明朝
彼女のことが頭を過ぎる。こんなにも俺に好意を寄せてくれて、そのままもちろんと言いそうになる。
でも、俺には香織がいる。一生守り続けると誓った、俺の恋人が。
どうするべきなんだろう。
想いを貫くべきなのか。
それとも、世界は変わったのだからその世界に合わせるべきなのか。
俺は。
「ううん。いいんです」
迷っている間に日向ちゃんは寂しそうに顔を下げてしまった。でも、すぐに笑って俺を見つめる。
「すぐに、答えられることじゃないですよね。でも、もし私でも入れる余地があるなら嬉しいなって」
ショックなはずなのに笑ってくれる。本当にいい子なんだな。
彼女の期待にすぐに答えられないことが申し訳ないけれど、今は彼女と一緒の時間を過ごしていけることが素直に嬉しい。
「聖治さん、まだまだお話しよう! 今夜は寝かせないんだからね」
「おいおい」
彼女の台詞にたじろぎながらも俺は笑っていた。
それから俺たちはベッドの上でたわいもない話に花を咲かせては笑い合った。
セブンスソードはまだ終わっていない。脅威はなくなっていない。なのに俺は笑ってる。
「そうそう。それでそのラーメン屋のエベレスト盛りっていうのがヤバくてさ、日向ちゃんだと食べ終わるのに一日かかるんじゃないか?」
「え~そんなに~?」
久しぶりだった、こんな感覚。
それで思い出す。俺は、こんな生活を取り戻したくて、守りたくて。
だから、絶対にみんなで生き延びるんだ。
セブンスソードなんていう、最悪の儀式から。
*
それから夜が明けて俺は目を覚ましていた。まぶたが重い。まだ眠くて俺は盛大なあくびをしていた。
「ふぁ~あ」
まるで猫みたいな大きなあくびだ。
「ん?」
と、体に当たる感触に俺は下を向いてみる。
布団の中で日向ちゃんが寝息をたてている。幸せそうな寝顔に見ているこっちまで笑顔になる。昨日は遅くまで話し込んでしまったからな、ぐっすりと眠っている。
「ふぇ?」
「ごめん、起こしちゃったな」
俺が動いたのが伝わっちゃったかな。半開きのまぶたをこすり日向ちゃんが起きる。ずいぶんとゆるい顔をしている。
「あさぁ?」
「おはよう、朝だよ」
「うん……」
俺からのあいさつにもとりあえずうなずくだけで日向ちゃんはまたいそいそと布団の中に戻っていく。
「え!?」
「うお!」
と思えば急に起き上がり俺を見てきた。
「どうして聖治さんがここに!?」
「どうしてって」
まだ寝ぼけてるな。昨日のことを忘れてるみたいだ。
「そんな、聖治さんが私の部屋に忍び込むなんて」
「俺の部屋だぞ」
「自分の部屋に連れ込むなんて」
「自分から来たんだぞ」
「心を操った!?」
「違うぞ」
大丈夫かな? かなりまずい発想に取り付かれているようだけど。
「あ、そうだった」
「ようやくか」
危ない。もう少しで犯罪者にされるところだったぞ、俺。
「日向ー!?」
そこで鍵が開く音がするなり玄関から大声が聞こえてきた。どしどしと足音が近づき部屋の扉が開けられる。
「貴様、死ねぇ!」
「なぜだ!?」
なにか勘違いしてるだろこいつ!
