生きてしたいこと
それから俺たちは新都を目指し一緒に歩いていた。
こうして密着して歩いていて実感するがやはり魔来名は弱っている。体がふらつくのをしっかりと支えてやらないといけないし苦しそうな息づかいも聞こえてくる。表面上ではそんな素振りは見せなかったけれど無事ではないんだ。俺は時折顔を盗み見ては心配してしまう。
歩いている間はずっと無言だった。気が気ではないが隣にいる魔来名がいつ歩けなくなるか分からない。早く香織に看てもらわないと。それだけが心配だ。
「おい」
そこで、魔来名から話しかけてきた。
意外だった。まさか魔来名から話しかけてくるとは思わなかったし、次の言葉はさらに予想外だった。
「お前はこれからのことは考えているのか。これから他のスパーダと合流し、セブンスソードは失敗に終わり、それからは? お前はなにかしたいことがあるのか?」
どうして急に。なんでかは分からないしもしかしたらずっと会話のない間を和らげようとしただけかもしれない。それにしたってこの男には不似合いだが。
とはいえ無視するのもあれなので考える。
「そうだな、正直に言うとよく分からない。セブンスソードのことでいっぱいだったからさ、それからのことは考えてないよ」
実際のところ未来に起こる悪魔の侵攻、それに対抗するためになにかしらのことはしなければならないが具体的なことはまだ決まっていない。
「ふ、それでよくああも勢いよく言えたものだな」
「なんだよ、別にいいだろ。なにも決まってないけどみんなと一緒にいたいっていう気持ちは決まってるんだ、おかしなことなんてない」
からかわれて少しだけムキになってしまう。そう思われるのが嫌で話題を逸らしてみる。
「そういうあんたはどうなんだよ。セブンスソードにずいぶんこだわってるみたいだが終わらせた後どうするんだ? それともそれも言えないか? あんたはなにも言わないからな」
皮肉っぽく言ってみるが実際ほんとのことだ。この秘密主義者は俺にはとやかく言ってくるくせに自分のことはなにも話さない。
「安心しろ、俺に次はない」
「え?」
隣にいる魔来名を見た。
「どういう意味だよ」
「セブンスソードで残るのは俺じゃない」
その言葉に頭が真っ白になる。今ほどこの男が分からないことはなかった。
「生き残るのはお前だ、聖治」
「は?」
なにを言ってるんだ。じゃあ魔来名はどうするんだ? 次はないって、まさか。
「俺を最後の一人にするために、自分も死ぬ気なのか?」
「そうだ」
「なんで!?」
本当に意味が分からない。俺を庇ってくれた時だって自ら傷を負った。それだって度を超えているっていうのに、俺のために死ぬなんておかしいだろ!
「なんでそこまで俺を生かそうとするんだよ!? 俺の為に戦ったり、庇ったり、なんでそこまでする? 俺のために傷ついた次はなんだ、俺のために死ぬって? ふざけるなよ!」
魔来名がどんなつもりか知らないが、俺をダシに好き勝手されても嬉しくもなんともない。
「そんなので俺が喜ぶと思ってるのか? 俺のことを助けてくれたのは感謝してる。でもあんたに死ねなんて望んでない。そんなことされてもいい迷惑だ!」
俺のことを心配してくれることも、俺のために戦ってくれたことも、俺を助けてくれたことも感謝している。
でもだ、それであんたは死ぬってそんなの喜べるわけないだろ!
