復讐
「カリギュラ!」
その手を拒絶するように、此方はカリギュラを発動した。
「がっ!」
急激に体力を奪われ手が落ちる。立ち上がることはおろか、息をするのも辛い。
それでも。
彼女を止めなくちゃいけないと思って、なんとか力を振り絞る。彼女に向かって手を伸ばす。
しかし、その前に彼女は歩いていた。
彼女は静かに歩き出す。カリギュラが発動している今ここは彼女の独壇場だ。王者でも支配者でもない、他者を滅ぼすことしかできない殺戮者として、此方は歩き出す。
その途中、彼女の左手にはミリオットが握られていた。日向の魂と共に、此方は星都に近づいていく。
「此方、復讐はなにも生まない。お前は! そんなために戦っていたはずじゃなかったはずだ……!」
体が重い。息が苦しい。でも、言うしかない。
そこで此方が立ち止まる。
「黙ってて」
その声は静かなくらいだった。俺の言葉は黒い炎に消され、此方は歩みを再開させる。
膝をついている星都の前に立つ。俺と同じで星都もカリギュラで止まっていた。
「お前は絶対に許さない。あの子は私のすべてだった。お前は、私からすべてを奪ったんだ!」
此方がスパーダを振り上げる。カリギュラの赤が頭上で輝く。
「そいつはな……」
それを見上げ、星都が息切れ切れに言う。
「俺だって同じなんだよ……!」
瞬間星都の全身がピンク色に包まれる。カリギュラを回復し星都は起きあがるなり反撃してくる。
此方は反対のミリオットでエンデュランスを受ける。カリギュラを振り下ろすも星都は後退していった。
ディンドランの回復によって星都はカリギュラの力が効いていない。いわば星都は香織のディンドランありき。
そこを崩せば星都も止まる。此方はミリオットを香織に向ける。
「止めろ! 彼女はなにもしていない!」
此方はミリオットを発射した。
「きゃあ!」
「香織ぃい!」
彼女の胸を白の光線が通り抜けていく。彼女の体がゆっくりと後ろに倒れていく。
「嘘だ、嘘だああ!」
重い体をなんとか立たせふらつきながら彼女の元に駆け寄る。
彼女が、またも血を流している。またも、死のうとしている。
どうして救えない? どうしてこうなるんだ? もう、彼女も仲間も、死ぬところなんて見たくないのに。
「どうして、泣いているの……?」
気づけば、俺の頬には涙が通っていた。
うつろな目で彼女が俺を見上げている。彼女からすれば不思議で仕方がないはずだ。
「どうしてって……」
彼女には分からない。でも、俺は分かってる。
「そんなの、決まってる!」
涙が止まらない。強く思う度に胸からわき上がる。
「君を、守ると約束したからだ! 君を、絶対に救ってみせるって!」
彼女を思う度に、涙が溢れる。
「ほんとうだったんだ……」
力のない声で香織がつぶやく。苦しみながら、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね……」
彼女から一粒の涙が落ちる。胸から出る血液に比べればたったの一滴だけど、まるで最後の命だったかのようにその涙とともに香織は意識を失っていった。
腕の中で、彼女が死んでいく。この喪失感を何度味わえばいい。こんなことにならないために、俺はがんばってきたはずなのに。
「うああああ!」
夜に移った空に吠える。星のない暗黒に俺の声が広がる。
その間、此方と星都は戦っていた。ディンドランの加護を失い星都の負担は大きいがそれを気合いで補い星都は立ち続けている。
だけどそれも時間の問題だ、刻一刻と星都の体力は失われていく。いずれ動けなくなりそこを狙われておしまいだ。
だから、星都はすぐに決めなくちゃならない。
「くそ……! 戦いなんかに、お前を駆り出したくはなかったが」
それが星都も分かっているから、奥の手に出た。
「力也、力を貸してくれ。来い、鉄塊王グラン!」
星都の手にグランが握られる。力也の形見となってしまったスパーダ、重力の影響を受けない大剣を構え星都は走り出す。接近を許すはずもなく此方が光線を連射するが星都はグランを盾にして進んでいた。無重力状態とはいえ重量なんだ、並大抵の衝撃ではびくともしない。
あれを弾くには、タメが足りない。
「あんたの力、借りるわよ、日向」
此方はミリオットを構え直すと白い刀身に光が溜まり始める。みるみるとその光量が増えていく。
一刻を争う中、星都は体力がないため全速力で走れず、此方はミリオットを充填している。二人の距離は縮まり、星都はグランをどかすとエンデュラスを突き出した。それと同じタイミングで此方もミリオットを突き出す。
此方のミリオットか、星都のエンデュラスか、二人のスパーダが同時に前に出る。
「止めろぉおお!」
その間に、俺は割り込んでいた。ミリオットはパーシヴァルで受け、エンデュラスはディンドランで受ける。カリギュラは継続中だがディンドランのおかげで体力の減衰はない。
「聖治!」
「お前……」
パーシヴァルとディンドランの二刀流で二人の攻撃に耐える。腕が重いが、それよりも痛いのは胸の方だ。
「なんだよ、なんなんだよ! 殺して、殺されて、こんなことがしたいのかよ!」
二人ではなく、俺はうつむき足下に向かって叫んでいた。
「俺たち全員、こんなことしたくなかったんじゃないのか。殺し合いなんて嫌だって、それで協力しようって言ってたんじゃないのかよ!」
屋上で、星都も力也も殺し合いなんて嫌だって言っていた。
マンションで日向も此方も殺し合いなんて嫌だと言っていた。
みんな嫌だったんだ、したくなんてなかったんだ。なのに、なんでこんなことになるんだ。
「なんで、俺たちが殺し合わなくちゃならないんだよ!」
訳が分からなくて、意味が分からなくて、怒りと悔しさだけが次から次へと沸いてくる。みんな平和を望んでいた。なのにこんなことになるなんて。
世界は、どこまで理不尽だって言うんだよ!
