もう、犠牲は払われた。後には引けない
「ちなみに答えたくないって言ったら?」
「別にいいけど、とりあえず火口に放り投げようかな」
「はいはい」
それもかなり強い興味だ。どうしても聞きたがっている。
それで、リトリィの予想は確信に変わる。
「はじめて出会った時、あいつはリンボに迷い込んだだけの人間だった。そんなおいしいカモ見逃せないでしょ?」
「でしょうね」
話の分かる人間だ。悪魔の事情が分かってる。
「だから最初は道案内のふりして罠にハメたのよ、楽勝だったわ」
「まったく」
嘆息するがそれは不用心な駆を思ってのことだ。
「だっていうのにさ、あいつどういうわけか結界破ってくるんだもん。後は成り行き? あいつがどうしても契約したいって目をしてたから仕方がなくしてやったのよ
「そっか」
一部捏造はあるがだいたいその通りだ。それは思い返してみてもおかしな話だった。普通するだろうか、相手はさきほどまで自分を罠に陥れようとしていた相手だというのに。なのに契約したのだ、お人好しにもほどがある。
「駆君、相変わらずね。その優しさは危なっかしいわ」
「助けられた私が言うのもなんだけど、ほんとそうなんだよねー」
敵だけでなく味方からも危惧されるのだからよっぽどだ。
「普段は一歩引いてるくせに仲間のこととなると前に出る。やる気があるんだかないんだか」
「彼は、根は熱血なんだよ」
「マスターが?」
それは意外過ぎる言葉だった。あの無口男が熱血?
「でも、いろいろあって。だから抑え込んでるだと思う。自分を」
「なるほどねー」
そうかも、しれない。本当にただの根暗なら仲間のために熱くなったりはしない。
殺戮王と理性との葛藤。そうしたものがなければ、駆はもっと別の性格をしていたはずだ。
「不思議なものね」
「ん?」
マスターのことを考えていた顔を千歌に向ける。
「悪魔なんて、どれも凶暴なものだかりだと思ってた」
「実際そうやつもいるけどね」
「でも、駆君の周りにいるのは、そうじゃない」
「…………」
「戦ってみて分かる。彼の契約しているのはみな彼を慕ってる。いいチームだと思ったわ」
敵対的な態度を取っていたが内心ではそんなことを思っていたのか。
「あんたのとこは違うの?」
「忠臣、っていうのはいる。でも、全部が全部ってわけじゃない」
「あー、そういえば強引に取り込んだんだっけ」
「悪いとは思ってる。不自由な思いをさせてるわ」
「じゃあなんで」
「…………」
彼女は自由を掲げ戦う革命家だ。それこそが大儀の不死王だ。それが不自由を強いていることを自覚して、それを悪いと後悔だってしている。なのになぜこんなことをする?
そう思って、それを聞こうとして、開いた口を閉じた。
「あんたは」
そんなもの、聞かなくても分かる。
「同じだね、マスターと」
千歌の顔が、そっとこちらに向いた。
「魔王だなんだって地位になりながら全然そんなんじゃない。ただの人間、ただの子供じゃん」
「当たり前でしょ、見て分からないの?」
「ムカつく~」
しっとりした雰囲気にボヤが起こるがすぐに鎮火する。もう、そんな空気じゃない。
「ねえ」
罵倒やおふざけ、そんな段階は過ぎた。
「こんなこと、もう止めよう」
理解してしまった。なら和解も出来る。協力することだって。
「今なら、まだ間に合うんじゃないの?」
理想の裏で彼女だって苦しんでいる。だって当然だ。まだ、十七歳の子供なんだから。
「あんただって辛いんでしょ? マスターとは長い付き合いなんだし、今なら別れずに済むじゃん。仲直りだって出来るでしょ!」
「無理よ」
それを、彼女はきっぱりと断った。
「もう、犠牲は払われた。後には引けない」
「それは」
「それに、私の覚悟はそんなに軽いものじゃない」
そう言うと千歌は立ち上がった。そしてこちらへと近づいてくる。
「私の道は決まっている。私は、私の理想を優先させる」
殺す気か? 恐怖が過ぎる。理想を優先させるなんて物騒なことを言いながら近づいてきたのだ、無理もない。




