ハハハ、食事中にはきつい話題ではあるな
知らなかった。人間と悪魔では生命維持にかなり違いがあるらしい。思えば地上にも真偽はともかく悪魔について記述されたものはあるが食事について書かれたものは聞いたことがない。
「ま、私たちからすれば食事っていうのはあくまで嗜好品とか娯楽の類だから。伯爵とか魔王クラスならともかく普通はしないもんね」
人間にとっては必須だが悪魔にとって食事は嗜好品。ということは農業も活発ではないのだろう。
そんな悪魔がいったいなにを食べるのか。今更ながら蓋の中身が気になってくる。地上ですら食文化は様々で中にはびっくりするようなものまであるというのにここは魔界で悪魔が好んで食べるようなものだ。
まさか血か? それとも人間の肉か? 生け贄に捧げられた動物でも入っているのだろうか?
「ちょっとマスター、なんて顔してるのよ」
言われて振り向く。気づかなかったが今の駆はかなり緊張と同様の面持ちをしていた。
「大丈夫ズラ。人間がなにを食べているのかはオイラだってだいたいは知ってるズラ。その上でこれなら大丈夫。きっとマスターも気に入ってくれるズラ」
胸をなで下ろす。知らず入っていた力が抜ける。そういうことならいいのだが、では一体なんだろう。不安はもうなくなったが疑問までは消えていない。
「それじゃあどうぞズラ~」
ポクの明るい声に合わせて蓋を開けてみる。
そこには白い皿の上にホットケーキが乗っていた。実際にはイタリア料理のフォカッチャ、それかインド料理のナンのようだ。その上になにやら粘度のある液体がかかっている。臭いを嗅いでみるが甘い匂いが鼻孔を抜ける。どうやらシロップで間違いなさそうだ。さらに周りにはベリーが添えられ彩りも鮮やか。見知った材料を魔界で見られるとは逆に感動する。これなら駆でも食べられそうだ。
「すごいじゃん! シロップじゃん!」
「ほう、これは」
「ふっふっふ。今日はお祝いだと言ったはずだズラ」
リトリィとヲーも自分の分を見て驚いている。リトリィは目を輝かせているしポクは自慢げだ。あのヲーですら感嘆している。
リアクションの度合いで言うとどうだろう、高級な肉か三大珍味を見た時くらいだろうか。シロップ一つに大げさな気もするがそれほどまでにシロップが好きなのだろうか。
「あー。マスターその顔はあれだな、こいつらこんなんで喜んでやんのと内心馬鹿にしてる顔でしょ?」
慌てて顔を振る。そんなことは誓ってない。ただ不思議には思った。
「そうか。人間であるマスターからすれば見慣れたものか」
どうも人間と悪魔ではシロップに対する認識に違いがあるようだ。悪魔にとってシロップは見慣れたものではない?
「オイラたち悪魔にとって食事は別になくて困るものではないズラけど、おいしいもの自体に興味がないわけではないズラよ。特に魔界は食材が少ないしなにより甘味は貴重ズラ。位が高い悪魔でも気軽に食べられるものではないし下級の悪魔ならまず食べる機会なんてないんだズラ」
魔界ではそんな食文化になっているとはカルチャーショックだ。とはいえそういうことならみなの反応も納得できる。
「悪魔にとって甘いものっていうのは高級品なの。分かった?」
彼女の視線が鋭い。根に持っているようだ。
「ほらほら、みんな食べるズラ。正直オイラが一番食べたいズラ」
「そうだな、見ているだけではもったいない。いただくとしようか」
「いえーい! 私シロップ初めてぇー!」
みんな一斉にシロップがかかったものを食べ始める。ナイフとフォークはあるようで口に運んでいく。
「んん~! これが甘み! うまい! すごい!」
「オイラも初めて食べたけど衝撃だズラ~」
「なるほど、これが」
みんな珍しい甘みに感動している。駆も自分の分を切り分け食べてみた。
パンの部分はホットケーキに比べると固くしっかりした感触がある。けれどももちっとしており自然と咀嚼の回数が多くなる。そこにシロップの甘みが広がり口だけでなく心まで充足感が広がる。自然と口元が緩む。
駆は微笑みながら、他の仲間たちは高級品の味わいに興奮気味に話をしていく。
「それにしてもオイラみたいな下級悪魔が魔王の側近になってシロップを食べれるなんて。ほんと信じられないズラ。よくアスタロトを倒せたもんだズラ。あの臭いは今でも思い出すズラ」
「ねえ、その話は今だけは止めてくれない?」
「う、それはそうズラね」
「ハハハ、食事中にはきつい話題ではあるな」
会話の内容は食事のことから昨日の魔王討伐戦のことやこれまでの道中のこと。会話は大いに盛り上がり終始賑やかな雰囲気だった。
みな食事を終えフォークを置く。駆も魔界料理を堪能できた。
「いやー、まさか甘味が味わえるなんてねー。死ぬ思いまでした甲斐があったわ。てか報酬らしい報酬ってこれくらいじゃない? ちょっとマスター、頑張ってる私たちにそういうのはないわけ?」




