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【書籍化決定】セブンスソード  作者: 奏 せいや
断章③
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一人っきりの旅


 聖治は旅をしていた、香織と二人きり。ロストスパーダを探し出すという旅を。

 しかし香織は悪魔に襲われ意識を失った。胸から流れる血はまるで命の砂時計のよう。


 そのため彼女の流血はエンデュラスの時間操作で停止し聖治は一人旅を続けていた。傷はこれで悪化しないが同時に彼女は目を覚ますことがなくなった。


 聖治は香織を守りながら、悪魔を倒し、シンクロスの反応を頼りに歩き続ける。それによりついにたどり着いた。


 魔卿騎士団の施設。その地下には大規模な装置がありホムンクルスが入ったカプセルがある。その一つに香織の魂を移しもう一つには自分の魂を半分だけ入れた。

 魂が入るとホムンクルスはそれに合わせて変形していく。あとはこの二つを過去に送るだけだ。


 カプセルに手を当てる。自分と瓜二つの姿をした分身がそこにはある。


「香織を、頼んだぞ」


 向こうに自分は行けない。香織を守れるのは分身の彼の役目だ。彼女のことはもう一人の自分に託すしかない。


 次に香織のいるカプセルを撫でる。傷一つない新しい体。目の前にいるのに触れることも言葉を交わすことも出来ない。けれど生きている。それでいい。遠い場所に行くことになってしまうとしても生きてくれているだけで。


「じゃあな……また会えるさ」


 聖治は二人から離れると装置を作動させていく。カプセルは巨大な光に包まれていき強風が巻き起こった後消えていた。


 同時に装置は役目を終えたように停止する。もう動くことはないだろう。


 二人は行った。消えた場所を祈るように見つめる。過去からロストスパーダを持ち帰るという人類の未来は彼ら二人に任された。あとは信じて帰りを待つしかない。


 その間、聖治は現代ここでやることがある。


 背後を振り返る。そこにはエンデュラスで保存されている香織の肉体が壁にもたれて座っていた。魂のない抜け殻。だけどこれこそ彼女の本体であり戻るべき器だ。

 二人が帰ってくる間、聖治はこれを守らないといけない。


 戻って来たときに、ちゃんと元の体に戻れるように。


 聖治は施設を後にし自分たちの居場所を探しに行った。


「ここかな」


 そうして見つけた建物で立ち止まる。廃墟となってしまったビルの前、外見はぼろぼろだが雨風は防げる。


 聖治は香織をグランで浮かせたまま中へと入っていく。階段をいくつか上がり目についた部屋へと入ってみると、以前は会議室として使われていたであろうホワイトボードや机、椅子があった。しかし机に関しては潰れており椅子も使い物にならない。物は散乱し荒れ果てている。


 聖治は部屋の一番奥まで進むとグランを弱めた。


「香織、下ろすぞ」


 彼女を床に下ろし壁にもたれさせる。顔や手足はぐったりとしておりピンクの髪が流れる。慎重に彼女を置き近くではエンデュラスが水色の刀身を輝かせていた。


「しばらくはここに身を隠そう。近くにスーパーがあってさ、中にまだ缶詰とかあったんだ。あれは宝の山だぞ。さすがにスーパーを戦場にするわけにはいかないからな、寝泊りはここだ」


 拠点として申し分ない。しばらくはここでいいだろう。聖治は室内を見渡しそう思うがふと彼女に視線を戻した。


「ん? 殺風景か? 俺はあんまり気にしないけど……。わーった、分かったよ、考えとく」


 そうと決まればまずは片付けだ、それから必要なものを見つけて持ってくるとしよう。

 これからここで暮らしていくことになる。だけどずっとじゃない。


「なに、俺たちが今頑張ってる。しばらくの辛抱さ」


 それから香織と一緒に新居での生活が始まった。


 はじめはボロボロだった室内も物を片付け掃除をしていく。それから最初に香織用の椅子を持ってきてそこに彼女を座らせた。自分も寝泊りするのでベッドを運び棚なんかも持ってきて綺麗なビンや小物などを飾っていく。最初は廃墟同然だった部屋も香織を中心としてきれいに変わっていく。


 そうして二人の時間は過ぎていった。


 それから。窓の外では雪が降っている。ゆらゆらと零れる白い煌めき。そんな中聖治は部屋の扉を開ける。服装は赤で統一され白い袋を肩に抱えていた。


「ジングルベ~ル、ジングルベール、鈴が~鳴る~」


 今日はクリスマス。スーパーにあったサンタの衣装に着替え白いひげも付けた本格仕様で聖治は登場していた。


「メリ~クリスマース! フォッフォッフォ、今年もいい子にしてた子はいるかな~?」


 芝居がかった仕草で部屋を見渡していく。


「おー、いたいた」


 そこには椅子に座ったままの香織が眠っており顔を横に倒している。彼女の前で膝を着き白い袋を下ろした。


「君にはなにがいいかな? これかな? それとも、これかな~?」


 袋に手を突っ込みおもちゃがたくさんあるフリをし、そこからあるものを取り出した。


「それじゃあ、君にはこのテディベアをプレゼントしよう。これで一人でも寂しくないだろ。……ん? 大丈夫だって。俺が香織を見捨てるわけないだろ。悪かったって、不安にさせちゃったよな」


