影に潜む者
前章
未来で起きる人類滅亡を回避するために投じられた卵、セブンスソード、その殻から孵化したスパーダたち。人類を救うという大正義を成すため異能剣士は現代に集まった。
ならば、その敵とはなんなのか。人類を破滅に導く巨悪の正体、大惨事を引き起こすものとはなんなのか。
これから語られるのは、世界の裏側。
未来を賭けた戦い、その出来事の連体を物語だとするなら知るべきだ、主役は知れた。ならば次は悪役、そして端役を。
故にこれは序章ではなく前章。始まりの前のもの。
破滅の足音、それは静かに、しかしゆっくりと忍び寄っていた。
*
人生においての絶望の淵とはなんなのか、それを知った時にはもう遅い。
それはたいてい崖から足を滑らせて落ちる、その刹那に過る後悔だから。
電気の通っていない廃墟。もう捨てられて久しい廃ホテルの一室は異様な雰囲気に包まれている。部屋は荒れており窓から差す月光が舞い上がる埃を照らし出す中で、描かれた赤い魔法陣の中で男がうずくまっていた。
白人の、中年の男性は床を見つめるだけで顔をぴくりとも動かさない。部屋の壁際、影に潜み蠢く怪物を知らないために。
これを刺激しない。動かない。見ない、それが彼に出来る唯一の生存戦略だった。
「ダバディさん、残念ですがあなたはここまでです」
「ッ」
その宣告に、男の体が震えた。
ここはもう人の住む世界ではない、裏側にある闇の部分。そこにいるのは怪物か生贄、そうでなければ――悪魔のような人間だ。
男、ダバディに掛けられた声は優し気に、それこそ紳士のような柔らかな声で絶望を告げていた。
「ま、待て、話が違うじゃないかッ。あんたに協力すれば、俺も悪魔召喚師になれるって。なんでも出来るって、あんたは言ったじゃないか!」
「ええ、その通りです。現にあなたは悪魔を召喚出来ました。おめでとうございます。しかし、その後のあなたがどうなるかまでは聞かれませんでしたので」
卑怯だ。胸中で何度もつぶやく。
けれど悪魔は考慮しない。不注意によって崖から足を滑らせた、その不注意の一点で悪魔の理論は完成している。
「なぜ今あなたがこうなっているのか、それはあなたがそれだけの器だったからですよ。私は思うんです、人間には分不相応というものがあると」
悪魔のようなその人物は生贄を見ておらず、理屈を語る。
「たとえば宝くじが当たったけれどその後不幸になった人、というのがいるじゃないですか。本来大金とはその人の努力や才覚で手にするものです。それを運だけで得た者は金の使い方も群がる人の扱い方も分からず自滅する。要は器ではなかったわけです。あなたにとって、悪魔とは幻の大金だったわけですね」
そして、声は結論を告げた。あなたは器ではなかった、だからここで滅びると。
「頼む、助けてくれ! お願いだ、なんでもする!」
この男を説得するのは不可能だ。ダバディィが助かるにはこの男に頼るしかない。皮肉にも、自分を利用して、追い詰めて、ボロ雑巾のように捨てようとしているこの男に。
「残念ですが私も時間があまりないので。ここでお別れとしましょう」
けれど、そんな男が救うはずもなく。
床の魔法陣が光り出す。男は逃げ出そうとするも肉体から魂が剥がされると魔法陣へと吸い込まれてしまう。
「うあああああ!」
最後に悲鳴だけを上げて、男は気絶したように床に倒れた。
その一部始終を、この夜は残酷に、冷酷に、見下ろしているだけだった。
「河瀬さん、あなたは彼をどう思いましたか?」
「どう、ですか?」
この部屋には今しがた亡くなったダバディとは別に二人の男性が立っている。
河瀬と呼ばれた男は日本人のまだ三十代、ビジネススーツを着たその姿は真面目な印象を持つ。整った黒髪も相まってサラリーマンのようだ。ダバディが逃げ出さないか扉の前に立っていた彼は不意の質問に口ごもる。
「なぜ、浅ましい者ほど一発逆転を狙うのか。それほどの才がないから窮しているのにそれが分からない。ですがそこにヒントがあります。いいですか河瀬さん、人を操る方法はいろいろありますがこの一発逆転というのが彼らにとって最大の餌になるんです。私たちはそれを上手く利用することです。あなたも悪魔召喚師を目指すなら、覚えておいてください」
それはアドバイス。まだ見習いである彼へ向けて。
仕える者からの助言に河瀬は頷いた。
「はい、神野さん」
もしよければブックマーク、いいね、感想をもらえるととても嬉しいです。よろしくお願いします。




