訪問
空が夕暮れに染まり始めた頃、俺たちはマンションの前に来ていた。広場を構えた高層マンション。街灯に電気が点き始め俺たち四人の影が地面に伸びる。
「はあー。同じ高校生だってのにこんな場所に住んでんのか? それに二人暮らしだってんだろ? なんか釈然としねえなー」
「こういうやつに限って自分で稼いだわけでもないのに金持ちアピールしてきそう、だろ?」
「そうそう! 分かってるじゃねえか相棒」
「お前が以前言ってたんだよ」
世界が変わってもこいつの性格は変わらないな。ちなみに以前の世界では相棒呼びだったことを伝えたら早速変える対応力の高さも相変わらずだ。なんだか尊敬しそうになる。
「それで聖治君、誘うってことだけど、このまま正面から行くの?」
香織からの質問に少しだけ考える。俺は下げていた顔を上げ三人に振り返った。
「ああ。正面から行って、二人と話をつけてくる。でも、それは俺一人だけだ。みんなはここで待っていてくれ」
「聖治君、でもそれは」
「おいおい、大丈夫かよ」
「聖治君、ほんとうにそれでいいのぉ?」
「大丈夫さ、必ずうまくいく。仮にうまくいかなくても不意は打たれないさ。信じてくれ」
みんなから心配されるが俺は自信を滲ませる。二人とは初対面だが赤の他人じゃないんだ。やりようはある。
「香織も。そんな心配そうな顔するな。な?」
「……うん。分かった」
香織も不安がっていたがなんとか説得する。
「それじゃあ、行ってくる」
俺は三人を広場に残しマンションロビーに入った。一応部屋の番号を確認するが前の世界と同じ部屋に安神の名前はあった。俺はインターホンの前に立つ。
以前はここで交渉をして、エレベーターの中で不意打ちを受けた。またあの悲劇が繰り広げられる可能性はゼロじゃない。
もうあんなことは起こせない。それなら同じことをなぞるようにするのは得策じゃないのは分かっている。
だけど。
俺はインターホンのボタンを押した。
二人を前にして、逃げるやり方やだまし討ちのような真似はしたくない。正面から堂々と、誠実に行きたいんだ。
「はい、なんでしょうか」
スピーカーから女の子の声が聞こえてくる。この声は、
「此方か?」
クールな口調で少し棘を感じるこの声は間違いない、姉の此方の方だ。
「はい、そうですけど。誰?」
つい最初からタメ口で話してしまったが相手からすれば知らない相手だ、最後の言い方に警戒の色が強く出ている。しまったとも思ったがこのままいこうと決めた。
「俺の名前は剣島聖治。スパーダだ」
スピーカーの向こうから息を飲む気配が伝わってきた。
「話を聞いてくれ。俺は戦いに来たわけじゃない。停戦と協力を求めて来たんだ。戦う意思も、危害を加える気もない」
此方は前の世界でも警戒していた。今も俺がスパーダだと知って警戒しているはずだ。
でも。セブンスソードの不安と恐怖。前の時はそれを取り除けると思っていた。でも、いきなり人を信じるって難しいことなんだよな。守る存在がいるならなおさら。
「……分かってる。そうは言っても不安だよな。本当はセブンスソードをやるつもりで嘘を言っているのかもしれない。そうだとしたら自分だけじゃない、大切な人も殺されるかもしれない。そう考えたら信じることなんて出来ない、だろ?」
「どうして……」
「分かるさ。俺も同じだからだ」
大切な人を守る覚悟。それを堅実なものとするためにそれ以外の余計を捨てる。それは一見正しく思えるけども、そこにも大切なものがあることを忘れてはならない。
「俺も、お前と同じスパーダなんだよ。セブンスソードなんてわけの分からない馬鹿馬鹿しい儀式に利用されて頭にきてる。なにより許せないのは、自分よりも大切な人まで危険に晒されているってことだ! そうだろう!?」
此方を説得させるための言葉は、いつしか俺の言葉になっていた。でも、気持ちは同じはずだ。
「怖いさ。殺されるのは怖い。殺し合いなんて考えただけで体が震えるさ。でもここで逃げ出したら大切な人が危険になる。置いて行くなんてできない。だから戦うしかない。そう思ってるかもしれない。そうだな、それも正しいのかもしれない。誰かを守るって覚悟を決めたなら、それ以外のことまで構ってなんていられないもんな。覚悟を決めたなら、あとはその道を突き進むのみだって躍起にだってなる。でも違うんだ。視野を狭めた考えに縛られて可能性を捨ててしまったら、最善も最高の未来も手に出来ない。大切な人だけを守るなんて、良くて二番か三番の未来だろ? そんな滑り止めみたいな未来にしがみついてどうするんだ。みんなで生き残る、殺し合うことなく全員でこのセブンスソードを脱出する。それこそが最高の展開だろ? だから俺は信じるよ、その可能性を捨てていないからだ。そのためには、此方、お前の協力がいる」
どうか伝わってくれ。祈るように言葉を送ることしか出来ない。
「広場には他に三人いる。此方と君の妹も加わってくれれば六人になる。まずは俺一人が向かう。何度も言うが戦う気なんてない。信じてくれ。俺も、信じてるから」
それで会話は終わった。此方はなにも言わずスピーカーが切られる。俺は待つことにした。
すると自動扉が開かれた。俺は足を踏み入れ進んでいく。
此方は扉を開いてくれた。それは俺を信じてくれたということだろうか。
俺は突き当たり、エレベーターと階段の入り口へと着いた。此方の部屋にはどちらからでも行ける。
「…………」
