日向
「怖くて、怖くて、ずっと怯えてた。そのせいでお姉ちゃんにもたくさん心配かけて」
お姉ちゃん?
「私は、自分のことが嫌いだった」
彼女のつぶやきはいつの間にか暗いものに変わっていた。最初にあった明るい雰囲気とは違い、俺が抱きしめる彼女はとても弱々しくて繊細で、今まで辛い思いをしてきたんだと分かる。
「でもね」
そこで、彼女は俺の腕を掴む手に力を入れた。
「ここには聖治さんがいた。引っ越してきた私たちをいろいろ手伝ってくれた。聖治さんもスパーダだと知った時は驚いたけど、聖治さんは優しくしてくれた。私たちだけじゃない、ちゃんとした人もいるんだって安心できた」
「…………」
「すごく嬉しかった。聖治さんと出会えて、ほんとうに良かった」
彼女の安心した声。それが聞こえるだけで俺の心も落ち着いていくのを感じていた。この子とは俺の中では初対面だけど、彼女の苦しみは俺にも分かる。セブンスソードという強制的な殺し合い。そこに参加させられてどれほど心細かったか。
そこに自分たちと同じ味方が現れたんだ。うれしいなんてもんじゃない。その時の喜びと言ったら言葉じゃ表せないほどだ。
だから、この子の安心した姿が自分のことのように嬉しくて。俺まで喜んでしまう。
「勇気を出して、言ってよかった」
彼女が恥ずかしそうに笑う。
「勇気って?」
「もう。それを言わせるの?」
すねたような声。でもすぐに小さく笑って、彼女は答えてくれた。
「私と付き合ってくださいって、告白したこと。すごく恥ずかしかったけど、でも言ってよかった」
彼女は俺の腕の中で体を反転させると正面を向いた。そのまま俺の体に腕を伸ばす。顔を上げ、俺を見つめてきた。
小さくて、可愛らしい顔。白い二つの髪が触れ、彼女の瞳が笑顔と一緒に俺を見つめている。
「私たち、恋人だもんね」
え!?
ええええええええ!?
「……え」
え、ごめん、今なんて?
「? 聖治さん、どうかした?」
「い、いや、なんでもない」
やばい、不審がられたか? 動揺を感づかれないようにしないと。
「その、今でも夢のようだな、なんて」
下手くそか!
「うん。私も」
だけど彼女はニコっと笑ってくれた。どうやらバレなかったようだ。
だがやばい、これは俺が思っている以上にやばいな。
俺とこの子が付き合ってる? 恋人だって? こんな可愛い子が俺の彼女? 信じられん。
そりゃあ嬉しいけど、あまりにも現実離れし過ぎてて、嘘だと言われた方がすんなり納得できるくらいだ。まさかこんな世界だったなんて。
以前の世界。そこでも人間関係の変化はあった。けれどそれはリセットだ。相手は俺のことを知らなかった。
今度は俺が相手を知らなくて相手が俺を知っている。さらに恋人だって? 本当になんでもありだな。
そこで玄関の扉が開く音がした。
足音は近づいてきて、リビングの扉が開けられた。
「入るわよ」
どこか気だるげな女の子が聞こえる。
「な!」
その姿を見て驚いた。
それは、安神此方だった。赤い髪に黒の服とスカート。髪は縛っておらず長髪をそのままにしている。毛先はストレートではなく少しだけウェーブかかっている。すっきりしたシルエットはきれいさとかっこよさがある。
だがそんなことはどうでもいい。
こいつはスパーダ、俺たちを襲い力也を殺した、敵なんだ。
こいつを殺したのは体感でついさっきのことで今でも色濃く覚えている。
また襲いに来たのか? まさかこんなにも早く出会うなんて。
俺は抱きしめる子を後ろに下げ此方の前に出た。
「下がってろ! 俺が守る!」
「はあ!?」
そう言うと此方がすごく嫌そうな顔になった。なんていうか、怒ってる?