 袋から取り出した大きなテディベアを彼女の膝上に置く。倒れないように彼女の腕で固定した。


「これからは一人でも寂しくないように、って思ってさ。……え? 一つじゃ足りない? 分かったよ。それならこれからクリスマスにはぬいぐるみを持ってくるよ。よし、そうしよう。だから来年もいい子にしてるんだぞ?」


 そう言って彼女の髪に触れた。手の甲でゆっくりと、彼女を倒さないように優しく撫でていく。


 彼女はなにも言わない。なんの反応も示さない。でもそれでいい。ここにいるだけで。

 自分は一人じゃないと思えるから。


 だけど。


「たまには、喋ってもいいんだぞ?」


 やはり、寂しさはある。一人きりの会話、無理に作ったテンション、格好だけのクリスマス。


 そんなの気休めだ。ただ彼女と一緒にいる幻想を見たいというだけの。

 正直に言えば、やはり寂しい。


 けれど仕方がない。彼女が生きているだけで良しとしなければ。死ぬことに比べれば今でも十分幸せだ。

 聖治は笑い立ち上がった。


「メリークリスマ~ス。フォッフォッフォ」


 そうして部屋から出て行った。


 この部屋最初の冬、雪が降り積もり冷たい雲が世界を覆っていく。それでも彼は一人じゃない。


 それから時間が経った。


 はじめは荒れ果てた会議室だったそこは今や立派な一室に変わっている。香織の膝上にはテディベアが置かれその他にも三つのテディベアが足元に並んでいる。最初の頃とは見違えるほどきれいになった。ここで過ごしてきた時間がこの部屋そのものだ。


 そこに新たな一ページが刻まれる。


 扉が開く。現れたのは聖治だ。その服装はタキシードであり慣れない服装に肩を回している。その姿は少しだけ成長し少年だった時の幼さは薄くなりより男前になっている。聖治は香織を見ると姿勢を正し息を整えた。


 意を決める。彼女に近づき片膝をついた。


「香織。早いもので俺たちも成人だ。あっという間だな。ほんとさ」


 これまでのことを振り返る。この部屋に住み着いて四年。その間ずっと聖治は香織を守っていた。


「香織には、ずっとそばにいて欲しい。これから先も。それで、さ」


 それは今だけじゃない。これから先も。


 話していく中で一拍の間を置く。次の言葉を言うのに勇気を込める。

 意を決めて、彼女の顔を見た。


「俺と、結婚してくれないか?」


 そう言って聖治は小さなケースを取り出した。蓋を開けるとそこには結婚指輪が入っている。


「必ず幸せにする。これから先、病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しき時も。愛してる。香織」


 その目つきは真剣だ。本当に愛の誓いを立てて彼女を一生幸せにしようと誓っている。


 その表情がふっと笑い、指輪を取り出した。それを彼女の指へと入れていく。彼女の細い指にそれは収まり小さく輝いた。


「サイズはピッタリだな……。良かった。実はこれで失敗したらどうしようかと思ってたんだ。ほら、指で掴んだだけでそのままスーパーに行って確認したからさ、もしかしたらズレてるかと思って。はは」


 恥ずかしそうに顔を逸らす。その顔が再び香織を見つめ真剣になる。その顔をゆっくりと近づけた。距離がみるみると縮まり、二人の顔が重ねる。


 その直前、聖治は動きを止めた。唇は触れていない。聖治は顔を引き苦笑いを浮かべる。


「誓いのキスは……目が覚めてからだよな」


 本人の意識がないところでキスは出来ない。寸前のところで押し留まり聖治は香織を見る。


「これからもずっと一緒だ、香織。誓うよ」


 聖治は結婚指輪を嵌めた香織の手に自分の手を重ねる。そこには同じ指輪が輝いていた。

 二人の時間。それは違う。片方は止まり、片や進み続ける。食い違う時間の中で聖治は一人生きていく。


 彼女を救う。その未来のために。


 それから時間が経った。ぬいぐるみは十個に増えていた。この時にはテディベアだけでなくリスやイルカのぬいぐるみも置いてある。


 扉が開く。聖治が入室してくるがその表情は暗い。今にも泣きそうでベッドに腰を下ろし頭を下げる。無言が続くが、しばらくして話し出した。


「今日、人に会ったんだ」


 電気の通っていない暗い部屋に彼の独り言が響く。


「何年ぶりにさ。もう、見た時は飛び跳ねるほど嬉しかったよ。ほんと、出会えただけでめちゃくちゃ嬉しかったんだ。久しぶりに人と話しが出来るって」


 聖治は話していくが、次第に嗚咽が混じり頬には涙が零れていく。


「でも、そいつらは……人狩りだったんだ! 俺を見つけるなり銃を撃ってきて。せっかく出会えたのに。それがあんな連中なんて。あんな! それで、俺はッあいつらを……人間を!」


 声が震えている。流れる涙は止まらない。むしろ勢いを増していく。


「なんで、なんでだよ……なんでぇ!」


 自分の境遇を、世界の理不尽を。呪っても憎んでも足りないくらい、彼の心は傷ついていた。


「なあ、香織」


 聖治は立ち上がり香織の前に立つ。彼女の肩に両手を置き軽く揺すった。


「なあ? なにか喋ってくれよ。頼む、一言でいい。お願いだ、香織」


 懇願する。涙を流して。彼女の体を揺らしていく。けれど彼女は目を覚まさない。


「う、うう」


 ずっと眠ったままだ。


「なにか言ってくれよ、香織……」


 聖治は失意に溺れ、彼女の隣に座り込む。その間小さく彼女の肩を揺らし続けていた。

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