いいだろう人間、面白い
駆の眉が寄る。だが仲間たちは先人の言葉に真剣に耳を傾けている。
「そのために私は立ち上がった。我らは立ち上がった。悪魔のため、仲間のため、家族のため、人間、今では旧人類か。やつらハイロンに私も盟友も戦ったのだ。そして、その戦いはまだ終わっていない」
悪魔と人間の知られざる歴史。駆にとっては理解の及ばない話だが彼が嘘を言っているようには見えない。
「憎きハイロンを許したことはない。なによりやつらはまた攻めてくる」
魔王が語る歴史、そして未来。
「悪魔と人間の戦い、サードグレイトウォーはいずれ始まる」
それは予言か、それとも妄言か。
「イヴン。ハイロンの作り物よ。たとえお前たちと我らに直接の因縁がなかろうとマルチバースの先兵に変わらぬ。お前を見つけた以上、生かす理由は一つもないわ」
瞬間、アスタロトの戦意が急激に膨れ上がった。肌に感じる圧が苦しいほどに増していく。
「貴様も、それに属する者もここで滅せよ!」
戦意と共に黒い瘴気が駆たちに放たれる。
魔王アスタロトとの、再戦だ!
アスタロトとの戦いが始まった。駆は臭いで戦闘不能、他の仲間たちもステータスダウンしている。
コンディションは最悪。それだけこの臭い強烈だ。
だがこちらもただ無策に挑みに来たわけではない。
駆は視線でポクに合図を送る。
「くらうズラ!」
用意していたクツイスの香水。無色透明の液体が入った小瓶を投げつける。
アスタロトは意に介していない。それだけの自信があるのだろう、だがそれが命取りだ。
「ん!?」
これは攻撃ではない。むしろこの領地を収める魔王への贈り物だ。
香水がアスタロトの体に降りかかった瞬間、黒い瘴気が消え去った。それだけでなく臭いまで消えている。
「これは、クツイスの香水!? あり得ん、どこでこれを」
魔王の驚愕は当然だ。今やロストテクノロジーとなり現存していないブツが現れたのだ。しかも敵の道具として。最大の武器である体臭がこれで消えてしまった。
「おい、これをどこで手に入れた。死ぬ前に教えろ。本当に知りたい」
が、当の本人はそんなこと気にしておらず普通に欲しがっている。
「教えたらここから出してくれる?」
「そうはいかん」
「ならば交渉の余地はない!」
アスタロトが腕を振るって攻撃してくる。それをリトリィとヲーは後ろに下がって回避する。
「アイザ!」
そこへすかさず魔王の連撃が続く。アイ系の上級呪文、アイザを発動し背後に巨大な氷塊が三つ浮かぶ。つららのように先は尖り撃たれる寸前だ。
「グオオオオ!」
その氷塊を咆哮が吹き飛ばした。
「ケルベロス……!」
アスタロトがガイグンを睨みつける。
「魔王に付き従う番犬がよもや我に牙を向くか?」
魔王の眼光がガイグンを貫く。だが彼は一歩も引かず真っ直ぐと見つめ返した。
「番犬の本懐は家柄を守ることでなく、信ずるに値する者に忠することだと知ったのでな」
「そういうことだ」
「そもそもお前は主人じゃない!」
「痴れ者が」
本来魔王の配下であるケルベロスの反旗にアスタロトが不快な面持ちで対する。
「ケルベロスでありながら人間に組する時点で程度は知れていたがこれほどとは。調教してやるとは言わん、お前も処分確定だ」
「そうはさせん」
アスタロトの宣言にヲーは槍を構えて抗議する。仲間を殺すと言われて黙ってはいられない。
「ここで倒れるのはあなただ、アスタロト」
「私が?」
ヲーの言葉にアスタロトは余裕のある動きで両腕を広げてみせる。
「魔族の誇りを失った駄犬とトカゲが一匹、取るに足らん下級悪魔と場違いな人間が一人」
その言葉には英雄としての自負がある。その声には魔王としての罵りがある。
こんな連中に負けるわけがないという、絶対的な自信がある。
「そんなものにこの私が敗れると? ずいぶん侮られたものだ」
その挑発にけれど誰しもが抗議することはしなかった。
分かる。こうして対峙しているだけで彼の絶大さが。体臭の有無など関係なしに、彼我の実力は人間の大人と子供ほどあると。
だが逃げようとする者も同時にいない。隠れようとする者も、許しを請う者も当然いない。
ここにいる全員、戦うためにここに来たのだ。
その筆頭、駆は誰よりも前に出てアスタロトを見上げる。そして指輪をはめた左手を持ち上げ、アスタロトを指さした後親指を下に向けた。
完全なる宣戦布告だ。
「いいだろう人間、面白い」




