食事
すると此方が振り向いてきた。
「なによ、そんなおどおどして。初めてじゃないでしょ」
「お姉ちゃん、今の聖治さんは初めてなんだよ」
「ああ、そっか。調子狂うわね」
俺は二人の後ろから部屋へと入っていきリビングに着いた。間取りは俺の部屋と同じだが家具が違うからまた雰囲気が違う。カーテンの色合いとかソファの形が違うからかな、俺の部屋と比べると明るくて柔らかい印象がある。俺の部屋の照明は白色だが二人の部屋は電球色なのもここが温かく感じる理由かもしれない。
なにより、ダイニングキッチンで楽しそうに料理を準備している二人の姉妹がいるのが一番大きい。
今もエプロンをつけながらどちらがなにをするか話し合っている。俺にはちょっと冷たい態度の此方も日向ちゃんと話すときはあんなにも笑顔を浮かべている。それは彼女も同じで見上げる姉に笑顔を返していた。
仲のいい姉妹だな。
テーブルの席に着きながら二人をぼうと眺める。彼女たちと出会ったのは今日がはじめてだが二人の仲がいいことは十分伝わってくる。
なんていうか、意外と言えば、意外だった。
最初此方に抱いた印象は怒りや憎しみに近いものだった。話し合いをしに行った俺たちをだまし討ちのような真似で迎え入れ、そのせいで力也は命を落としてしまった。星都や香織は涙を流して悲しんだ。俺だって悲しかった。どうしてこんなことをするんだと怒りを覚えた。
でも。
こうして楽しそうに談笑している二人を見ていると思う。
彼女も普通の女の子なんだって。普通に笑って、普通に怒ったりする。大切な家族がいる。
もしかしたら、彼女も怖かったのかもしれない。スパーダを名乗るセブンスソードの敵が自宅に現れたんだ、ここで討たなければいつ襲われるか分からない。そう考えたかもしれない。
それもきっと、自分のためじゃない。
「それじゃあ日向はキャベツの千切りをお願い。私は炒めておくわ」
「うん、分かった!」
笑顔で妹に指示を送る此方。
日向ちゃんを守るために、あの時の此方は決断したんだと思う。
『私がやらなきゃ。私がやらなきゃ。私が。私が』
「…………」
あの時彼女が言っていた言葉、自分に向けて言っていた言葉の数々は、人を殺すことと妹を守ることの天秤というか、葛藤だったんだ。
彼女にも守るものがある。命をかけてでも守りたいものがある。それを俺はこの世界で知ることができた。
「俺も手伝うよ」
俺だけが見ているわけにもいかない。俺もなにか手伝わなきゃ。
それで俺は席を立つのだが、此方はジト目で、日向ちゃんはポカンとした顔で見つめていた。
「…………」
「…………」
「? どうしたんだ?」
ええーと、なぜそんな顔で見られなきゃならないんだ? 一応俺なりに気を遣ったんだが。ほらだって! 俺だけがなにもしていないなんてあれだろ? お客さんってわけじゃないんだし。そりゃ姉妹で楽しそうにしている中割り込んだ形だけど、そんな反応しなくてもいいだろ。え、俺そんなに悪いことしたのか?
「今ので確信した、あんたほんとなにも覚えてないのね」
「どういう意味だよ?」
ほんと分からない。どうやら姉妹の中に入り込んだことを言われているわけじゃなさそうだが。
「あのね、聖治さん。前も聖治さんが手伝ってくれるって言ってくれたことがあるんだけど、包丁で指は切るわ調味料は間違えるわ食器は割るわで大変だったんだ。それからね、気持ちは嬉しいんだけど」
あー……、なるほど。そういうことか。完璧に理解したわ。
「うん、分かった。もう言わなくていい、十分伝わった」
俺は椅子に戻った。なんだか悲しい。
「要はなにもしないで、邪魔だから」
「なんで言った!? 言わなくてもいいって言っただろ!」
嫌がらせかこいつは!
そんなこんなで俺は二人の調理風景を静かに見守る係りとなった。日向ちゃんはキャベツを千切りにしており此方はフライパンでなにやら炒めている。どちらも慣れたものでテキパキと進んでいく。なんか女の子が調理している姿っていいな。
せっかくだし俺も手伝いたい。やはりしてもらってるだけというのは悪いし。
俺はそーと腰を浮かしてみた。
「!」
「!」
「!?」
が、その動きを射止めるように二人の視線が突き刺さる。いやいや、だるまさんが転んだじゃないんだぞ。
まさか二人が二人の調理を見守る係りを見張る係りだったとは。器用なものだ。ていうか俺信用なさ過ぎじゃないか?
