覚醒する力
「数による必中か。自分の腕にコンプレックスでもあるのか? 下手な鉄砲では当てるのにも苦労するらしい」
だっていうのに、ほんとにこの男は憚らない。おかしいぞほんと。
「君の軽口は嫌いではないよ、魔来名。これで聞けなくなると思うと残念だ」
「死んでは聞けないからな」
魔来名の挑発をそよ風のように受け流している半蔵もさすがだ。しかしすぐにその表情は引き締まり魔来名も天黒魔を構える。
半蔵がナイフを投げた。それを打ち落とすのではなく魔来名は躱す。それも大きく移動してだ。その後魔来名がいた場所を前後左右からナイフが通り過ぎていく。その後も魔来名は動き続け半蔵を攪乱していった。
見ていれば分かるが半蔵が多元同時攻撃をしてくるのは本人も投擲している時だけだ。おそらく別世界の投擲を持ってくる条件にこの世界でも投擲している必要があるんだろう。
だから半蔵の投擲には防御でなく回避する。その場から動き常に狙いを外すことを意識して立ち回っていた。
達人同士のせめぎ合い。二人の戦いは見入りそうになる。だがこれはむしろチャンスじゃないか?
二人は今戦っている。なら二人が集中しているこのタイミングなら逃げられるかもしれない
俺はゆっくりと立ち上がり逃げ出した。
「止めろ!」
だがそれに気づいた魔来名から声をかけられる。
そこで見たのは、俺に向かって投擲しようとしている半蔵だった。
俺に攻撃しなかったのは相手に集中していたからじゃない、いつでも殺せるからだ。
甘かった。俺なんて片手間に殺せるほどの相手でしかなかったんだ。
俺に投げられたナイフは三本に増え、首、心臓、頭を正確に狙っている。
死ぬと、瞬間的に分かった。
「え?」
なのに俺は死んでいない。代わりに目に飛び込んできたもの。
「なんで……」
そこには、魔来名がいた。俺に正面を向けて、半蔵が放った三本の刃を背中で受け止めていた。
「なんで?」
分からない。唖然として疑問だけが口から漏れる。
なんでそこまで。どうして俺を守ろうとする? 自分が傷ついてまでどうして俺を守るんだ? 今まで人質のためだと思っていた。でもこんなのさすがにおかしい。ここまでするなんて。
魔来名の顔はナイフの痛みで苦しそうだ。その表情がさらに俺を混乱させる。
「君の望みをまだ聞いていなかったな。教えてもらいたい、魔来名。なぜ君はその子を庇う」
それは俺も知りたい。ここまでして俺を生かす理由なんてないはずなのに。
「ふん。どいつもこいつも、なぜなぜと」
魔来名は半蔵に振り返る。それによって血を流す背中が目に入った。突き刺さったナイフが痛々しくて目を逸らしそうになる。
「いちいち言うか、くだらない」
「そうか」
半蔵が構える。それに合わせ魔来名も出現させた鞘に刀を収め天黒魔の柄を掴む。
「これでもか?」
半蔵が投げるナイフを払うも別のナイフが肩に突き刺さる。
「まだ言わないか?」
さらにナイフを防ぐも横から腹に突き刺さる。
「魔来名ぁあ!」
俺が背後にいるから躱さないんだ。俺のために魔来名は盾になっている。俺のために。
気づけば魔来名の全身にはナイフが突き刺さり血を流していた。
「もういい、魔来名!」
このままでは本当に死ぬぞ!
「退かん」
だっていうのに、この男は強情で、
「俺が決めたことだ」
俺にはなにも教えてくれない。
「ならばともに逝くといい」
終わらせる気だ。半蔵から必殺の気配が放たれる。
腕が、振るわれた。
それにより現れたのは無数とも思えるほどのナイフの数だ。百? 二百か? 前後左右、三百六十度をナイフの切っ先が覆っている。逃げる隙間すらない。まるで網のようにナイフが迫る。
ここで、終わりなのか? 俺だけじゃない、俺のせいで魔来名まで死ぬ。
どうすればいい? どうすれば?
駄目だ。咄嗟に浮かばない。そもそもあるかも分からない。刃が囲い死が迫る。逃げられない!
その時だった。戦場のような極限状態ではまるでテレパシーのように相手がなにを考えているのか分かる時があるという。
俺の前に立つ背中。その後ろ姿が語る。まるで声のように。地獄の底から天に向かって手を伸ばす怨嗟のような。怒りと憎しみ、それを上回る悲哀。そう感じさせる声で。
――力が欲しい。
それは、なによりも強い後悔の念だった。
耳をつんざく大音響。音が飽和して鼓膜が破れそうなほどの振動が全身を振るわす。俺は立ち尽くしたまま。咄嗟に両手で頭を庇うだけでなにが起きたのか分からない。
声が聞こえた後、その出来事は起こり、終わっていた。
俺の声じゃない。耳で聞こえたわけじゃない。言葉ですらなかったかもしれない。ただそう感じた。心に響く感情の波のように。この一瞬、俺は感じたんだ。
力が欲しいと、魂が発する慟哭を聞いたんだ。
「なにをした」
半蔵がつぶやく。その声は明らかに動揺している。
「今、なにをした、魔来名」
魔来名は、抜刀していた。そしてその周囲には数百のナイフが落ちている。
馬鹿な。あり得ない。どんなに剣術に長けていようと、どんなに速く刀を振ろうとこれほどの数をあの一瞬で捌くなんて不可能だ。
ならこれはなんだ? なんで俺と魔来名は生きている?
「なるほど」
魔来名がつぶやく。それは得心したような言い方だ。
「これは攻勢向きだと思っていたが、逆だった。絶対に当たる迎撃というのは有能だ」
「お前」
「そうかッ」
絶対に当たる。それを聞いて思い当たるものなんて一つしかない!
「エルターの絶対命中を食らったのかッ」
もう一人の管理人、絶対命中のエルターを魔来名は倒した。その時に彼女の魂も吸収していた。
スパーダが持つ倒した相手の魂を吸収する能力。それによって相手のスパーダも使えるようになるが、スパーダでなくても回収しその魂に刻まれた能力を使えるようになるのか。
「勝負ありだ半蔵、お前の刃は俺には届かない」
完全迎撃という絶対防御。その前には無数の刃といえど意味がない。
魔来名の勝利宣言に異議を立てるように半蔵が猛攻を仕掛ける。頭や胸、背中、あらゆる場所から放たれる奇襲は本来なら防ぎようがない。
だが魔来名が天黒魔を振るう度それらは地面に落ちていった。
数十という数を前に、一振りで足りぬなら斬撃が分身し、それでも無理なら空間を無視して。それでも届かぬなら時間を超越して。その一閃は条理を越えて敵を絶つ。
半蔵が放つ残数無限の攻撃を一つの打ち損じもなく魔来名は落としていた。彼の足下や周囲には千にもなるナイフが転がっている。そこまで打ってからようやく攻撃が止まった。
「気は済んだか?」
「そうだな」
地面を埋め尽くすほどのナイフは半蔵の失敗の証だ。対して魔来名の成功の証明でもある。これだけ試して駄目なら続けても無駄だ。
「どうあってもお前には当たらんらしい。であれば決着をつける手段は一つしかあるまい」
「そうだな」