それから慌てて部屋に上がり込んできた此方を説得して俺たちはリビングに移っていた。なんかこんな展開昨日もしたよな。
「勘弁してくれ。なぜ俺があらぬ事実で疑われなくちゃならないんだ」
「あの状況見れば誰だってそう思うでしょ」
「えへへ」
「日向も。夜に抜け出すなんてなにしてんのよ。心配したのよ」
「ごめんごめん。でもはっきりさせたくて」
「まったくもう」
此方はやれやれと顔を振っている。まあ、奔放な妹を心配する姉としてはそうだろうな。俺も日向ちゃんの行動力は評価する一方心配になる。
「とりあえず朝食にしましょう。安心したらお腹すいたわ」
此方がソファから立ち上がる。それもそうだな。俺もホッとしたらお腹が空いたよ。
「じゃあ私も手伝うよ」
日向ちゃんも立ち上がり台所へと向かおうとする。
「コホ」
「ん? 日向ちゃんどうかした?」
立ち止まってせきしてるようだけど。
「ううん。なんだか喉がつっかかって。……ゴホ」
「大丈夫か?」
「日向、ちょっと見せて」
すぐに此方が駆け寄り日向ちゃんの額を触っている。
「ちょっと熱があるんじゃない? 風邪かもしれない。まさか、昨日夜更かししたから」
「なぜ俺を見る」
しかも目つきがきつい。
「そういえば日向ちゃん、昨日はお風呂上がりで来ただろ? それで体が冷めたんじゃないか?」
「そんな~。これくらい大丈夫だよ。……ゴホ」
「これは休んだ方がいいな」
「私も賛成よ。ほら、自分の部屋に戻って布団に入る。食事は持って行ってあげるわ」
「ええ~。私もここにいる。聖治さんの隣にいるう~!」
「わがまま言わない!」
まるで子供を叱りつけるお母さんのようだ。此方は日向の手を引いて玄関に向かっていく。
「聖治さ~ん!」
「んー」
そう言われてもな。
日向ちゃんは片手を俺に伸ばし助けを求めてくるが風邪なら休んだ方がいいしな。
俺は二人を見送る。それからしばらくすると此方が一人でやってきた。
「日向ちゃんは?」
「ベッドで横になってる。まったくあの子は。見境がないというか一直線なんだから」
「素直なんだろうな。おまけに元気だ」
「まあね」
そうつぶやく此方は疲れた笑みを浮かべる。
「食事まだだったでしょう? 座ってて、今用意してあげる」
「冗談言え。さすがの俺だってトーストくらい作れるぞ」
「そう。ならお願いするわ」
俺たちはそれぞれ朝食を食べるため用意し始めた。此方は冷蔵庫からたまごとベーコンを取り出しスクランブルエッグを作ってくれた。俺もトースターにパンをセットして焼き上げる。それぞれの調理が終わり皿に盛り付けた。
テーブルに座る。牛乳が注がれたグラスにトーストとスクランブルエッグとなかなかに豪華な朝食だ。
が。
「誓うわ。あんたには絶対料理はさせない。ううん、食べ物を触らせない」
此方が見下ろす先にはやたら焦げ目の強いトーストがある。どうやら時間設定を間違えたらしい。
「見た目で判断するな、中身はいいやつかもしれないぞ」
「そんなわけないでしょ、全身が炭になるような生き方してきたやつのどこかいいやつなのよ」
「いいから食ってみろって。食べてみなくちゃ分からないだろ」
俺たちは同時にその黒いトーストを口に入れる。
「苦い」
「苦いな」
くっそ苦い。駄目だこれ、完全にまずいわ。
「このトーストも可哀想に。まさか自分がここまで焼かれるとは思わなかったでしょうね」
「日焼けサロンかと思って行ってみれば焼却場だったような衝撃だろうな」
「はぁあ、油断したなぁ」
俺の失態に此方が盛大にため息を吐いている。止めてくれよ、胸に刺さるだろう。
「悪かったよ、まさか俺だって自分がこんなに下手くそだとは思わなかった」
「逆に教えて欲しいんだけど、こんなに便利な世の中になったのにトーストすらまともに作れないなんて。あんたの無能ぷりはどうやったら救えるの?」
「とりあえずその毒舌を止めてくれ、それで心は救われる」
この際無能でいいから俺の心をこれ以上メッタ刺しにするのは止めてくれ。