そういうこともあり大人しく待って十数分後。テーブルには豚の生姜炒めとごはんと味噌汁が並んでいた。皿に乗った豚とたまねぎからは生姜の食欲をそそるいい匂いが立ち上がってくる。見ているだけでお腹が減ってきた。
「すごいな、これ二人が作ったのか?」
「あんたは今までなにを見てたのよ」
「ふふふ、冷めないうちに食べてくださいね」
俺は手を合わせた。
「いただきます」
二人も手を合わせる。早速豚の生姜焼きを口に入れてみた。
「うん、うまい!」
口に広がる豚肉のうまみとたまねぎの甘さ。ごはんが進む。口直しにキャベツの千切りがちょうどいい。細く切られていてしゃきしゃきと食べやすい。うまい、なんでだろ、涙が出てきそうなほど俺は今感動している!
「まじでうまい、天才じゃないのか?」
言ったあとすぐに生姜焼きとごはんをかき込む。
「な、なによ。そこまで言わなくてもいいじゃない。こんなの普通かちょっとうまい程度よ」
賞賛に此方は遠慮がちに答えているがそんなことはない。
「いいや! これは最高だ、これを生きているうちに食えてよかった!」
「ちょっと、恥ずかしいからやめてくれない? 大げさなやつね」
「うふふ、聖治さんったらほんとにおいしそう」
俺は二人の倍以上の速度でごはんを平らげてしまった。最後に味噌汁を喉に通し一息つく。
「ふぅ。いやあ、マジで感動したよ。こんなのが食えるなんて夢みたいだ」
「あんたいつの時代の人間よ」
「おかわりありますよ。食べますか?」
「食べる!」
俺はおかわりの分ももらいお腹いっぱいになるまで食べた。
「ごちそうさまでした」
三人で一緒に手を合わせ食事が終わる。もう食えない……。
「聖治さんほんとうにたくさん食べましたね。よっぽどお腹空いてたんですか?」
「どうなんだろ。最初はそうでもなかったんだけど、一口食べたら止まらなくてな。それに食える時に食べておかないと」
「いつの時代の発想よ」
「聖治さんのたべっぷりを見ていると作ったかいがありました」
「二人ともありがとうな、ごちそうだったよ」
「いえいえ」
日向ちゃんは嬉しそうにニコニコしている。自分の作った料理をおいしそうに食べてもらえるというのは嬉しいものなんだな。
ただ、此方にも言われたが俺のこの気持ちはなんなんだろう。自分でもよく分からないけどほんと感動したんだよな。どうしてそこまで心が震えたのか分からないけど。此方につっこまれるのも仕方がない。
それから食器の片づけまで二人にしてもらい俺は座っているままだった。片づけくらいしようと思ったが二人に睨まれては石化してしまう、メンタル的に。
その後は一旦俺の部屋に戻りソファに腰掛けテレビを見たりで時間が過ぎていき時間はすっかり夜になってしまった。
「それじゃあ私たちは戻るわよ」
そう言って此方が立ち上がった。そりゃ、二人は女の子だからな。お隣同士とはいえこんな夜中に人の家にいるのは駄目だろう、常識的に。
「えー、もう少しだけ」
「わがまま言わない。ほら立つ」
「うう~、聖治さ~ん」
居残ろうとする日向ちゃんが最後の抵抗を見せている。ソファに寝ころぶが姉此方は首根っこを掴んで容赦がない。彼女は足をバタバタさせながら俺に両手を伸ばしていた。
「また明日会えるさ」
「そういうこと。観念なさい」
「うう~」
此方の力に負けしぶしぶ立ち上がる。俺も名残惜しいけれどやっぱりずっと一緒にいるわけにはいかないからな。
「それじゃ」
「ばいばい聖治さん」
「ああ、また明日な」
此方は素っ気なく、その後から日向が大きく手を拭りながら出て行った。俺も手を振って二人を見送る。
玄関の扉が閉まり大きく息を吐いた。なんか、一人きりになってようやく落ち着けた気がする。
気づいた時から知らない二人に囲まれて気が気じゃなかったからな。