水族館デート2
それから俺たちはいろいろなコーナーを見て回った。魚と一概に言ってもいろいろいるもので熱帯魚コーナー、イルカコーナー、日向ちゃん激推しのペンギンふれ合いコーナーもあった。柵の中に数羽のペンギンがよちよちと歩いており飼育員の案内のもとペンギンに触ったりしている。
俺たちは柵の外から眺めている。ただ、どのペンギンも疲れているのかあまり動こうとはしていない。
「なんか元気ないわね」
「そりゃこれだけの数だぞ、塩対応にもなるだろ。俺の言ったとおりだ」
「はいはい」
此方がちょっとだけ笑っている。
「触っていくか?」
「ううん。すぐ触れるなら触ってもみたいけど、これだけの列並ぶのもあれだし。それにペンギンの気持ちを思うとね」
「それもそうだな」
せっかくのキャンペーンということだが俺たちは遠慮した。此方はペンギンに小さく手を振り俺たちは次のコーナーへと向かう。労働に勤しむペンギンには人間社会の洗礼は酷だろうが今日は特においしい魚を食べて欲しい。
「そういえばもういい時間だよな。此方は昼食まだだろ? お腹空いてない?」
「そうだね、なにか食べよっか」
いったんコースを外れ水族館内にあるレストランに入った。天井には魚やクジラなんかのぬいぐるみが吊されており家族連れの子供たちがはしゃいでいる。俺たちはそこでハンバーグを頼んだ。ライスがイルカに形取られていて可愛らしい盛りつけだ。
「此方はたい焼きは頭としっぽどっちから食べる?」
「これを見てそれを聞く?」
「いやなんとなく」
俺たちは昼食を終えレストランを後にする。なかなかにおいしかった。水族館内にあるレストランということでいろいろ凝っていたな。
その後俺たちはイルカショーを見たりクジラの骨の模型なんかを見たりした。中には深海魚コーナーもありイラストで紹介されている下にはその魚の骨の標本が飾ってあった。なかなかお目にかかることのない深海魚だがどれもユニークな姿をしている。なんというかグロテスクな形が多くないか、深海魚って。
「深海魚って変な形してるのが多いよな」
「環境がぜんぜん違うもんね。光は届かないし水圧は重く水は冷たい。環境が違えば姿形も変わるってことね」
「進化というシステムが多様性に富んでいて優れているってことか。逆にさ、仮に神がいたとするじゃんか。そうだとしたらよく深海魚なんてデザインしたなって尊敬するわ」
「ふふ。確かにね」
「すごくない? こんなんデザインしろとか言われてもできねえよ」
俺たちは深海魚コーナーを出る。それですべてを見終わり俺たちは水族館を出た。時刻はもう夕方だ。海の向こう側がうっすらと茜色に染まっている。
水族館はもうおしまいだ。このまま帰ってもいいんだが、水戸水族館の隣には小さな遊園地も併設されておりそこには観覧車がある。せっかくなんだ、帰りが遅くなってはいけないが少しくらいはいいだろう。
「なあ此方、せっかくだし観覧車乗っていかないか?」
「うん、そうだね」
俺たちは観覧車のチケットを購入しゴンドラに乗り込んだ。ゆっくりとゴンドラが回り高度を上げていく。見える町の景色がどんどん広がって、見える建物がどんどん小さくなっていく。海の向こうから、夕日の強い光が世界を染めていた。
「きれいだな」
「うん」
海が輝いている。夕日を反射させキラキラとしていた。
俺は此方と向かい合わせに座っており、一緒に窓から景色を見渡していた。
「今日はありがとうね」
「え?」
此方は窓から顔を俺に向けた。
「なんか、わがままにつき合ってもらっちゃったから」
「ううん、いいさ。楽しかったしさ」
「ほんと?」
「ほんとだよ、俺が笑ってるの見てなかったのか?」
「うん。見てた」
「だろ?」
そう言うと再び俺たちは窓へ視線を向けた。会話が終わり希少な光景を目に焼き付けていく。
あれだけ広かった水戸水族館の屋根が見える。入る時の行列はなくなり帰る人の数が目立つ。町に目を向ければ新都のビル群があり、さらにその先には山脈が広がっていた。俺たちはじっと町を眺め続ける。
