その瞳は桃色に染まっていた
あの武器。高威力であり矢の生成をも兼ね備えている。それを扱える彼女の身体能力も脅威だ。
やはり悪魔、一筋縄ではいかない。
だが倒すんだ、やられっぱなしではいられない。
ディンドランを発動したまま階段を上っていく。距離が離れているのはどの道まずい。間合いを詰めなければ。
それはバイティンも読んでいる。そしてそれをさせるつもりもない。
浮遊する光の玉を四つ掴み矢に変える。それを弓にセットする。それぞれ弦を一本ずつ張り射出した。その軌道はうねうねと曲線を描きながらも香織に向かってくる。
一度に四つの矢。それは階段を穿ち破片が飛び散る。まるで空襲だ。
そんな階段を香織は前面をディンドランで守りながら走っていく。襲い来る矢をディンドランで受け止める。側面や足下で飛んでくる破片がわずか横を掠っていく。
足を掬われればそのまま討たれてしまう。だが香織は登り切った。鳥居に接近しつつバイティンに狙いを定めディンドランを投げつけた。
「ふん!」
その暴挙、バイティンの口角がつり上がる。
剣が届かないという問題はある。だからといって唯一の武器である剣を投げてくれるとは好都合。剣士が剣を投げてしまえばあとは無防備な体を晒すだけだ。防御を捨てた代償がちっぽけな一撃とは笑わせる。
それを後悔させてやる。バイティンは体を反らしディンドランをかわすと弓を引き絞る。標的は桃色の髪の少女。狙いは違わない。一撃でしとめてみせる。こちらを真っ直ぐと見つめる自分の獲物。
少女にはもうなにもない。ディンドランは投げてしまった。あとは射られ死体を晒すだけ。だというのに少女の目は不安も絶望もない。力強い眼差しで自分を見つめている。
そこに不穏を感じ取ったことこそバイティンが一流である証拠だろう。
バイティンは見つける。自分を見る少女の瞳。そこに映る自分の姿と、背後で剣先を反転する剣を。
(まずい!)
すぐさま羽を動かしその場を退避する。直後鳥居の上をディンドランが通過し香織の手に戻っていった。
バイティンは羽を広げ宙に浮かぶ。剣の遠隔操作。もう少しで獲物になっていたのは本当に自分の方だった。
「ふふ、ただの剣にあらず、か。人間とはいえ面白いものを持っている。魔界とは違うな」
その事実に肝を冷やすどころか笑みを漏らす。対して討ち漏らした香織は厳しい表情だ。
(ほんとは今ので決めたかったんだけど、そう簡単にはやらせてくれないか)
冷静に状況を整理する。結果楽観視できない答えが返ってくる。どう考えても自分と相手では不利な点が二つある。
それは自分が近接戦闘であるのに比べ相手が遠距離戦を得意としていることだ。そのため攻撃有効範囲に持ち込めない。こちらの攻撃は届かないのに相手の攻撃は受ける。どうしても防戦一方だ。弾切れまで粘るという戦術もこの敵には通じそうにない。
二つ目は、一つ目と似ているがこちらが地上戦であることに対し相手は空中戦だということだ。これもかなりまずい。攻撃はできず、制空権を取られ死角を取られやすい。
戦術的、かつ地理的な不利。二つのディスアドバンテージを背負ってどこまで戦えるか。
ディンドランを両手で握り締める。この困難な戦いに備えるように力が入る。
だが、手がないわけではない。一つだけ、まだ手段はある。
瞳が戦意を宿し敵を見る。絶望するにはまだ早い。
「ふん」
この不利を前にしても諦めない獲物にバイティンは嬉しく思っていた。戦意を失った敵などただ動くだけの的だ。そうではない。狩りというのは射撃場でひたすらに点を稼ぐゲームではない。
生きている獲物を取るからこそ面白い。
そのために容赦はない。
バイティンが羽を大きく動かす。羽からは黒の鱗粉が放たれ香織の周囲を暗闇に包んでいった。
「これは」
周囲を見渡す。駄目だ、完全に暗闇だ。そこにあるはずの自分の手すらうっすらとしか見えない。
だがこれだけ視界が悪いのに相手はこちらを捕捉出来るのか?
そう思って甘い考えを振り払う。
自分からしておいてそんなはずがない。あの複眼、視界が広いだけでなく他にも様々なものが見えても不思議ではない。紫外線や赤外線、サーモグラフィのように熱を視覚で捉えることも出来るとしたら。
香織の推測はずばり当たりだった。バイティンの目は香織を捉えている。破壊力を秘めた矢を構え闇の中から狙いを定めている。スナイパーのように息を殺し、無音と無明に身を潜め必殺の機を伺っている。
(見られてる)
視線を感じる。やはり間違いない。敵は自分を捕捉している。
このままではやられる。どこから撃たれるのか分からなければ防ぎようがない。
香織はディンドランを構えたまま目を閉じる。
諦めたのか? バイティンに過ぎる思考。しかし違う。香織は試す気だ。
ディンドランに備わった段階能力。スパーダにはリミッターを解除する事に使用できる能力が増えていく。聖治が持つ七本状態とリンクしたディンドランもその段階を最大値である七本になっている。
怪我を回復する第一段階。
攻撃を防ぐ第二段階。
では第三段階ではどうするか。
回復でも防御でもない。それよりももっと前。先手を打つ防衛。
危機察知。相手の攻撃を事前に読む能力!
(今!)
目を開ける。回復は桃色の光。防御は桃色のバリア。
その瞳は桃色に染まっていた。
右側面にバリアを張る。直後迫ってきたバイティンの矢を見事防いだ。音もなく姿も見えない。まさに奇襲。本来なら防ぎようのないそれをディンドランは無効化する。
(今!)
今度は背後。後方に展開されたピンクのバリアが矢を受け止める。
「そこ!」
前面に広がる桃色の盾。三回連続で防御に成功する。
(なぜ分かる?)
ここに来てバイティンもその異常を認識する。たまたまではない。敵は確信を持って防いでいる。
奇襲などという生やさしい攻撃では無理だ。この敵を倒すなら物量。あの盾ごと壊す気でなければ駄目だ。
バイティンは高く飛び香織の頭上に位置する。矢を引き絞り渾身の一撃を放つ。
それを察知していた香織は頭上にディンドランを展開する。両手で掴みディンドランを横にして掲げる。
バイティンはさらに矢を放っていく。矢継ぎ早に撃たれる連射。
ディンドランを展開するものの周囲は降り注ぐ光矢に破壊されていく。本当に空襲だ。香織の周囲は爆撃を受けたのと変わらないほどにいくつもの穴ができ荒れ地と化していく。轟音が響き爆風が体を叩く。その風に鱗粉も流され晴れ渡る。
「ち!」
数を重ねるがディンドランにはヒビ一つ入っていない。バイティンの顔色が初めて悪くなった。
その一瞬の隙、香織はディンドランを投げつける。バイティンは手を止め回避する。体勢が崩れ空中から地上に降り立った。神社を背後に着地する。
香織はすぐにディンドランを手元に出現し構えを取る。ようやく空から引きずりおろせた。これで第一関門突破だ。
そう、これで地上戦と空中戦という境がなくなり不利な条件が一つなくなった。前進だ。
しかし、それは半分正解で半分間違い。
なぜならば、この状況を望んだのは敵も同じ。
バイティンの弓、紫の宝石から再度光の球が放出される。それらを手に取ると球は合体しさらに巨大な矢となっていく。
「!?」