「悪かったわね勝手に入って! てかあんたたちもこんなところでなにしてんのよ!」
「なにって、お前こそなんでここにいるんだ? 俺の部屋じゃないのかここ?」
「へ、へえー。そういうこと言うんだ。協力関係とかいろいろ言っといて邪魔者になったらそういう扱いなんだ。ふーん」
なんだ、妙にすねてるぞ。
「邪魔者なんて遠回しな言い方はやめろよ、敵だろうが」
「ぐう!」
此方は目から火花でも出るほどに顔を歪めている。
「ああそうですか! あんたがそんなやつだとは思わなかったわ! 日向、こんなやつさっさと別れなさい!」
「日向?」
待てよ、日向って確か。
「ちょっと待ってよお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!?」
てことはやっぱり。
「え、二人は姉妹!?」
「…………」
「…………」
「…………」
「あんた今更なに言ってんの?」
此方にすごく怪しい目で見られた。
てか、そうか。なんとなくだがだんだん状況が掴めてきたな。
とりあえず此方とは敵対関係じゃない。前の世界で殺し合った彼女と普通に話し合っているのもすごい状況だが、この世界ではそれが普通なんだ。
しかもその妹と恋人関係。となると、俺たちはかなりの信頼関係を築いている。
てっきり此方は敵だと思い込んでいたがこの世界だと味方なのか? なんてことだ、そんなこともあるのか。
「此方、その、すまなかった。俺が悪かった。許して欲しい」
「知らないわよバカ、クズ男。あんたのことホント嫌いになったわ」
「だから待ってくれ!」
此方は持っていたビニール袋を置くと反転し玄関に向かっていった。その背中をなんとか呼び止める。
「お姉ちゃん、聖治さんも謝ってるんだし許してあげてよ。それに今日の聖治さんはなんか調子がおかしいっていうか、変に余所余所しくて」
やはりバレてたか。
日向にも呼び止められ此方が振り返る。
「こいつが変なのはここに来てから一目で分かってるわよ。部屋に入るなりあんな場面に遭遇するんだから。ハッ! まさか、あんた二人きりだからって日向に変なことしようとしてたんじゃないでしょうね!?」
「ちがう!」
「違うよお姉ちゃん!」
違う、あれは事故だ!
「待ってくれ、俺たちにはいろいろ誤解があるようだがこれだけは信じてくれ。そんなことはない!」
「そうだよお姉ちゃん、聖治さんはそんな人じゃないよ」
「ハッ、どうだか。じゃあなんで抱き合ってたのよ」
「事故だよ」
「なんで事故で抱き合うなんてことにあるのよ」
「ええっと、その……タイタニックの真似だ」
「は?」
「え?」
「え?」
二人の反応に俺まで声が出る。
「聖治さん、それはちょっとないかな~」
「あんたって、ほんっっっっっとにバカよね! タイタニックの真似したかったら後ろからでしょ、あんた前から抱き合ってたじゃない。あんたはどこまで愚かなの?」
「……もう許してくれ」
なんで俺は咄嗟にうまいことが言えないんだ……。
ここに俺の味方なんていなかった。
それからなんとか誤解を解いて俺たちはテーブルの席に着いていた。此方は買い物の帰りらしく袋にあったお菓子を三人で食べている。日向は楽しそうに此方に話しかけ、聞いている此方も小さな笑みを浮かべながら静かに相打ちしている。そんな中俺だけが黙々とお菓子を食べていた。
「やっぱりチョコ菓子はきのこの秘境だよね」
「たけのこの秘境と迷ったけどやっぱりきのこよね」
「…………」
なに言ってるんだ、どう考えてもたけのこの秘境だろ。
二人がしている楽しそうな会話。そんな中どう言い出したものか悩む。
いきなり俺は前の世界から来た、と言っても星都たちの時の二の舞だ、二人を混乱させるだけだろう。だからと言ってこのままというのも気が引ける。
そうしているうちに時間は過ぎ此方は席を立った。
「それじゃあ私は夕飯の用意してくるから。日向もすぐに戻るのよ、こいつに変なことされないうちにね」
「もう、お姉ちゃん引っ張りすぎ。そんなことないよ」
「さっきも言ったがほんとうにアクシデントだったんだ」
「ふん。とぼけたくせに」
「嘘っぽいかなと思ったんだ。なにも言わなくていい、言いたいことは分かってる」
「みたいね」




