仲間の訪問
「あの子はあんたのことを信頼してる。好きなのよ、あんたのことが」
「…………」
その顔は、優しく笑っていた。
「だからね、あの子を裏切るようなこと、悲しませるようなことはしないで」
「当たり前だ、するわけないだろ」
「うん。そう言ってくれると思った」
此方は俺から視線を移すと紅茶を見下ろす。
「こんなことを頼むのもあれなんだけどね」
なんだろうか。彼女の頼みならできる限り応えていきたい。
「聖治。お願い、あの子を守ってあげて」
そんな当たり前のことを? と思ったけど、すぐに内心で顔を振る。ううん、これはそんな簡単なものじゃない。此方は真剣に頼んでいる。
あの子を守って欲しいと。自分の大切な妹を、俺に託してくれたんだ。
「私もがんばる。あの子を守りたいってそう願っているわ。でもね」
彼女の表情に陰が刺す。目が細められ、気持ちが萎んでいくのが分かる。
「怖いんだ、考えると今でも手が震えそうになる。不安なの。それは自分が命を落とすかもしれない、それもあるけど、本当に怖いのは別」
セブンスソードは七人の殺し合い。もしかしたらそれで命を落とすこともある。俺だって殺された。それはとても怖いことだ。
でも、此方は自分の命よりも他のことを恐れている。
「たまに思うんだ。その時がきたとき、私は、ちゃんと戦えるのかな? あの子を置いて、逃げるなんてことないか。それがね、怖いのよ」
「此方」
そうか、それが怖いのか。
「もしあの子を見捨てるようなことがあれば、私は……。自分が許せない。大っきらいよ。そんな自分になりたくない」
彼女の気持ちは、俺も分かる気がする。
大切なものがあるのに恐怖に屈して自分だけ逃げる。そんな弱さを自分は受け入れられるか? そんな卑怯さを認められるか?
もし俺が香織を見捨てるようなことがあれば?
そんなのは、絶対に許せない。そんな自分になりたくない。
でも分かるんだ、死ぬのは怖い。とても怖い。すごく怖いんだって。
「でもね、怖いの。死ぬのが怖い。殺し合うことが怖い」
それは此方だって同じだ。いつも気丈としている彼女だけど此方だって女の子なんだ。いいや、男も女も関係ない、普通の人間なんだ。
殺されるのが怖いなんて、当たり前なんだ。
「ダサいよね、自分でも分かってる」
「ダサくなんてない」
だから、俺は強く断言した。
彼女が俺に振り返る。俺は真っ直ぐと彼女の瞳を見返した。
「死を怖がる人の、どこがダサいっていうんだ。そんなの当然のことだろ。むしろ、死が平気なんてやつはどこかおかしいんだよ」
荒廃した世界では、死が当たり前だった。いつも怖くて、いつも怯えて、生きていることが辛かった。みんなそうだった。
みんな、死ぬことを恐れていたんだ。
「死が怖いのは此方だけじゃない。俺だってそうだ。誰だってそうさ。だから、そんなに自分を追い込むな。それにお前は逃げないさ」
「なんで? どうしてそう言い切れるのよ」
「…………」
言うか言うまいか迷う。勢いで言ってしまったが、これ以上話していいのだろうか。
迷ったが、俺は伝えるべきだと思った。
「……戦ったからさ」
「え」
俺は、言った。
「言わなかったけどさ、前の世界で、お前とは一度戦ってるんだよ。だから言える。お前は逃げたりしなかった。自分の大切なものを守るために、お前は戦っていたよ」
「それは」
此方が恐る恐る聞いてくる。
「私と聖治が、敵同士だった、てこと?」
「…………」
答えられない。それを言葉にする度胸が俺にはない。
「どうなったの?」
「……俺たちは此方たちに話し合いに行った。でも、戦闘になった。お前は俺の友人を殺め、その後、俺が」
声は尻すぼみに小さくなっていき、顔の向きも下がっていく。
「俺が、お前を……」
「…………」
此方はなにも言わなかった。ただ静かに驚いているようだった。