「なんていうか、すごい偶然だよね」
「ん?」
彼女のつぶやきに振り向いた。
「水戸市はちっちゃな町だけどさ、それでもこれだけの人がいる。その中で出会って、恋人になって、一緒にこの景色を見ている。それってすごく低い確率でしょ? 違っててもおかしくなかった。だから、こうしている時間は当たり前なんかじゃなくて、すごい偶然で。そう思うとかなりラッキーだったのかなって。そう思うとおもしろくてね」
此方は笑っていた。幸運な自分を喜んでいる。自分との出会いや関係を喜んでくれるのは誰だって悪い気はしない。
俺は視線を窓に戻した。
「いや、俺と此方との出会いは必然だったんだよ」
「え?」
俺の発言に少しだけ驚いている。
「俺たちの出会いは確かにすごい確率だと思う。でもさ、もし何度も世界をやり直すことができたなら、いずれこの世界にたどり着くだろう? 何度も世界をやり直せばこうした世界もある。それは偶然なんかじゃない、いずれくる必然だったんだ。俺たちは出会うべくして出会ってたんだよ」
此方を見る。彼女の横顔が夕日に照らされオレンジ色に見えた。
「偶然なんかじゃない。俺たちの関係は、そんな安いものじゃない。運命だよ」
そう言うと此方はクスっと笑った。その顔は可愛いものだった。
「どうしたの、今日はやけにロマンチストじゃない」
「俺にロマンをくれたのは此方だろ?」
「…………」
そう言うと此方は驚いていた。その後顔を逸らし頬を赤らめている。さすがにくさかったかな。まあ、いいか。
「聖治、そっち行っていい?」
「え?」
彼女が俺を見つめている。断る理由なんてない。俺は頷いた。
「ああ」
彼女が俺の隣に座る。
俺たちは見つめ合った。顔が近い。さっきよりも彼女の顔がはっきりと分かる。きれいな瞳。整った鼻筋。小さな唇。俺の視界いっぱいに彼女の顔が映る。
その顔が、徐々に近づいていった。
引き寄せられる。どちらからともなく。俺たちは近づき、そして、唇が重なった。
触れるか触れないか、それくらいのキスだった。俺たちは顔を離し、恥ずかしさに少し笑った。それから此方は俺の腕に腕をからめ、顔を肩に乗せてきた。彼女の重さがのしかかる。俺は彼女の好きにさせそのまま無言の時間が過ぎた。
観覧車がゆっくりと回る。この時間もどこかゆっくりと過ぎている気がした。
けれどいずれ終わりはくる。ゴンドラは回り終え俺たちは観覧車から出た。回るゴンドラから気をつけて俺から先に降りる。それから背後の此方に振り返った。
俺は手を差し出す。此方はなにも言わなった。ただ、躊躇いがちに、けれどしっかりと握ってくれた。
「行こうか」
「うん」
手を繋いで、俺たちは帰路へとついていった。
それから電車に乗って俺の部屋へと戻ってきた。日向ちゃんは自分の部屋で寝ているだろうからここは二人きりになる。なんだろう。なんていうか、雰囲気が固い。ここにくるまでずっと会話がなくて、お互いに意識してしている感じ。
俺たちはリビングで立ち止まる。一つの動作だけで意味を持つのが分かるから下手に動けない。
「え、えっと」
そこで此方が喋った。固くなった雰囲気をほぐすように明るく喋る。
「聖治、のど乾いたでしょ? 今お湯沸かすから」
台所へと歩いていく。やかんに水を入れカップを用意していく。手慣れた様子で紅茶を作っていく。
俺も台所へと歩いていく。彼女の背中に近づいた。
「待ってて、すぐにできるから」
俺は、彼女を抱きしめた。
「え」
彼女の背中がくっついた。赤い髪が頬に当たる。柔らかくて、温かい。それに思っていたよりも細かった。
「え、ええ?」
此方が困惑している。緊張に体が固くなっているのが分かる。
「せ、聖治?」
背中越しでも、彼女が慌てているのが分かる。
「待って待って。その、別に嫌ってわけじゃないんだけど、ほら、心の準備とかそれに、日向が来るかもしれないし」




