私は、負けん。すべての人類を滅ぼすまで、私は!
負けじとサラマンダーも次の攻撃を繰り出す。
編まれる魔力の網。像を成す炎の固まり。
「ファイザ!」
ジュノアを飲み込むほどの炎が宙を走る。
「ん?」
ジュノアは後ろに飛びバク転でファイザの回避に成功する。地面に着地し相手を見上げる。
「さすが大妖精、ザ系を使うとは大したものですねえ」
上級呪文の発動に目を丸くしたもののそれだけだ。動揺はなく彼女のペースは崩れない。
ジュノアとサラマンダーは走り出し互いに拳を出し合った。衝突に両者の拳が弾かれサラマンダーは尻尾で体勢を保つ。
ジュノアは接近しサラマンダーの足を蹴り体勢を崩す。そこへワン、ツーをたたき込む。サラマンダーもすかさず尻尾で攻撃するがジュノアは両腕を交え頭上で受け止めた。さらに尻尾を掴むとサラマンダーを振るい地面へと叩きつける。その様はまるでネズミがライオンを持ち上げ投げ捨てるようだ。それほど両者には体格差がある。
サラマンダーは強力だ。大妖精の名は伊達ではない。全身から放つ熱だけでも多くの者はかなわない。並以下では戦いにすらないほどの悪魔だ。
それを相手にジュノアは圧倒している。サラマンダーの巨体を越える怪力に高熱や衝撃でもびくともしない強固な肉体、それらを遺憾なく発揮する格闘術。
サラマンダーが立ち上がる。そこへさらに拳や蹴りを加えていく。
シンプルながらも強い。強さに複雑な理屈はいらない。
力があって頑丈ならいい。異能の対極に位置する純粋な物理強度。
それがリリン。もう一つの人類。
「あなたが嫌いな旧人類から母が奪い取った生命の実。それによって得た強靱な肉体と不老の体こそリリンの真髄。それにすら勝てないあなたたちだからこそファースト・グレイトウォーで旧人類に負けたのですよ。おまけに悪魔の救世主も旧人類。名誉の死もなく生き恥を晒しながら魔界で隠居暮らしをする日々。その陰で人類は大きく発展しました。今やあなたたちはイヴンからも忘れられ伝説に名を残すばかり。死んだも同然」
ジュノアはジャンプしサラマンダーの頭を掴んだ。そのまま上昇していきサラマンダーの足が地面から離れる。
ジュノアは片手でサラマンダーを掴んだまま地面に叩きつけた。激しい音とともに彼が横になる。
その顔面に狙いを定め、右手を大きく振りかぶる。
「悔しいでしょうねえ」
渾身のアッパーが激突した。アンダースローのように地面ぎりぎりを通って上昇するパンチがサラマンダーをとらえ彼は大きく吹き飛んでいく。地面をえぐりなお勢いはなくならない。
「ぐ、うう……」
地面に横たわるサラマンダーは重傷だ。ジュノアの度重なる攻撃によって体のいたる場所がえぐれ痛々しい。
「まだ、だ」
それでも彼は立ち上がる。二度目の敗走はない。これは雪辱を晴らすための戦い。もう屈辱は被らない。
気力を振り絞りサラマンダーは立ち上がった。さらに欠損している部分から火が噴き肉体を補い始めていく。炎が肉体に変わりみるみると復元していた。
「ほお。炎を司る妖精にはそんなこともできますか。まるでフェニックスですね。彼と比べると目劣りしますが」
せっかく与えた傷が回復していくが特に焦りはない。この程度では治されてしまうのならば、次は回復が追いつかないほどの攻撃を加えればいい話。
サラマンダーの傷が完治する。それどころかさらに激しさを増した炎が周囲を燃やし広がっていく。
「私は、負けん。すべての人類を滅ぼすまで、私は!」
「いいえ、あなたは終わりですよ」
だが、彼の熱意に冷たい宣言が下りる。
「悪魔召喚師で行う狂乱の宴、デビルズ・ワン。それを監督する者として私も一つ、召喚師として戦って差し上げましょう」
そう言うと彼女は片手を腰に当て、右手で指をパチンと鳴らす。
「ワン・ショット・サモン」
彼女の言葉の後、サラマンダーを囲うようにいくつもの召喚陣が現れた。
「なんだ?」
空間に現れ彼をぐるりと囲む赤い紋様。そこから巨大な黒い腕や鉤爪、くちばちなどが現れた。
ジュノアは右手を銃に模し人差し指を弾く。
「アクション」
瞬間、それらが一斉にサラマンダーに襲いかかる。黒い腕が顔面を殴り、鉤爪が胸を裂き、くちばしが背中を突き刺す。それらは一回行動をすると召喚陣へと戻り消えていった。
だが召喚は終わらない。次々と新たな召喚陣とともに悪魔の肉体の一部がサラマンダーを攻撃していくのだ。
「ぐああああ!」
全身を殴られ裂かれつつかれる。そのどれもが巨大な悪魔の攻撃。蹂躙される。まるで大砲をマシンガンのように放たれる。
すべての召喚陣が消えた後サラマンダーは満身創痍で立っていた。集団リンチに怪我はさきほどよりも大きい。それでもなお立っているのだからすごい。
ジュノアは片手を腰に当てたまま前屈みになる。まだ立つ敵へ最後の攻撃を叩き込む。
「ワン、モア」
サラマンダーの正面、そこに新たな召喚陣が現れる。そこから覗くのは巨大な角を持つ馬の頭だった。角の照準は彼の胸に当てられる。
ジュノアは口に手を当て投げキッスを送る。