「了解です!」
女の子が頷く。
「聖治さん、こっちです」
女の子はアサルトライフルを取ると司令部の扉を開けた。俺も一緒に出ようとするがちょうど外から人が入ってきた。
「指令! 防御壁突破されました!」
「なに!?」
男の報告に司令部内が静まりかえった。
「早すぎる、なにがあった!?」
「それが扉をすり抜けてきて」
「すり抜けるだと?」
不穏な空気が一気に広がる。なにが起こっているのか分からないがやばいことだけは肌で分かる。
「くそ、広場で迎え撃つしかないか。避難は?」
「まだ少しかかします」
「急がせろ! 相棒、お前はやっぱりここにいろ。今回の悪魔はいつもと違う」
星都の指示に頷く。緊張して体が固い。集中しているのに分からないことだらけでなにも考えられない。言われたことに集中するだけだ。
「出るぞ、ここで食い止めるんだ」
星都はエンデュラスを出し他の人たちも武器を取って広場へと出て行く。
「聖治さんは奥へ。扉から離れていてください」
これから広場で戦いになる。なにが起こるか分からない。もしかしたら扉が吹き飛ばされて巻き込まれるかも。
でも。
「なあ、俺も覗いていいかな?」
彼女に頼み込んでいた。彼女はすぐに否定的な顔をしたが外にいるのは俺の親友なんだ。
「どうしても気になるんだ」
「……分かりました」
俺は彼女の隣に並んだ。司令部の扉にものぞき穴があり蓋を開けて外を覗く。
広場では戦闘態勢が敷かれ扉を囲うように扇状に展開していた。いつ来るか分からない敵に備え全員が銃を持っている。その最前線に星都が立ち扉をまっすぐに見つめていた。
「さっき、扉をすり抜けてきたって言ってたよな? それなら一気に敵が押し寄せるんじゃないか?」
ざっと見渡した限り配置されている数は三十人くらいだ。全員武装しているとはいえ雪崩のように押し寄せられたらひとたまりもない。
「さきほどの報告ではこっちに今向かっているのは一部だけのようですから数自体はそんなに」
「先遣隊ってやつか」
「はい。でももたもたしていたら本隊が到着します」
その間に日向ちゃんがパーシヴァルを持って来てくれないとアウトか。
頼む、間に合ってくれ。ここで俺が死んで失敗してしまったら本当に人類はおしまいだ。星都たちの努力やここにいるみんなの願いも無駄になってしまう。
早く。早く来てくれ!
その時だった。
コツン、コツンと足音が扉越しに聞こえてくる。瞬時に全員が銃を構えた。一歩一歩、まるで余裕すら感じられる歩調で近づいてくる。日向ちゃんじゃない。音が徐々に大きくなり、俺はつばを飲み込んだ。
敵が、ついに来たんだ。
足音は扉の前まで来ると止みこの場は静寂に包まれた。緊張感が最大まで張りつめて心臓がバクバク鳴っているのが自分でも分かる。
静けさが重い。
瞬間だった。扉の前の空間に黒いシミのようなもやが現れた。それは広がっていき人一人分の大きさになると奥から一人の女性が現れた。
赤い髪をした女性だった。腰まで伸びるストレートは滑らかで肌は白く、胸元を強調し露出の高い赤いボディスーツを着ている。
なにより、彼女の背中にはコウモリのような翼が広がっていた。彼女はなにも喋らず、氷のような瞳が戦場を見つめている。
その姿は妖艶だった。でもそれ以上に冷たい。心を凍てつかせ芯まで凍ったような。表情は無感情なのに目だけがかすかな殺意を湛えている。
これが悪魔? 俺が知っているのとは全然違う。
「撃てぇ!」
星都の号令を合図に銃声が鳴り響いた。三十近くになる銃口が彼女をとらえ一斉に発射される。一人に対してそれは明らかなオーバーキルだ。
だが、銃弾が彼女に当たる直前、空間には黒いシミのような空間が現れ銃弾はそこへ飲み込まれていた。銃弾が彼女に迫る度黒い空間が現れては消えていく。まるで湖に雨が降っている時の水面のようだ。次々に波紋が現れては消えていく。銃弾が一斉に彼女に放たれるがすべて当たる前に黒い世界へと消えていった。
「止めぇ!」
これでは続けていても弾薬の無駄だ。耳をつんざくほどの銃声が止み静けさが戻る。
どうするべきか。銃弾が利かないなら星都のエンデュラスで切りかかるべきか? だがそれで星都まであの黒い空間に飲み込まれてしまったらお仕舞いだ。
次の一手を考える。だが次に動いたのは相手の方だった。
彼女が片手を横に切る。すると彼女の背後に巨大な黒い空間が現れそこから新たに四体の悪魔が現れたのだ。
一体は三十センチほどの翼の生えた女の子。
一体は一メートルにも満たない小人。
一体は全身が緑色の鱗で覆われ尻尾がある仮面の男。
一体は三頭を持つ巨大な犬。
ここまでにある防御壁や扉をすり抜けて、彼女は仲間を召喚したのだ。




