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【書籍化決定】セブンスソード  作者: 奏 せいや
エピローグ
379/496

炎の大妖精、サラマンダー

 赤い空の下、崩壊したビルが並ぶ町の中、血を浸したような月をジュノアは見上げていた。儀式はこれで二名が脱落。月はほぼ上弦に達しその進行度を示している。この儀式に期限はないがおおむね順調に進んでいるようで監督役として誇らしい。当初予定になかった部外者もいるがそれも儀式の進行に貢献してくれている。


 問題はない。道路の上に立ちジュノアは満足気に笑い充足感に浸っていた。


「ん?」


 そこへ大きな足音が近づいてくる。せっかくの余韻もドシンとなる重い音にかき消されジュノアは振り返った。


「これはこれは」


 そこにいた悪魔につい声が上がる。


 それは高さ数メートルになる炎の巨人だった。体は炎を纏い瞳からも煙と共に火を放っている。炎の翼と尻尾を生やし全身から放たれる威圧感と高熱が周囲を覆っていた。


「炎の大妖精、サラマンダー」


 この場に現れた彼を見上げジュノアは両手を広げる。予期せぬ出会いだ。上級悪魔に数えられる彼を見かける機会は滅多にない。ジュノアも名前を聞いたことはあったがこうして会うのは初めてだ。


「あなたほどの悪魔がこのような場所へどんなご用件で? リンボに立ち寄るとは珍しい」


 サラマンダーは魔界でも有力な悪魔だ。それがリンボに来るとは。リンボとて魔界から見れば辺境、普通なら来ることなどそうそうない。


 ジュノアからの問いにサラマンダーは低い声で答えた。


「デビルズ・ワン。悪魔と契約した人間どもを競わせ地上への穴を作っていると聞いた」


 ほお、と声には出さず感心する。どこでそれを聞いたのか知らないが耳が早い。


「ええ、その通り。この儀式によって魔界と地上が繋がるのです。今まで数え切れないほどの年月を隔てた壁が取り壊され新たな扉が開くとは。興奮しますねえ」


 魔界と地上が繋がる。その歴史的偉業。その興奮度合いとくれば四年に一度のオリンピックなど比ではない。彼らはこの宇宙の誕生、それ以前から待ち望んでいたのだから。それが目前に控えてジュノアは今にでも小躍りしそうなくらい上機嫌だ。


「早く行かせろ」


 が、ジュノアの陽気な話し方にサラマンダーはきっぱりと言い切る。親しくする気はないのかその目つきと態度も鋭い。


 だがそれを真に受ける彼女でもなくあくまでマイペースだ。全身の熱とは逆に冷たい態度の彼にも接し方は飄々で、それだけで彼女の度胸が大きいことが分かる。相手は巨人だ、そんなものに凄まれてマイペースでいられる彼女もまた人外の怪物。


「気が早いですねえ。ですが今はお待ちしていただくしかありません。儀式はまだ途中、行きたくて行けるものではありません」

「ではいつだ」


 よほど地上へ行きたいらしい。サラマンダーは急かしその口調も少しだけ苛立ちを滲ませる。

 が、そんなものジュノアの知ったことではない。


「それは分かりません。儀式の進行を行うのは参加者ですので。いつ儀式が完成し扉が開くかは彼ら次第。私はあくまで監督役に過ぎません。あしからずですね」


 彼の事情や焦りなどどこ吹く風。彼女も彼女で相手に遠慮しない。目を瞑りながら両手とともに肩を小さく持ち上げる。


 その構図。まるでネズミがライオンと対等に話しているようだ。ライオンからすればそれだけで不服だろう。両者は決して同じじゃない。圧倒的格上、絶対的格下だ。そんなものがへりくだることも弁えることもせず話しかけてくる。不敬だと思っても不思議ではない。特に魔界では階級を重視する傾向が強い。


 みるみるとサラマンダーの熱が上がっていく。言葉にせずとも彼の苛立ちが上がっているのが分かる。しかし彼の怒りはジュノアの態度以前からだった。彼の雰囲気は最初から固い。


「では、お前がいなくても儀式は進行するのだな」

「だとしたら?」


 不穏な響きを感じ片目を開ける。サラマンダーの刺すような視線が自分を見下ろしている。


 そこでサラマンダーが歩き出す。みるみると距離を詰めてきた。


 これ以上はまずい。彼は炎の巨人だ。高熱を周囲に放つ彼が近づくということはは本人の意思に関係なく攻撃に等しい。それが分かっているから彼も距離を置いて立ち止まっていた。それが近づいてきたのだ。それが意味することは明白だ。


「我ら悪魔は人間に借りがある」


 彼の足裏が地面を焦がす。アスファルトが溶け出し有毒な臭いが広がる。


「故郷を追われ、仲間を奪われ、屈辱と死のみを与えられた」


 さらに一歩を踏み出す。空気が熱で歪みこの場はサラマンダーという熱源によって炙られる。

 それは炎という名の怒り。放たれる憤怒の熱が伝播する。


「人間という残虐で悪辣な生き物を許すほど私は寛容ではない」


 サラマンダーの足がようやく止まる。それはジュノアの目の前だった。


「それはリリンも例外ではない」


 ジュノアとの距離は彼の全体攻撃のレンジ内。彼女の体を高熱が襲う。生身のイヴンならば全身が焼け焦げ絶命する温度だ。


「えーと」


 そんな地獄の中で、ジュノアは平気だった。


「つまりそれはー、あー、……どういうことです?」

「貴様を殺す」

「あー、なるほど!」


 それどころかおどけている。それか本当に分かっていなかったのかもしれない。


「そういうことですか、ようやく理解しました。お気を悪くしないでくださいね。もともとリリンは頭がよくないので」


 ジュノアは愛想笑いを浮かべ苦い表情だ。

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