俺は少し悩んだが、エレベーターで行くことにした。階段でもよかったんだが、それだと彼女を疑うようで自分に矛盾を感じてしまうから止めた。
エレベーターに乗り込みボタンを押す。扉が閉まり鉄の箱が動き始めた。
エレベーターの駆動音だけが静かに聞こえてくる。その間胸の中では不安と期待が揺れ動き、身動きしないが内心ではどきどきとしていた。このまま無事にいってくれ。そう思わずにはいられない。
その時だった。
「ぐ!」
急に体が重くなり膝から崩れ落ちる。体力が穴の開いたペットボトルのようにみるみると抜け落ち立ち上がることすらできなくなる。
エレベーターが止まり扉が開く頃には俺はうつ伏せに倒れていた。
くそ。無理だったのか。
信じて欲しかった。彼女の不安や恐怖を今度こそ取り除いて、一緒に戦いたかった。彼女の理解者として隣に立ちたかったのに。
俺はエレベーターから廊下へ這い出る。腕を動かすだけなのに重石でも背負っているように体が重い。息が荒くなる。
その荒い息に混じって廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。
なんとか顔を上げる。そこには此方が立っていた。その顔は複雑な表情を浮かべていた。俺を不意打ちしたことへの後ろめたさか、それでも大切な人を守るためにしなければならないという覚悟か、ありたいていに言えば迷っている、苦悩しているという顔をしていた。
「お前に、信じてもうらめには、どうすればいいんだ……?」
息きれぎれに聞いてみる。
「私は……」
此方は今にも泣きそうな顔で食いしばっている。そのままカリギュラを持ち上げた。
「私だって、本当は信じたいわよ。でも、それでもしもがあったら? セブンスソードは殺し合い。分かるでしょ、誰も信じられないのよ」
決別を示すように赤い刀身が頭上に掲げられる。
「滑り止めなんて言わないでよ! あの子が無事なら、私は」
だけど、彼女の内情を映し出すように、その手は震え剣先も震えていた。
「それで十分なのよ!」
言葉では決意を口にしているのに、心の中では辛いんだって伝わってくる。
「ごめん。でも」
だからなんだろうな。
「私はこのセブンスソードを戦う。あの子を守るんだって、そう決めたのよ」
やっぱり、こいつは恨めないわ。
「そうかよ。この、頑固女が。後悔しても知らないぞ」
「命乞いしても無駄よ。……ごめん」
会話は終わった。俺がどれだけ言葉を選び送り出そうと此方の決意という名の壁は越えれない。彼女の心を変えることはできない。悔しいけど、一方でこいつらしいなと思う。
そんな俺に、此方はカリギュラを振り下ろしてきた。最後まで震えた指で刀身が俺に迫る。
だが、俺はパーシヴァルを空間に出しそれを防いだ。
「く!」
空間に突如現れたパーシヴァルに此方が驚いている。
剣を握る体力がなくてもスパーダを操るだけなら出来る。それでも全力で振り下ろされていたら弾かれていたかもしれないが、そんな震えた手じゃ力も入らない。
俺は此方の攻撃を防いだ後、ありったけの息を吸い込んだ。
俺が助かるにはこれしかない。そこにすべての願いを込めて、俺は叫んでいた。
「日向ちゃぁああん! 君のお姉ちゃんが人を殺そうとしているぞぉおおお!」
「な!?」
廊下中に俺の声が響き渡る。此方の動きが止まった。しばらくすると一枚の扉が勢いよく開けられた。
そこから出てきたのは、彼女の妹の日向ちゃんだった。
「お姉ちゃん!? なにしてるの!?」
「日向、これは……」
彼女の登場に此方が動揺している。
やっぱり日向ちゃんには隠していたか。これまでの世界で日向ちゃんが敵ならいざ知らず協力を求めてきている相手を返り討ちにしようとは思えないし、仮にそうなら自分も姉と一緒に出てくるはずだ。それがないということは此方の独断の公算大だと踏んでいたが、どうやら当たっていたようだ。
「お姉ちゃん、これは。うッ」
「あ!」
日向ちゃんが出てきたことで此方は慌ててカリギュラを停止した。それにより体力の減衰がなくなる。
「お姉ちゃん、これはどういうこと? なんでこんなことしたの? それに私に相談もしてくれないなんて」
「それは、その……」
俺を切りつけている場面を日向ちゃんに見られ焦っている。カリギュラを出していたんだ、言い逃れもできない。
「くくく。ざまあみろシスコン女。大好きな妹に汚れ現場見られてどんな気持ちだよ?」
「きさまぁ」
「お姉ちゃん待って!」
俺に振り返る此方だが急いで日向ちゃんが止めてくれる。
俺は床に手をつき起き上がった。
「日向ちゃんは優しくて頼りになるよ。それに比べてお前は。猪突猛進なんだからよ」
「なによ、あんたが私のなにが分かるって?」
「分かるよ。お前が、どれだけ日向ちゃんを大事に思ってるか。そして、本当はセブンスソードをとても恐れてるってこともな」
「な、に」
「お姉ちゃん」
「私はそんなこと思ってない!」
「強がるなよ。誰だって死ぬのは怖い。誰だってな」
そう、こんなツンケンしている此方だって心の底では恐れている。それを隠して強がっているだけだ。
誰だって死ぬのは怖い。そんなの、当たり前のことなんだ。
「二人は俺と初対面だろうが、俺は二人のことをよく知っているよ。そのことも含めて説明するから、棚から二番目の引き出しにある紅茶を出してくれないか。あと、チョコ菓子はたけのこの秘境に決まってるだろ」