失意
日向ちゃんが前に出る。ミリオットを両手で握り剣先を星都に向ける。
そこから細い光線を撃ち出す。星都は高速移動でそれを回避する。
「日向ちゃん!」
「聖治さんは下がってて!」
日向ちゃんが俺の前に立つ。俺に振り向いたのは一瞬ですぐに正面を向いている。
「日向、無理は駄目よ」
「うん」
此方も前に出る。姉妹並んでスパーダを構える。
白と赤、紅白の姉妹が戦いに出る。
日向ちゃんの持つミリオットから次々と光線が放たれる。それは線のように細い一撃だ。その分連射している。まるでレーザー銃のようだ。
しかしそれを星都はかわしていく。その速度に狙いを定めきれない。
「速い!」
星都が走った背後ではミリオットの流れ玉によって木や地面が壊れていく。ここはすでに魔卿騎士団の結界によって俺たちしかいないため騒ぎは起こらない。が、爆発の連続で凄惨たる現場になっていく。
日向ちゃんは懸命に狙っていくが当たったのは一つもない。その隣にいる此方は苦い顔で星都の動きを追っていた。
此方はカリギュラを発動していない。発動すれば相手だけでなく俺や日向ちゃんまで襲ってしまう。そのため此方は日向ちゃんのそばで防衛に徹していた。攻めるのは日向ちゃんのミリオットだけだ。
三対二という構図だが実質一対一。動けるのはこの二人だけ、他は下手に動けば邪魔になる。
ミリオットの光が闇夜を貫く。だが星都の疾風は射線を外しそのままこっちに直進してくる。
「させない!」
そのまま日向ちゃんに切りかかる。それを此方が防いだ。日向ちゃんは剣先を星都に向ける構えなので咄嗟に防御ができない。それを上手くカバーしている。
星都はヒットアンドアウェイの戦法ですぐに離れてしまう。速度を存分に活かし斬り合いには持っていかない。
日向ちゃんが当てるのが先か、星都が斬るのが先か、どっちに勝負が転ぶか分からない。
「聖治! あんたも手を貸して!」
「聖治さん!」
此方だけだといつ星都の剣が届くか分からない。俺のスパーダじゃ能力は使えないが、それでも戦うことはできる。
でも、二人に手を貸せばそれじゃあ星都の敵ってことだ。星都は俺の友人なんだ。
「みんな止めてくれ! 星都も止めろ!」
俺がすべきことは戦いじゃない。こんなことがしたくて俺は世界を変えたんじゃない。力也が死んで、それが嫌で、全員で生き残るためにこの世界に来たんだ。
なのに、大事な人同士で戦うなんて、俺はしない。訴えるしかない。信じるしかない。それが出来ないなんて、俺は認めない!
「聞いてくれ! 俺はスパーダの能力で別の世界から来た。そこで星都! お前とは友達だったんだ! だから止めてくれ、こんなことしたくないんだ!」
大声で叫ぶ。思いの丈をぶつける。こうすることでしか俺の願いは叶わないならそれを全力でするだけだ。俺が必要なのはスパーダの能力なんかじゃなくて友達を信じて、訴え続けることだ。
頼む、分かってくれ!
「んだよ、そういうことかよ」
星都の動きが止まる。俺たちから離れてはいるが、正面で立ち止まったのだ。
「星都?」
星都はエンデュラスを下ろしている。
そこで日向ちゃんが身構えた。
「日向ちゃん、撃つな!」
俺は急いで前に出て片手を伸ばす。それで日向ちゃんも構えを解く。
今も星都は攻めいない。それどころかスパーダを下げたまま視線を逸らしている。
「よかった、分かってくれたんだな」
ホッとして息が漏れる。でもよかった、分かってくれたならいいんだ。とりあえずこんな戦いはやめにしよう。
「分かったよ」
星都も分かってくれた。これで衝突は終わったんだ。
「てめえが、心底間抜けだってな!」
瞬間だった。視線を逸らしていた星都が俺を見つめ、突然襲いかかってきた。
「聖治さん!」
星都がエンデュラスを振り下ろす直前、肩を押された。
「が!」
勢いに押され地面に倒れる。すぐに顔を上げた。
そこにいたのは、エンデュラスで胸を貫かれた、日向ちゃんだった。
「あ……」
エンデュラスが引き抜かれる。それにより彼女の小柄な体が地面に倒れる。
「え……」
「日向ぁああ!」
すぐに此方が駆けつける。彼女の顔をのぞき込み必死に傷口を押さえている。
「日向! しっかりして日向!」
なんだよ……。なにが起きたんだ?