「く、そ……」
「星都?」
そこで星都が膝をつく。たぶんさっきの一撃が体力的に最後の一撃だったんだろう、それを俺に防がれて星都は崩れるように倒れた。
「星都、おい!」
見れば額には大量の汗が浮かんでおり、目もぼうとしている。まるで日中症で倒れたみたいだ。
その疲れ切った目が、俺をとらえていた。
「まったく。なんなんだよ、お前ってやつはよぉ」
ぐったりとしている。それ以上に、その顔は寂しそうだ。
「お前の大事なダチ刺して、お前を殺そうとしたやつに、なんて顔してやがる」
星都は日向ちゃんを刺した。そのせいで死んでしまった。それは許せないことだし怒りだって覚えた。
でも、星都だって必死だった。今でもこいつは俺の中で友達のままなんだ。
大事な、仲間の一人なんだ!
「それは!」
「言うな、うっとうしい」
「でも!」
「言うなよ。……後悔しそうになるじゃねえか」
「星都……」
見れば、星都は泣いていた。泣いていたんだ、瞳から涙が静かに流れ落ちていく。こいつが泣くところなんて初めて見た。
「くそ、くそ……。なんで、こんな……」
力也も死んで、香織も死んで、自分も死にそうになっている。星都も悔しくて、悲しいんだ。
こいつも、同じ被害者なんだ。
その時だった。
星都の胸を、此方が突き刺した。
「此方!」
カリギュラの赤い刀身が星都の胸に突き刺さる。日向ちゃんと同じように。それで星都は絶命した。
「なんで、なんで刺した!? そんなことする必要なかっただろ!」
立ち上がる。星都を見下ろす鋭い顔に言う。
すると此方が俺の胸を掴んできた。
「なんで平気なの!?」
「此方」
俺は怒るが、それ以上の怒りに退いていく。
此方が俺を睨む。胸ぐらを激しく捕まれ、顔が近づく。
「あいつは! 日向を殺したのよ! ……なんで? ねえ、なんでよ? なんで一緒に戦ってくれなかったの? あんたは日向のことが好きじゃなかったの?」
「それは」
此方の追及に言葉が出ない。まるで金縛りにあったかのように、体が動かない。
「日向の恋人じゃなかったの? あの子はあんたを信じてた。あんたのことが大好きだったのに! ねえ、なのになんで!?」
次第に、此方の瞳には涙が浮かんで、流れていく。涙を流しながら此方は必死に訴えかけてくる。
「あんたがなにもしないから、あの子が庇って死んだのよ!」
「!?」
彼女の言葉が、胸を貫く。
「好きだったのに、愛していたのに! 私だってあんたを信じてた。それなのに、あんたは戦うどころか、助けてもくれなかった!」
そうだ、此方の言うとおりだ。言葉でどれだけかっこつけたって、俺がやったことは傍観、それによって戦いを止めるどころか日向ちゃんが刺された。
俺のせいなんだ。俺がなにもしなかったから、ここまで最悪なことになってしまった。
「なんで、なんでよぉお! なんで!」
此方が泣いている。胸を掴んでいた此方は俺の胸に額を当てて、泣き叫んでいた。
「守るって、約束したじゃない!」
俺の胸を、此方が殴りつけてくる。何度も。何度も。でも、そんなのぜんぜん痛くない。
それよりも、彼女の言葉の方が百倍も重くて、俺を押し潰しそうだ。
此方が顔を上げる。真っ赤に充血した目が、悲しい瞳が、俺を映す。
「あんたの守る覚悟って、なんだったの!?」
その言葉に、なにも言えない。
俺が思っていた覚悟、抱いていた決意。
それって、けっきょくなんだったんだ? みんなで生き残るって、諦めないって、そんな思いを抱いたところでなにになった? なにが救えた?
俺が思っていた覚悟なんて、俺が考えていた決意なんて、なんにも役に立っていないじゃないか。
もう、胸が苦しくて仕方がなかった。目の前が真っ暗で、なにを信じていいのか分からない。此方の言葉が俺の首を縄のように締め上げていく。もう、なにも考えたくない。休みたかった。
俺は星都のスパーダを得て三本になっていた。パーシヴァルに光が宿る。
俺は此方の声を黙って聞きながら、パーシヴァルに念じていた。
「答えてよ……答えて、聖治!」
此方が聞いてくる。でも、俺は答えられない。
そのままパーシヴァルの光が広がっていく。此方を覆い、星都を覆い、日向ちゃんと香織を覆い、世界すべてを覆っていった。
世界が、再び姿を変えて、回り出す。