断罪
重力が元に戻る。
「はあ……はあ……」
一気に重力から解放されたのと疲労感からもう立っているだけで精一杯だ。足下がふらつく。それを気力でなんとか支えた。カリギュラはすでに止めている。それで浸食するカリギュラは引いていき手も元通りとなっていた。
「く」
満身創痍だ。額は汗でびっしょりで、カリギュラのせいで精神的にもきつい。風が吹くだけで倒れそうだ。
それでも。
俺はパーシヴァルと撃鉄を回収した。ふらつく足取りで歩き出す。
ようやく、ようやく終わったんだ。今の俺はスパーダが四本もある。もう負けることはない。実質セブンスソードに勝ったんだ。
「は、はは」
苦しい。だけど笑みがこぼれる。
「終わった」
この旅も、ようやく終わる。
「勝ったんだ」
ゴールに、たどり着いた。
俺は立ち止まり、手を差し出した。
「行こう、香織」
香織は四つん這いの状態だった。まだ重力で押されていた影響が残っているのか立ち上がろうとしない。ずっと下を見つめていた。俺は手を差し出したまま彼女が起きあがるのを待った。
「どうして……」
「?」
が、香織に起き上がる気配はなく、代わりにぽつりとつぶやく。その後勢いよく顔を上げた。
「どうして!? なんでこんなことをしたの!?」
「どうしてって」
きつい目つきが俺を貫く。その目は涙ぐんでいた。
「私たちは協力したいだけだった。一緒にこの儀式を生き延びたいって、それだけだったのに。なのにどうして? なんで殺し合うことを選んだの!?」
「それは」
俺に向けられるのは感謝でも笑顔でもなく、詰問だった。
「……無理だったからだ」
彼女の問いにぽつりと言葉が漏れる。それがスイッチだったように記憶と一緒に感情までも溢れてくる。
「無理だったんだよ。何度やっても誰かが死ぬ。逃げることも出来ない」
最初は枯れた木の葉のような心境だったのに、火がつけばすぐに炎上する。
「だから! 俺は!」
それからはもう、止めようがなかった。
「お前だけは助けようと、それで戦ったんだ! 俺だってこんなことしたくなかったさ! 此方も、日向ちゃんも、星都も力也も、みんな! ほんとうはみんなと一緒にッ」
感情が爆発して涙がこぼれる。手だって震えた。息が詰まる。もう、自分の体が壊れたようだった。
「生きたかったさ! だけどそれを諦めて、お前を選んだんじゃないか! この世界に来るまでに俺がどれだけの悲劇を見てきたと思ってる。そこでどれだけ足掻いたと思ってる。逃げるのも駄目で、みんなで協力することも出来ず。だから選択したっていうのに、なぜそれを責められなくちゃならない。よりにもよって、なんでお前に拒絶されるんだよ!」
俺は涙を拭いた。肩で息をするのをなんとか落ち着ける。
「俺はな、この世界とは別の世界から来たんだよ。そこで何度も頑張ったさ。みんなと一緒にセブンスソードから逃げようと計画したり、仲間を増やそうとした。でも駄目だった。管理人に殺されたり、スパーダと敵対したり、協力を拒絶されたり。失敗する度にスパーダの能力で世界を繰り返した、そして失敗した。だから選択したんだよ。恋人だったお前を守ると誓ったから、それを守るために俺は覚悟を決めたんだ。俺は、もう、お前を失うところを見たくないんだよ!」
思いは叫びとなって気づけば吠えていた。今まで溜まっていた激情を吐き出して、俺はようやく落ち着いた。
少しだけ時間を置いて、俺はもう一度香織に手を伸ばした。
「頼む、香織。今は分からなくていい。とにかく今は一緒についてきてくれ。この街から逃げ出すんだ」
香織は顔を下に向ける。それからゆっくりと起き上がってくれた。見たとこ目立った傷や怪我はない。ディンドランでうまくやれたらしい。
そのことに少しだけホッとする。
次の瞬間、香織はディンドランを出し、俺に構えた。
彼女の両目が、真っ直ぐと俺を見つめていた。
それが、すぐになにか分からない。
「? なにをしている?」
「あなたと、戦います」
「は? なにを言ってるんだ、勝てるわけないないだろ」
意味が分からなかった。なぜ戦う? 俺は香織を守りたくて、敵対する理由なんてない。第一、勝てるわけがない。
それを教えるように俺もスパーダを出現させた。ミリオットとカリギュラを持ち、パーシヴァルと撃鉄を浮遊させる。
「俺は四本。香織は一本だろ? ディンドランだけでなにが出来る。戦うだけ無駄だ。馬鹿な真似は止めて一緒に来るんだ。言っただろ、俺はお前を守るために戦ってきたんだ。香織と戦う意思なんてない」
「はっきりと伝えておきます」
俺は言うが、香織はきっぱりと言い切った。
彼女の目は死んでいない。これほど大差があるにも関わらず、むしろその目は燃えている。
「あなたの言っていることは信じられません。まして」
戦っても勝てないと分かっているはずなのに。それでも彼女の戦意は霞むことなく俺をとらえている。
彼女が、俺に言った。
「人を信じることが出来なくなった人に、私はついていったりしない!」
「!?」
彼女の言葉を聞いた時、まるで胸を貫かれたようだった。
「私を守るためでも、それで誰かを貶め、騙し、殺めるような人と、私は一緒にいられません」
彼女の言葉が、刃のように俺を断罪してくる。俺の行いを。彼女のためにしてきたことを。それは認めないと答えを言い渡す。
その言葉に、俺はハッとしていた。
そうだ。彼女はあの地獄みたいな時代でも、人を信じ、人を救いたいと思っていた。
別の世界で男性が襲われた時も、協力を拒絶した人の時だって、自分の身が危険になると分かっていても助けようとしていた。
俺が愛した人は、そういう人だった。
「なんだよ……、なんだよ、それ」
それじゃあ、今の俺は彼女が最も嫌いな人間じゃないか。
彼女を救うためだった。彼女を守るためだった。もう、彼女を死なせないために、そのためだけだった。全部、彼女のためだった。
それが、最も彼女が嫌うことだったって?
「う、うう」
そんなの、あんまりだろ。
「ううう!」
両手に持っていたスパーダが落ちる。浮遊していたパーシヴァルと撃鉄も地面に落ちた。膝ががくっと折れて、地面に膝をつく。
俺がしていたことって、なんだったんだ? なんのためにこれまで頑張った? みんなを殺してまで、なんのために戦った? なんのために、みんなは死んだんだ?
全部、俺のせいだって?
香織が一歩を踏み出す。俺は顔を上げ彼女を見た。
香織はディンドランを両手で振り上げ、俺を見下ろしていた。
その姿をぼんやりと眺める。
助けたかった。守りたかった。それだけだった。
それだけ、だったんだ。
「香織……」
本当は、誰も傷つけたくなった。
「ごめんな……」
次の瞬間、ピンク色の刀身が振り下ろされた。
視界が、暗闇に染まる。