日向ちゃんが地面に横になっている。そこから血が流れ出していて、此方が懸命に叫んでいる。
信じていた友が、俺を殺そうとして、それを庇って日向ちゃんが斬られたのか?
「お前えええ!」
立ち上がり星都に掴みかかる。日向ちゃんを斬ったことに意識が固まっている隙にパーシヴァルでエンデュラスを払い胸ぐらを掴む。
「ち!」
しまったという顔に俺は顔を近づけた。
「なんてことをしたんだお前は!」
「ああ!?」
俺からの怒声に星都も反発する。
「敵なら攻撃して当たり前だろうが! 戦わなきゃ、俺たちがやられるんだ! やるしかないんだよ!」
「だから、それをみんなで解決しようって言ってたんだろう! なんで!」
悔しい。こんな気持ち初めてだった。
「それを信じないんだよ!」
俺は星都の顔面を全力でぶん殴った。それで星都が倒れる。
「日向、日向!」
「日向ちゃん!?」
すぐに背後にいる日向ちゃんに駆け寄る。仰向けに寝かされた彼女の胸からは血が流れ出し彼女の白い服を染めていた。
「そんな」
出血がひどい。どんどん血が流れて、此方も両手で押さえているのに止まらない。
「よかっ、た」
「え?」
なのに、彼女は俺を見ると笑ったんだ。
「聖治さん、無事、だったんだ……」
「日向ちゃん、俺は」
彼女の手を握る。両手で抱きしめるように、彼女の小さな手を包む。
その手は、小さく震えていた。
そんな……そんな!
また俺のせいなのか? 戦わなかったから? 見てるだけだったから駄目だったのか? 今度は逃げない、戦うって決めたのに?
でも、それじゃどちらかを切り捨てることになるんだぞ? 星都と香織、それか日向ちゃんと此方を。みんなで生き延びるって決めたのに。
それが駄目だったのか? 全員で生き延びるなんて夢物語でどちらかを選べって?
そんなことあるかよ! そんなこと、あってたまるかよ! 信じたことが間違いだって? 犠牲がなければ望みは叶わないって?
そんな、ことがあるかよ!
「私、ね」
「駄目だ日向ちゃん、喋ったら」
彼女が口を動かすたび日向ちゃんは苦しそうな顔をする。でも彼女は止めない。
「今ね、死ぬのがぜんぜん怖くないの」
「え?」
死ぬのが怖くない? 日向ちゃんは死ぬのが怖った。セブンスソードで殺されること、それが怖くてふさぎ込んでいたのに。
どうしてと思うが、彼女の満面の笑みが教えてくれた。
「大好きな人を、守れたから」
「…………」
彼女は、笑っていた。死の瀬戸際で、それでも俺の身を案じて笑ってくれたんだ。
そして、彼女の手から力が抜けていった。笑顔は横に倒れ、彼女はそれっきり喋らなかった。
「日向ぁああ!」
彼女の頭を抱え此方が号泣している。彼女は日向を守るために戦っていた、彼女のことが大好きだった。
なのに、彼女は死んでしまった。俺を庇って、死んでしまったんだ。
俺は、どうすればよかったんだ。なにが正解だったんだ?
もう、なにが正しくて、なにが間違ったことなのか、分からなくなりそうだ。
「許さない」
「此方?」
泣き叫んでいた此方から涙がぴたりと止まる。
彼女が立ち上がる。赤い髪が揺らめいて、頬に残った最後の涙が落ちる。
その顔は、火を吹くように激怒していた。
「お前は、絶対に許さない」
星都を睨む。彼女の全身が怒気に包まれて俺にまで突き刺さる。
「此方、でもそれじゃ……」
止めようとするが声が出ない。止める自信がない。心のどこかでもう手遅れだって分かってる。力が抜けて、それでも彼女の肩に手を伸ばす。
もう、誰かが死ぬところは見たくない。