「あんたには何度も救われた。もう敵とか他人とかじゃないんだよ。あんたは、その、うまい表現が見つからないけど」
最初出会った時、俺と魔来名は間違いなく敵だった。こいつは香織と星都、力也を殺し、最後には俺まで殺した。俺たちに戦う気がないと伝えてもこの男は無視して戦ってきた。だから俺はこいつのことが嫌いだったし本当ならやり返したいとすら思っていた。
だけど、今は違う。もう、俺の中で変わっていた。
「強いて言えば、仲間なんだ」
そう。いつの間にか、魔堂魔来名という男は俺の中で仲間になっていた。
俺のために戦って、俺のために傷を負った。こんなにも俺のために必死になって。過去に殺されたとか、そんなのもうどうでもよかった。
「他のみんなと同じ、仲間なんだよ。だから見捨てない。死なせたりしない。あんたは俺を救ってくれた。だから今度は俺が助けてやりたい。本気でそう思ってるんだよ! そのあんたが俺のために死ぬとかそんな気でいるんじゃねえよ! 許さねえからな、勝手に死んだら!」
仲間が死ぬところなんて見たくない。それが俺のためであったとしても。命の恩人を救いたいと思っているのに、その相手が死ぬ気でいるんじゃねえよ。悔しいだろ、俺が。
「なあ、なんでそこまでする? いい加減言えよ……」
この男のことは分からない。聞いても教えてくれない。それが今では悲しくて声が萎んでしまう。
「聖治」
そんな俺を気遣ってか、魔来名には珍しく優しい口調だった。
「お前はなにをしたいかまだ決まっていないと言ったな」
「え? ああ、言ったけど」
「なら」
なんだろう。俺は足元を見つめながらゆっくりと歩いていく。
「まずは、飯を食え」
「飯?」
なぜ、と思ったが、それよりも魔来名の横顔が気になった。
魔来名は、優しい顔をしていた。
「たくさんものを食って、死ぬほど食って、もう食べられないくらい食べろ。先のことを考えるのは、その後でいい」
「あ、ああ……」
そんな顔で言われたら頷くしかない。まるでなにかを懐かしむような柔らかい表情。こんな男でもこんな顔をするんだなとふと思ってしまう。
「なあ、あんたにはないのかよ」
「ん?」
「生きたいっていう気持ちっていうか、やりたいこととかさ」
次はないと言い切った男に聞くのも変な話だがどうしても聞きたかった。
「そうだな」
魔来名は一旦言葉を置いた。僅かばかり思案している。
「あると言えば、ある。だが、それは叶わんだろうな」
「なんで諦めるんだよ?」
らしくない。戦ってる時はあんなにも自信満々なのに。
「ふん」
魔来名の答えに俺は苛立ちすら感じるというのに当の本人は笑っている。
「お前こそ、どうしてそこまで躍起になる」
「それは」
さっきも言ったが魔来名は俺にとってもう仲間だ。だけどそれを何度も言うのは照れるし恥ずかしい。仲がいいというわけではないし。そこがまた厄介というか。
そんな俺を余所に魔来名はどこか上機嫌だ。
「まさか、お前に心配される日がくるとはな。分からんものだ」
本当に、今の魔来名は柔らかい。
魔来名は俺に振り向いた。その表情は辛そうだけど少しだけ嬉しそうに見える。
「いいんだ聖治。お前は生きてやりたいことはないかと聞いたが、それはもう達成できた。俺は、生きてやりたかったことをもうしたんだよ」
そう言う魔来名は満足そうで、この言葉は本心なんだと分かる。
生きてやりたかったこと。それはもう達成できた。まるで積年の思いを果たせたような、それは満ち足りた顔だった。
「だから」
「魔来名!?」
そう言う途中で魔来名の体勢が崩れる。膝が折れその場に座り込んだ。
「おい、大丈夫かよ?」
「いいんだ、これで」
さすがに限界が近い。まだ駅までは距離があるし、どうすればいい?
仕方がない。魔来名はここに残して俺だけで香織を探しに行くしかない。
「待ってろ魔来名、俺が香織をここに連れてきてやる」
「そうはいかない」
「お前」
そこへ別の男の声が混じる。俺は顔を正面に向けた。
そこにいたのは白衣の男。フードで顔を隠しロングコートを着た、
「ハードライトッ」
こいつ、まさかこのタイミングで来るなんて。




