お前は一花が生んだ幻想
秋和の力強い台詞に駆は落胆し顔を下げる。無理だ、彼の考えを変えることは出来ない。それもそのはず。彼はずっと言ってきた。世界には秩序が必要だと。それが親友の死によってさらに固まった彼を誰が止められるか。彼をよく知っているからこそ不可能だと分かる。
それでも、駄目だと分かっていても、彼と同じように駆も求めてしまう。
何度も顔を振る。彼の願いを否定する願いだとしてもしてしまう。
その願いもまた、秋和の願いによって否定されてしまう。
「すでに決めたことだ!」
駆のしがみつく思いを駄々と切り捨てる。
「お前はすでに死人なんだ駆。そのお前が俺に指図するな!」
「ッ」
そう言われて目線が下がる。秋和は自分のせいで変わってしまった。それを今更止めろと言うのは我が儘なのだろうか。
「駆、お前はいずれ俺と戦うことになる。それは必然だ」
駆と秋和の関係はもう友達ではなくデビルズ・ワンの競争相手だ。ならば戦うのが道理。
しかしそう言った本人であるはずの駆はきびすを返し半身を向ける。
「だが、それは今じゃない。お前にはまだしてもらうことがある」
そのまま駆に背を見せてきた。
「お前は一花が生んだ幻想。偽りの現実だ。だが、こうして語り合えてよかったよ」
そう言って秋和は背後にいる悪魔の列に混ざっていく。このまま帰る気なのか。駆は手を伸ばし駆け寄ろうとする。
「やれ」
それを遮るように秋和が指示を出す。
すると上空で雷が鳴った。見上げれば赤い空に浮かぶ雲に稲妻が走りそこから一本の影がこちらに降りてくる。
「なによあれ!?」
それは駆たちの正面に現れた。
鮮やかな水色の鱗。尾鰭と背鰭を羽のように広げ浮遊する巨体。尻尾と胴体が繋がっている細長い形状は東洋の龍を思わせる。
空を飛ぶ海龍。それが駆たちの前に現れたのだ。
その威圧感に身構える。魔獣の中でも明らかに上位な存在。それが駆たちを見下ろす。
駆はクイック・サモンで全員を呼び出した。
「海龍リヴァオール? こんなやつまで使役しているのか」
ガイグンが顔を歪ませている。それだけにこの敵は強大だ。
リヴァイオールが天に向け吠える。それは千の鳥が一斉に鳴くほどの大きな音だった。
その後リヴァイオールがこちらを見る。
直後、湖に変化が現れた。水面からいくつもの水流の竜巻が起こり出す。水がうねり勢いを増していく。
相手は空を飛んでいる。攻撃しようにも近接攻撃では届かない。
そのまま水竜巻は橋に近づいてきた。慌てて引き返すが間に合わない。
「やっぱりかー!」
駆はみなを指輪に戻す。直後竜巻に飲み込まれてしまう。体が流され身動きが取れない。そのまま湖の中に沈められた。もう上がどちらで下がどちらかも分からない。呼吸ができず危機感だけがせり上がる。
水の中なんとか目を開ける。深いのか周囲は暗い。そんな中正面の闇から二つの光と巨大な影が近づいてくる。
リヴァオールだ。そのまま駆めがけ近づき口を開ける。人間一人丸飲みできる口が襲いかかる。
その時駆の体が横に流された。それによりリヴァオールの攻撃から逃れる。
真横から突如発生した不自然な水流に運ばれる。その水流は駆を運び続け水面から飛ばされた。湖のふちに倒れ駆はせき込む。長らく呼吸出来なかった空気を取り戻すように大きく肺を膨らませた。
「マスター大丈夫?」
そこへリトリィが現れ心配される。駆は腕を上げ無事を伝える。
なんとか助かった。そのことに安堵するがどういうことか分からない。
駆は立ち上がり湖にそっと近づいていく。
「ちょっと危ないって!」
リトリィの忠告を半分無視しつつ駆は警戒しながら水面をのぞき込む。が、そこにはなにもいない。あれはなんだったのか。駆はさらに水面に顔を近づけてみる。そこにあるのはのぞき込む自分の顔だ。水は透き通っておりまるで鏡のよう。
するとその顔が伸び始めた。
「!?」
慌てて下がる。見れば水面の水が上昇し始めている。それで駆の顔が伸びて見えたのだ。
水はみるみると上昇し形を作り始める。それは人の上半身になり駆の前に現れた。
見た目は女性の形をしている。服はなく水でできたマネキンのようだが髪はあり腰まで届く長髪が広がっている。下半身はなく水滴がいくつも浮いていた。空を浮いている様から幽霊か、もしくは、
「あれ」
リトリィが近づいてくる。彼女を知っているのか警戒感がない。
「ウンディーネじゃん」