「そこで俺はパーシヴァルを使い、この世界に来た。……もう終わった話だ」
顔を上げる。話すべきことは以上だ。確かに俺たちは以前まで敵だった。でも今は違う。それで十分だ。
十分なんだ。
「ごめんね」
「此方?」
いきなり謝れて少しだけ驚く。まさか謝られるとは思わなかった。
「ごめんね。怒ってるでしょ? 私のこと」
「どうしてそんなこと言うんだ」
「だって、私はその友人を殺してしまった。聖治の大事な人を。あんたがどれだけその人たちが大事なのか、それは話を聞いていたから分かる。そんな人を、私は殺してしまった」
気にしてくれているのか。前の世界でのこと。そんな記憶も自覚だってないはずなのに。
けっこう、優しい女の子なんだな。
「ごめんなさい」
「謝るな。言っただろ、終わった話だ」
「うん」
そう言って、俺たちはどちらからか小さく笑い合った。
それから時間が経って時刻は夕方。茜色の光がベランダから部屋の中に入ってくる。
俺はリビングのソファに座りながらぼうとその景色を見つめいた。
ここに来てから世界の変化に混乱しっぱなしだったけど、ここに来られてよかった。
安神姉妹。彼女たちと出会うことで俺は二人を知ることが出来た。そこには互いを思い合う優しさがあって、掛け替えのない絆があった。
大切な人がいる。それは俺たちだけじゃない、彼女たちも同じなんだって知れた。それは、すごく大事な収穫だったと思う。俺たちと同じなんだ、なら一緒に恐怖を克服することだってできる。みんなで協力すればセブンスソードだって乗り越えられる。
やれる。やろう。俺と香織、星都と力也、そして此方と日向ちゃん。みんな一緒に、この儀式から生き延びるんだ。
すると日向ちゃんの部屋に入っていた此方がやってきた。
「どうだった?」
「うん、だいぶ落ち着いたみたい。今はぐっすり寝てるわ。この調子なら明日には治ってるんじゃない」
「そうか」
回復しているようでなによりだ。医者に診せるわけにもいかないからな。ホッとするが此方の方がよほど安心しているようで表情が柔らかくなっている。
「なんとかなってよかったな」
「油断は禁物だけどね。あの子はなにをしでかすか分からないんだから」
「ははは。ほんと活発だよな、日向ちゃんは」
「わんぱくなのよ」
まあ、元気なのはいいんじゃないかな。度を超さなければだけど。
ピンポーン。
「ん?」
インターホンの呼び鈴だ。
「誰かしら」
此方がスピーカーに近づいていく。画面にはすでに人が映ってるた。俺からはよく見えないがなにか注文でもしていたのだろうか。
『安神のお宅で合ってるか?』
この声は!
「そうだけど」
『そうか。ならスパーダっていうのにも聞き覚えはあるな?』
「!?」
俺は立ち上がりインターホンに駆け寄った。この声は間違いない、星都の声だ!
『今マンションの前にいる』
「星都!」
到着するなり呼びかけるがその前に映像は切れてしまった。
「星都? もしかして、今のが聖治が話していた友人のこと?」
「前の世界ではな。今は初対面のはずだ。あいつも俺たちのようにセブンスソードには反対だ」
「でも」
星都のことは話していたから此方も知っているはずだ。俺としても知っている仲が会いに来たことに楽観したくなるが、此方の目は心配そうだ。
「その割には雰囲気がなんていうか、暗かったわよ?」
「…………」
それは、正直俺も気になっていた。
星都も性格は明るいやつだ。いや、セブンスソードに巻き込まれれば落ち込むのは当然なんだが、和平の交渉に来たにはどうも切羽詰まった感じがする。
ただ、星都からすれば俺たちが友好的という保証もないんだ。それで緊張しているのかもしれない。
「本当に大丈夫かしら」
「もしかしたら警戒しているんだろう。俺が説明する。そうすれば分かってくれるさ」